No.98「違和感」
凪は思った。
辛君……?
目の前に居る白髪の青年は、どこか辛を彷彿とさせる姿だ。
「そんなに似てる?」
白髪の青年──デュオラスが凪に問う。
「えっ……あ……いや……その~」
凪は戸惑った。
アレ……私、声に出してた?
口には出していないはずなのに、心を読まれたかのような問いに焦る。
デュオラスは静かに凪を見つめていた。
それよりこの人……何か……違和感が──……。
凪はデュオラスを見てそう思った。
しかし、その正体には辿り着かなかった。
◇
「わ~い、ありがと~! お酒大好き!」
満面の笑みで酒箱を抱えるウミリンゴ。
シロホンから貰った酒箱に、愛おしそうに頬ずりをしている。
箱にはシロホンの能力による印が刻まれていた。
「飲んで良い?」
「今かよ」
ウミリンゴの問いに、すかさずシロホンが突っ込む。
部屋には辛たちが勢ぞろいしていた。
辛は本を開いてシロホンに何やら説明をしており、シロホンは腕を組んでそれを聞いているところだった。
「少しぐらい良いじゃない」
「何が美味しいの」
今度はティーが呆れたように突っ込んだ。
ウミリンゴとシロホンは酒豪だが、ティーは下戸だ。
そんな和やかなやり取りをしていると、扉が開く。
凪がひょっこりと顔を出した。
本当だ、皆いる……! いや、一人知らない。
凪はデュオラスの導きで、無事にみんなのところへ戻ってこられたのだ。
だが、凪の横に立つデュオラスを見て、爪戯の眼が丸くなった。
ん!? 辛似……。
辛に似ているため、驚きを隠せないようだ。
「Uさんとは入れ違いなんだっけ?」
「Uさん!?」
デュオラスがウミリンゴの方を見て凪に言う。
凪はウミリンゴとは入れ違いだった為、面識はなかった。
辛がデュオラスを見るや否や、口を開く。
「あ、兄さま……」
その一言で、凪と爪戯の眼がさらに丸くなる。
「!? えっ!?」
二人の素っ頓狂な声が屋敷中に木霊した。
「お! 兄発見~!」
そこへルリも合流し、自分の兄であるデュオラスを見つけて声を上げる。
「あのお父さん、やはりもう一人隠し子を……いや二人か!?」
凪は頭を抱え、ガックリと膝をついた。
辛の過去話を聞いて、丁という異母兄弟がいた事実は知っている。
あのお父さん──北王は、丁に続きさらに二人も隠し子を作っていたのかと、凪は早合点して絶望したのだ。
「うちも入れて~」
「うん、そうだけど、そうじゃないんだ。辛君もその呼び方はやめてね?」
「?」
ルリがデュオラスの背中から顔を覗かせて言い放ち、デュオラスが凪の勘違いをやんわりと否定する。
だが、完全な否定ではない言葉に、凪は首を傾げた。
「言われてみれば似てるな」
シロホンがまじまじと二人を見比べる。
「お前の身近に顔が同じ奴が居るから、感覚麻痺ってるだけだろ」
ティーがシロホンを指さして言う。
シロホンの顔は祖先であるアヴェルスに似ており、弟のヒユとも当然似ている。
彼らの一族に見慣れているせいで、他人の空似に対するハードルが上がっているのだ。
「あ~あの一族ね」
「はあ?」
ウミリンゴの一言に、シロホンが不機嫌な声を上げる。
アヴェルスと似ていると言われるのが気に食わないのだ。
爪戯は目を丸くしたまま、事の成り行きを見守っていた。
「それより、急に部屋を抜けだしたらダメだって」
「だってほら~」
「言い訳無用!」
ルリがデュオラスを叱りつける。
デュオラスは身体が弱い。
部屋で安静にしていなければならないのだが、辛たちに会う為に抜け出してきたらしい。
「あ、あの……」
「あ! 名乗り遅れたね。デュオラス、よろしく」
