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半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】  作者: 神野あさぎ
救血

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No.90「救血Ⅲ」

「モドキ、これを先に運んでおけ」


 アヴェルスは空中を浮遊する小さなシャチに向けて指示を出し、肩の鞄を預けた。


 正確には、殺す方法はあるんだが……。


 アヴェルスは非情な選択肢を脳裏から振り払うように、荷物を託した。


「別に……それくらい分かってるし……それでもなんか……」


 モドキが去った後、アヴェルスは少年へと向き直る。

 少年の身体は所々赤く染まり、泥に塗れていたが、傷自体は驚異的な速度で癒えていた。

 だが、精神は崩壊の淵にある。


「違っ……血が……血が……血が血が血が血が血が血が血が血が血が血が血が血血血血血血血血血血血血血血血血血」


 少年は震えながら、ただ一つの単語『血』を呪詛のように連呼していた。

 理性が渇きに塗りつぶされていく。


 その姿を見ていたアヴェルスは、ゆっくりと少年へと歩み寄る。

 そして背後から抱きとめるように腕を回し、自身の左腕の袖を捲り上げ、少年の口元に差し出した。


「飲め」


 短く、命じる。

 だが、少年は本能に抗い、嫌悪を露わにする。


「……離……せ……オレには必要ない……」


 依然として拒絶を貫こうとする少年。

 アヴェルスは静かに口を開いた。


「……弟の面倒をお前に見させる為に生かした。(奴ら)はまた襲ってくる」


 アヴェルスの言葉は残酷なまでの真理だ。

 この世界において、悪魔というだけで神は見逃してはくれない。生きるためには力が必要だ。


「それに……その不死の能力自体が、オレの招いた──……かつてのオレのせいなんだ……こんな能力と代償がなければ、お前らが襲われることもなかったかもしれない」


 アヴェルスは不死を得る代わりに、血を欲する業を背負った。

 その因果が巡り巡って、子孫である少年たちに降りかかったのだ。

 今の少年にその全容は理解できないだろう。

 だが、アヴェルスは構わず続ける。


「とはいえ、お前を生かしたのはオレの身勝手な理由に変わりない。だからお前に必要な血は、オレが一生補う」


 アヴェルスは誓った。

 この少年が背負う渇きを、自らの血で購うと。


「まあ、オレも不死だし。そもそも血を抜かれたくらいじゃ死なない身体だけど……うん、血を抜かれるのも良いな」


 アヴェルスは緩い表情になり、右手で頬を掻きながら茶化すように言う。

 少年は、目の前に差し出された左腕を見つめ、震える唇を開いた。


「……本当はあの時、血を差し出されたあの時……死ぬのが怖くて、自分から噛みついて能力を使ったんだ──……」


 それは、少年の魂からの懺悔だった。

 噛みついたのは、血に反応した吸血鬼としての本能だけではない。少年自身が、生きたいと望み、能力を使うことを選択したのだ。

 使わないと決めていた信念を、死の間際で自ら折った。


「こんな身体になったのは自業自得……血を貰う資格はない」


 少年は力なく肩を落とす。罪悪感が彼を押しつぶそうとしていた。


「オレは構わん。……飲め」


 アヴェルスは許しも慰めもせず、ただ生きろと命じた。

 少年は逡巡する。

 やがて観念したように口を開き、アヴェルスの左腕に噛みついた。


 不味い……。


 そう思いながら、命を繋ぐ鉄の味を啜った。


 二人の間を風が吹き抜ける。

 渇きが癒えた少年は、アヴェルスと共に隠れ家への帰路を歩いていた。


「なあ……さっきのどういう意味だ?」

「何が?」


 少年が背後からアヴェルスに声をかける。


