No.99「閉じる」
玖の国。
山中に佇む建物の外廊下にて。
蒼穹に映える緑の山々を眺める水神ウルの背に、竜神リューが歩み寄る。
「水神……」
リューが低く声を掛ける。
その声音のテンションから、ウルは全てを察した。
「レイン君喋っちゃったんですね? 内緒にしてって言ったのに。でもオレ的にはあんたの企みを聞きたいんですよね」
ウルは軍帽を目深に被り直しながら言う。
自身の行いについては目を伏せ、逆にリューの真意を探るような口ぶりだ。
だが、リューは核心を話そうとはしない。
「うーん、それはこっちの台詞かな~? 君の企みこそ何?」
リューは人差し指を突きつけて問い返す。
ウルは笑顔で振り返り、悪びれもせずに口を開いた。
「え~? オレはいつでもその方が面白くなるかなって、そう思って行動してるだけだよ?」
いつでも、面白くなる方を選ぶ快楽主義者。
それがウルという男だ。
「ほら、弱い者イジメって楽しいけど、一方的より少しは抵抗してくれた方が、やりがいがあって楽しいじゃん? その為なら禁は犯すし、危険因子はわざと生かしておく」
ウルは伏し目がちに語る。
その表情はどこまでも穏やかで、狂気じみていた。
「舐めプ野郎」
「もっと罵って」
リューが嫌悪を露わに吐き捨てるが、ウルはすかさず喜んで反応する。
自分が楽しむためなら禁忌も犯し、危険因子すら放置する。
たとえそれが、自分の首を絞めることになったとしても。
「リュー君も他人のこと言えるんですかね? 危険因子を殺さずに帰って来たって知ってますよ?」
ウルが痛いところを突く。
リューは危険因子──ヤナギを見逃して帰還していたのだ。
「あの時は他にも色々居たし……」
リューは言い訳がましく弁解する。
あの時、現場にはヤナギの他にも蝶神や北王が居た。
無理に戦火を広げる必要はなかったのだ。
「まあ……その一人を今からやろうと思ってて……んで、キミなら色々知ってそうだから──……」
リューもまた、悪びれる様子はない。
その言葉を受け、ウルはフッと微笑んだ。
◇
霊脈の近く、白き城。
緑の木々の中心にそびえ立つその場所の周辺に、人々が集まっていた。
『ん? アレは人か? 集まって何してんだ?』
「……」
少し離れた場所から、ヤナギとその精霊の分身であるスズノが様子を窺っていた。
スズノの言葉に、ヤナギは冷静に指示を出す。
「報告に戻る準備を」
『いつでも戻れるようにはしてあるぜ』
ヤナギの指示にスズノが即答する。
その瞬間、背後に強烈な気配を感じた。
ヤナギが気づいて振り返る。
巨大な岩が降ってきた。
轟音。
ヤナギは振り返りざまに後ろへと跳躍し、回避する。
「さあ……」
土煙の中から現れたのは、機械耳の男──リューだった。
ヤナギが静かに地へ舞い降りる。
「あの時の続きと行こうか!」
木の葉が舞う中、リューが生き生きと言い放つ。
かつて一度、軽く手合わせをした相手。
その続きを始めようというのだ。
「……!」
ヤナギの目が見開かれる。
「あ~……空腹トマトの……?」
「う~ん、あまり覚えてないの?」
ヤナギの反応が鈍いことに、リューは少し肩を落とす。
「だってキミに会ったの結構前な気がするよ!? でも……ま」
木々がざわめく。
リューの背後に突如キルキーが現れ、その刃をリューへと向けた。
「丁度いいや。あの集団のこととか、キミに聞こうっと」
ヤナギは即座に制圧を選び、詳しい事情を聞き出すことに決めた。
キルキーの刃がリューの首筋を襲う。
しかし──
刃が通らない──……!?
