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『清水公園の夕焼け 〜二十年後の助手席に、彼女が乗ってきた〜』1話:再会は、突然の雨とともに

誰の人生にも、一つや二つ、やり残したことがあるはずです。これは、20年の時を経て、かつての恋人と再会した男の物語です。

 直樹は国道五号線を新町に向かって走っていたが、激しい渋滞に捕まっていた。  苛立ちを紛らわすようにカーナビに視線を落とすと、画面は左斜めに入る細い脇道を指示している。

「……こっちは旧道か」

 導かれるままに車を進めると、不意に視界に飛び込んできたのは、大学生の頃に住んでいた懐かしい街並みだった。  信号が赤になり、車を止める。  この交差点を右に曲がれば、かつて直樹が暮らしたアパートがある。そして交差点のすぐ向こうには、あの頃と変わらぬ姿で古い二階家が建っていた。

 真理の家だ。

 二階にある真理の部屋。レースのカーテンが半開きになっているのも、あの頃のままだ。  彼女は夕焼け時になると決まって窓を開け、刻一刻と表情を変える西の空を眺めるのが好きだった。

『季節によって雲の種類が変わるの。夕焼けが変化していく様子って、本当に綺麗だと思わない?』

 弾むような彼女の声が、耳の奥で蘇る。あの窓こそが、二十年前の「夕焼け物語」の舞台だったのだ。

(真理……)

 心の中で、その名前を呼んでみる。  今はどこに住んでいるのだろう。元気にしているだろうか。今もあの頃と同じように、夕焼け空を愛しているだろうか。  あの丸い瞳で見つめられ、微笑まれたい。もう一度、真理に一目会いたい――。

 信号が青に変わった。  直樹は吸い寄せられるように、無意識のうちにハンドルを左に切って車を止めた。  今にも角の向こうから、真理が走ってくるような気がしたのだ。

 パラパラと、フロントガラスに小雨が当たり始めた。  その先に、清水公園駅の小さな駅舎が霞んで見える。  ワイパーが雨滴を拭うたび、記憶の蓋がゆっくりと開いていく。

 ――真理が傘の中で笑った、あの夕暮れを。

 あの日も、今日のように急な雨が降り出した。  改札口を出たところに、真理が立っていた。彼女は傘を持っていなかった。  直樹はカバンから折り畳み傘を取り出し、バサリと広げた。

 それに気づいた真理は、なぜか急に駆け出した。二十メートルほど先にある民家の軒先まで走って、雨宿りをしている。  直樹が慌てて追いかけ、彼女の頭上に傘を差し出すと、真理はまた悪戯っぽく飛び出そうとした。

「傘がついてくる!」

 真理は振り返り、声を上げて笑った。

「直樹さん!」 「濡れるよ。入りなさい」

 二人で一つの傘に入って歩き出す。直樹にとっては、それが初めての「相合傘」の経験だった。  真理も、隣を歩く直樹に触れそうな距離感に、胸をドキドキさせていた。

「お母さんがね、傘を持って行きなさいって言ったんだけど。大丈夫、なんて言っちゃって……今、しっかり濡れてまーす!」

 彼女は大きな瞳をいっぱいに見開いて、おどけて見せた。

「今月は本屋の店番をしているから。勉強で分からないところがあれば、いつでもおいでよ」

 直樹が言うと、真理は嬉しそうに頷いた。  信号までのわずか二百メートルの距離が、今日ばかりはひどく短く感じられた。

「直樹さん、ありがとう!」

 信号に着くと、彼女は果物店の横にある玄関に勢いよく飛び込んだ。  家の中から「ただいまー!」「濡れなかったかい?」という親子の会話が聞こえてくる。「傘に入れてもらったから大丈夫!」と答える彼女の声。

 真理はそのまま二階へ駆け上がり、南側の窓から、直樹が自分の家に入るまでじっと見送っていた。  三月初めの、冷たくも温かい雨の日だった。

 それからというもの、彼女は勉強で分からないところが出るたびに、店番をしている直樹のもとへ度々やってくるようになったのだ。


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