No.97「話相手」
別の部屋にて。
蝙蝠の羽が頭上から突き立つように生えている青年──ティーが、椅子に深々と座り息を吐いた。
そして一言。
「なんか疲れた」
その言葉を聞いていたヒユが「お前……」と短く呆れ返る。
ヒユの横では、アナナスが気まずそうに冷や汗をかいていた。
ティーは正直に心中を吐露し始める。
「正直言うと……あいつがオレを『B』呼ばわりするから、茶化してたけどさ」
ティーの言葉に、ヒユとアナナスが静かに耳を傾ける。
「自分のことを想ってくれる家族がいるのは羨ましいよ」
ティーは天井を見上げ、独り言のように零した。
しばしの沈黙が部屋を支配する。
「すぐ手が出るけどな」
沈黙を破ったのはヒユだ。
「直ぐ殴る蹴るんだよな」と小さく付け加え、苦笑する。
「あいつ、訴えよーぜ」
ティーが冗談めかして言った。
シロホンは短気で素直でない性格ゆえに、どうしても乱暴さが目立つのだ。
◇
そんな話題の主であるシロホンは、書庫で本を漁っていた。
そこへ、辛が無言で入ってくる。
シロホンが視線を向けると、辛と目が合った。
「……ぁ……」
辛は小さく声を漏らす。
何か言いたげな様子だが、言葉が出てこない。
痺れを切らしたシロホンが口を開く。
「なんだよ。用があるなら早く言え」
シロホンは光についての本を開いたまま、辛と視線を合わせずに言う。
辛は冷や汗を浮かべながらも、静かに意を決した。
棚の上では、場に似合わずモドキがひっそりと盗み食いをしていた。
「……オレには腹違いの弟がいるんだが……その、弟の母親が夜中に誰かと話していて……」
辛の脳裏に、幼い頃の記憶が蘇る。
弟・丁の母親が、通信符で誰かと話しているのを偶然聞いてしまった夜のことだ。
『ねえ……なんとかしてよ。あの人私に冷たいし化け物は居るし』
『あははははは? はあ? 何で私が?』
義母の声とは別の──通信符から聞こえた、あの不気味な声。
「ゼニスとか言う奴と同じ──……」
辛は確信こそ持てないが、そう言い放った。
ルリによって見せられたシロホンの過去、そこにいたゼニスと同じ声だったのだ。
シロホンの目が見開かれる。
「はあ!?」
思わず大声が出た。
「昔のことだし勘違いかもしれんが……協力がどうとか言ってたと思うし……」
辛は不確定ながらも記憶を辿る。
「他にも思い当たる節があると……」
シロホンが確かめるように聞く。
辛は静かに頷いた。
「……そうだとして」
シロホンは本を閉じ、視線を隣の棚の上へと向けた。
「おい、シャチモドキ」
シロホンの呼びかけに、棚の上で盗み食いをしていたモドキがビクリと反応する。
口元に食べかすをつけ、慌てて食べ物を身体で隠した。
「な、何も食べてないよ! 盗み食いなんてしてません」
大量の冷や汗と共に言い訳をする。
その滑稽な様子を、辛は黙って見つめていた。
「六年前……ゼニスの奴からオレを救い出したのがアヴェルス達で、お前もいたんだよな?」
シロホンは六年前、ゼニスに心身を辱められ、途中からの記憶が欠落している。
アヴェルスが助けに来たことは後から知った事実だ。
「そう! でもすぐ逃げられて……」
モドキは棚の上から舞い降りて答える。
辛には何のことか分からず、首を傾げるばかりだ。
「そういえば、Dは此処を離れなかったな」
「そうだね」
「会ったことは?」
「ないと思う」
『D』とはデュオラスのことである。
シロホンの問いにモドキが答える。
「Zの裏切りは想定外っぽかったし、DもEも他の悪魔との接触は少なかったから……ZはわざとDと一度も会わないようにしていたのかも……?」
モドキが推理する。
ゼニスは裏切りを予見させないために、デュオラスとの接触を避けていたのかもしれない。
「一度も会っていなかったから裏切りに気づけなかった……か。じゃあ分からないか」