ヤナギの目が見開かれる。
キルキーは渾身の力を込め、刃を食い込ませようとするが、まるで貫けない。
リューは余裕の笑みを崩さぬまま、次の手を打つ。
ヤナギの足元から、鋭利な岩が生えた。
岩はヤナギの身体を捉え、貫く──かに見えた。
「当たらないよ。さっきのはノリで避けたけどさ」
岩をすり抜けて、無傷のヤナギが出てくる。
リューは冷静に分析する。
やはり透過能力持ち。
「う~ん、どうかな?」
リューの表情は崩れない。
首輪についた十字架のアクセサリーが揺れる。
地面から次々と岩の柱が現れ、ヤナギを包囲していく。
……また同じ手? こんなの全く効かないのに。
ヤナギも冷静に状況を見る。
どれだけ岩が現れようとも、透過できる彼には無意味だ。
『ヤナギさん!』
キルキーが主の助太刀に入り、刃を岩へと振るう。
だが、その岩にも刃が通らない。
『こちらにも刃が通らない!?』
キルキーが冷や汗を流す。
リュー本人だけでなく、彼が生み出した岩すらも破壊できない。
確かに厄介な存在ではあるけれど……。
リューは回想する。
ウルとの会話を。
『あいつら、見かけはちゃんと人間だけど……身体は『シン』で動いているんですよ』
ヤナギの身体は『シン』で構成され、動いている。
ヤナギの周囲を完全に囲んだ岩。
そこから発せられる能力の気配を、ヤナギは察知した。
『!!』
スズノが戦慄する。
そうか……これは……!
ヤナギも気づいた。
咄嗟に精霊ハクレイを呼び出す。
そして次の瞬間、ヤナギは岩の檻に完全に閉じ込められた。
外ではリューが胡坐をかいて座り、不敵に微笑みながら頬杖をついていた。
「塩神のシンを空にして殺したって知ってるよ~。つまり同じ方法で次殺られるのは君──……」
かつてヤナギは、塩神のシンを強制的に枯渇させ、無力化して勝利した。
今度は、それを自分がされる番だったのだ。
「って行きたかったんだけど──……」
岩の檻の中にリューの声が響く。
四方を破壊不能な岩に覆われた密室の中、ヤナギはハクレイとスズノで結界を展開し、その内側に留まっていた。
「……」
この感じ……呪いの媒介は岩じゃない。別の物か──……岩はただのカモフラージュ。
ヤナギは冷静に分析を続ける。
呪いの能力には必ず媒介が必要だ。
リューの呪いは、囲った空間の内部にいる者のシンを枯渇させるもの。だが、その媒介は岩ではない。
媒介が特定できない以上、破壊や上書きで呪いを解くことはできない。そしてこの岩自体も、今の戦力では破壊不可能。
呪いの効果自体は結界で防いだが、状況は手詰まりだ。
「う~ん、結界か~……」
岩の外でリューが呟く。
だが、その結界から一歩でも出れば、こちらの呪いを受けることになる。
それに、この岩は簡単には壊せない。
リューは勝利を確信していた。
動きを封じることは十分にできたのだから。
「残念だったね! そこに居る限り君は何も出来ないよ」
「……」
リューが岩壁に向かって語り掛ける。
風が吹き抜け、虚しく木の葉を舞わせる。
「確かに今、ボクは此処を動けない。けど完全に詰んだわけでもないよ」
岩の中から、ヤナギの落ち着いた声が返ってきた。
その言葉に違和感を覚え、リューはあることに気づく。
あれ!? 変な生き物がいない!?
リューはハッと辺りを見渡した。
キルキーの姿が、どこにもない。
「キミ達が何か企んでるのは分かってたから、元々報告に戻るよう準備はしてあったんだ」
ヤナギはシロホンが言っていた音の正体と、不穏なシンの気配を察知して調査に出ていた。
そして万が一の際、情報を持ち帰れるよう手を打っていたのだ。
自分の身を囮にしてでも、キルキーだけは逃がすために。
「企みの詳しい内容を聞きたかったんだけど、まあ……いいや。なんとなく察しはついてるし。直にこちらの仲間が来るよ。キミ達トマトを狩りにね」
ヤナギが宣言する。
リューは不敵な笑みを浮かべたまま、その言葉を聞いていた。
◇
伍の国、屋敷。
天井から降ってきたキルキーが、ことの経緯を早口で伝えた。
『と、言うわけです』
キルキーは凪の上から飛び降り、切っ先を天へ突き立てながら報告を終える。
「だ、大丈夫!? トマト少年!」
凪は起き上がり、目を丸くして慌てふためく。
『はい、それよりも問題なのは──……』
「え?」
凪は首を傾げる。
その横で、話を聞いていたデュオラスの額に冷や汗が流れた。
「ちょっと……まずいことになってるかも」
「えっ!?」
デュオラスの深刻な声色に、凪と爪戯が声を上げる。
辛は無言で、シロホンは腕を組んで思案顔だ。
背後では、ティー、ウミリンゴ、ルリもまた、それぞれの反応を示していた。