「不死の能力が『かつてのオレのせい』とかなんとか」


 アヴェルスの言葉を反芻し、少年が尋ねる。


「そう言えば、言ってなかったな。本名はアヴェルス、今は階級(レイト)で『V』のヴィヴラフォンを名乗ってる。一番最初の悪魔だ」


 アヴェルスは少し振り返り、悪戯っぽく言った。


「最初……?」


 少年は首を傾げる。


「そう……色々あって神に殺されて、その時に願ってね。詳細はそのうちな」


 アヴェルスは舌を出して見せる。

 その舌には、縫い目のような傷と『V』の文字が刻まれていた。


「で、その時に悪魔の能力を得て蘇ったってわけ」


 少年の視線はアヴェルスの舌の傷に吸い寄せられる。


「舌に傷が……」

「これは蘇る前のものでな~この傷の他にも左腕と右脚にもあるんだけど~蘇る時に治せたんだが、傷痕だけはわざと残した──……」


 アヴェルスが説明する。

 その脳裏には、水神ウルの姿が鮮明に蘇っていた。


「奴のしたことを忘れない為に──……」


 アヴェルスは低く、地を這うような声で言った。

 その傷は、かつて水神ウルによって刻まれた屈辱と憎悪の証。

 絶対に許さないという誓いの刻印。


「まあだから~オレが不死身を得て蘇らなければ、お前らがこんな目に遭うことはなかったって言いたかったのさ~」


 アヴェルスは瞬時に軽い口調に戻し、場の空気が重くなり過ぎないように振る舞う。

 そして前を向き、再び歩き出した。


「……」


 少年は黙ったまま、その背中を見つめ、何かを考えていた。


 隠れ家に到着すると、モドキが白くて丸いマシュマロのような形態に戻って出迎えた。


「もう!! 心配したんだよ!? って大丈夫!?」


 モドキは少年の泥だらけの姿を見て驚きの声を上げる。

 赤子はベビーベッドですやすやと眠っていた。


「ごめん……」


 戻ってる……!?


 少年もモドキの変化に驚きつつ、素直に謝った。

 少年の後ろにアヴェルスが立つ。


「一応、一件落着はしたぞ」

「そっか~良かった~でもおれの出番が少なかったのが不満」


 アヴェルスの報告に、モドキが頬を膨らませて返す。

 モドキなりに少年を心配し、もっと活躍したかったようだ。


「まあ、次は首を狙って思いっ切り噛みついて欲しい」

「!?」


 アヴェルスの唐突な発言に、少年の目が見開かれる。

 モドキはいつものことだと流し、少年をアヴェルスから引き離した。


「奴のことは気にするな! それより風呂に入ってこい!」


 モドキは少年の背を押し、風呂場へと追いやる。

 能力で傷は癒えても、泥と血の汚れは落ちていない。


「え~次は飲み干す勢いで頼む~」


 アヴェルスが背後で叫んでいた。


 少年が風呂に入っている間、モドキは先に運んでおいた鞄を引っ張り出してきた。


「あ! そうだ、これ。なんですか?」


 モドキは鞄をつつきながら尋ねる。

 アヴェルスは椅子に座り、その鞄をじっと見つめた。


「ああ、それか。あいつと初めて会った時に、何か背負ってたから……今後も必要な物だったら、ないと困ると思ってな。あいつの家に探しに行ってみたが、無事に形が残っていたのがそれくらいしか見つからなくてな」


 アヴェルスは瓦礫の山となった少年の家を捜索したのだ。

 生活用品のほとんどは失われていたが、一つだけ、奇跡的に無事だった物を持ち帰ってきた。


 モドキはアヴェルスの言葉を聞き「ふ~ん」と興味なさげに言いながら、鞄を開いた。


 やがて、少年が風呂から上がり、部屋へと戻ってきた。

 少年は、アヴェルスの持ってきた鞄の中身を見て、息を呑んだ。

 目を見開き、冷や汗すら浮かべる。


「な……なんで……木琴(それ)がここに……」


 鞄の中には、傷一つない木琴が収められていた。

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