凪の言葉に、デュオラスは自己紹介を忘れていたことを思い出した。
辛は気まずそうに少し視線を外す。
そんな辛を見て、凪は何かを感じ取った。
「……辛君、どうしたの?」
凪は辛に尋ねる。
「辛君はオレのこと苦手なんだよね」
「すみません……」
凪の問いに答えたのはデュオラスだった。
辛は申し訳なさそうに謝る。
そして、しばしの沈黙。
辛が少し焦りの色を見せ、デュオラスも似たような反応を示す。
「?」
爪戯が不思議そうに首を傾げた。
沈黙を破り、デュオラスが口を開く。
「君の最初の勘は合ってるよ」
「……!」
デュオラスの言葉に、辛の目が見開かれた。
辛は全てを打ち明けるべきか、逡巡する。
「あと残念だけど、丁君の居場所は分からない」
デュオラスは丁の居場所については答えられないことを謝罪した。
「そういうのが分かる能力を持つ者が、こちら側にいるけれど……今は事情があって協力を頼めないんだ」
デュオラスは軽く頭を下げ、辛も黙ったままそれを受け止める。
そんな二人を見て、事情を知らない凪と爪戯は首を傾げるばかりだ。
「でも神が攫ったのなら、こちらとしても何か手を打ちたい。これからも協力はさせてもらうよ」
デュオラスは丁の居場所は特定できないが、協力は惜しまない姿勢を見せる。
「オレは帰って良い?」
「ダメよ」
ティーは相変わらず非協力的だが、即座にウミリンゴに突っ込まれた。
「もしかして、こいつの弟が攫われたこととゼニスが関係してたりするのか? いや、根拠はないんだが」
シロホンが鋭い推測を口にする。
「さあ、どうだろう……?」
デュオラスは煮え切らない表情を浮かべた。
「丁君の誕生には関わったと思うけど……それ以上の関係は不明かな」
デュオラスが言う。
丁の母とゼニスが取引をした。その結果生まれたのが丁だと思われる。
しかし、この詳細な話を凪たちは知らない。
終始、凪と爪戯は話についていけていなかった。
「ってかお前、やっぱりゼニスに会ってないのかよ」
「会ってないね。だから肝心の取引内容も知らない、すみません」
シロホンが腕を組んだまま、ため息交じりに言う。
デュオラスは再び軽く頭を下げて謝罪した。
「使えないな!」
「言い返せない」
シロホンの罵倒を、デュオラスは否定しなかった。
辛は冷や汗をかいたまま、そんなやり取りを見ていた。
そこへ凪と爪戯が近寄り、凪が口を開く。
「ねえ……」
「辛はなんであの人のこと苦手なの?」
「ちょっ私の台詞!」
凪の台詞を爪戯が横取りした。
「協力してくれるって言ってるし、悪い人には見えないんだけど」
爪戯は構わず続けた。
ティーは笑いながらシロホンを指さし、デュオラスは困ったように微笑んでいる。
シロホンは乱暴な物言いを続け、ウミリンゴは酒箱を見つめていた。
そんな悪魔たちを横目に見ながら、辛は口を開く。
「なんて言うか……人として苦手なわけではなくて……上手く言えないんだが、気配・雰囲気がなんかダメで──……」
辛は気配が読める。
これまで玖の国の王、ルリ、そしてデュオラスに対して、生理的な苦手意識を感じているようだ。
確かに……なんかこの人……なんだっけ、この感じ……どこかで──……。
凪もデュオラスを見つめながら思う。
どこかで感じたことのある、その気配。
はっきりしない違和感の正体。
「ん~?」
右手を顎に当て、凪は記憶の糸を手繰り寄せる。
その時。
凪の丁度真上の天井が、軋むような音を立てた。
次の瞬間、天井板が外れ、何かが降ってきた。
キルキーだ。
不意を突かれた凪は、キルキーの下敷きになった。
全員の視線が一点に集まる。
「!?」
凪の眼が驚愕に見開かれた。