シロホンは腕を組んで唸る。
「シロホンは何が知りたいのさ」
モドキが尋ね、辛も疑問を顔に浮かべる。
「取引の内容」
シロホンは短く答えた。
シロホンの回想の中で、ゼニスは確かにこう言っていたのだ。
『実は昔……取引して、ある女の望みを叶えてやったの』
ある女とは、丁の母だ。
取引の末、ゼニスは丁の母の望みを叶えた。その代償が何だったのか。
◇
別室。
爪戯は窓の外を眺め、物思いに耽っていた。
辛……何か考え込んでたみたいだけど……いや、いつも何考えてるか分からないんだけど……。
爪戯から見て、辛の心中は常に読めない。
だが、今回に関しては明らかに動揺していたのが気にかかる。
そんなことを考えていると、ウミリンゴが現れた。
ツインテールをなびかせ、一言。
「はー……疲れた」
「あ! あんた!」
ウミリンゴの登場に、爪戯が指を差して叫ぶ。
「あんた、まだ居たの!?」
ウミリンゴの方も爪戯の存在に驚いたようだ。
「そっちこそ」
お互い未だに伍の国の屋敷に居る、その事実に驚き合う。
「私は、シロホンっていう悪魔に用があって──…」
ウミリンゴはため息交じりに説明を始めた。
「……私の電気の能力って、自分で電気を生成できないから……その欠点を補うために悪魔の能力で人を鬼化させて、その鬼に電気を作らせてた。って前にも説明したんだけど……」
悪魔『鬼』の中でもウミリンゴは特別な個体だ。
他人に角を植え付け、眷属に出来る。彼女は眷属にした人間から電気を徴収し、放つ戦闘スタイルだった。
「『鬼』ってだけで神は殺して回ったでしょ。だから鬼を作るのはやめたの」
ウミリンゴは羽方での出来事を思い返しながら低く言う。
水神ウルによって鬼たちは殺された。
ただ鬼というだけで。
その中には爪戯の兄、爪雲もいた。
「でもそれだと電撃が使えないから、補強・強化の為にちょっと協力してもらおうと思ってて……」
ウミリンゴには負い目がある。
特に爪雲の弟である爪戯には。だからこそ、正直に事情を話した。
「ふーん」
「ふーんって何よ! もっと他にないの!?」
「別に~」
爪戯はあえて適当に返した。
◇
一方、凪。
悪魔と神は敵対していて……悪魔側にも裏切者は居るし、悪魔を殺そうとする神ばかりというわけでもない……。
そんなことを考えながら、一人廊下を歩く。
そもそも悪魔も神も、なんで居るんだろう? 悪魔の方はアヴェルスって人が能力を貰って蘇ったとかなんとか言ってたけど……神と呼ばれる人たちは……?
凪は思考を巡らせる。
神と呼ばれてはいるが、所詮は人間だ。
なぜ存在するのか。悪魔とは何なのか。謎は深まるばかりだ。
分からないことを考えても仕方ないか~ところで。
「は~……ここ何処!?」
凪は大きくため息をついた。
そして辺りを見渡す。
考えながら適当に歩いてたら分からなくなった!! 無駄に広いのよ此処!!
頭を抱えながら大量の冷や汗を流す。
「ん!?」
ふと、廊下の柱の陰に人影を発見した。
誰かいる!
そう思い、凪が近づく。
「あの~……」
人影を見た瞬間、凪の眼が見開かれた。
◇
屋敷の一室。
ルリがお菓子を摘まんでいた。
「ルリ様……先程お部屋を拝見しましたところ……」
メイドが言いにくそうに告げる。
「逃げたの?」
「は……はい」
ルリはお菓子を頬ばりながら平然と聞く。
「申し訳ありません」
「うん、まあ……敷地からは出てないしセーフでしょ」
メイドが申し訳なさそうに頭を下げるが、ルリは特に咎める様子もない。
「友人が来ているなら、会いに行きたくなるもんだよね」
ルリは紅茶を飲みながら呟く。
「まったく……本当に困った兄だよね~」
その言葉と重なるように、凪の目の前では──
辛によく似た白髪の青年が、座り込んでいた。




