No.81「置換え」
撃神は囚われたモドキたちへ身体を向けた。
「貴方達の中から、数名殺しますわ」
静かに、しかし冷徹に処刑を宣告する。
「貴方達の仲間も大人しくなるでしょうし、悪魔なら死んでも構いませんわ」
撃神の宣告に、アナナスは冷や汗を流し、ヒユは憤りを隠せない。
「誰が殺されてや」
「ぬあああああああ」
ヒユが反論しようとした瞬間、モドキが大声で遮った。
今、撃神を刺激するのは得策ではない。
「その前に教えてよ~ティー君の持ち物持ってる?」
モドキは撃神へ問う。
「アレは悲しい生き物ですよね」
そう呟きながら、撃神は金属生成の能力で細い糸を作り出し、床に置かれたポーチからティーの所持品──青いキセルを取り出した。
「中身の薬だけなら調達可能でしょうけれど、一番重要なのは外側のコレ……」
撃神は手に取ったキセルを見せつけるように揺らす。
薬自体に延命効果はあるが、それを摂取するための特殊なキセルがなければ、結局ティーの身体は自壊を止められない。
彼の生命維持に不可欠なデバイスだ。
アレは一つしかないし、取り戻さない限り──……。
モドキは焦燥感を募らせながら思考を巡らせる。
「まあ……彼の行動は把握していますし、少しでも裏切る素振りを見せれば処分しますけど。まあ……別に悪魔が死んでも問題はありませんわ」
「はあ?」
撃神の言葉に、ヒユが低く唸るような声を漏らす。
「我々に害をなす存在は死んで当然ですわ」
牢の向こうで、撃神は涙を流しながら語る。
「日々悪魔に殺される同胞のことを想うと……悲しいです」
撃神は空いている左手で、頬を伝う涙を拭った。
「……!!」
その瞬間、身体を縛る札の効果が消えた。
アナナスとモドキが同時に気づく。
この時、屋敷の外でルトが鮫神に殺害されたのだ。
「まあ……可哀想に……悲しいですけれど、配下の仇は私が必ずとってあげます」
撃神もまた、配下とのパスが途切れたことで死を感知し、涙ながらに報復を誓う。
札の効果が切れた今なら──……。
モドキは好機と見て、能力を使おうと試みる。
「……?」
だが、発動しない。
「無駄ですわ。札だけじゃありませんので」
撃神が淡々と告げる。
「そこの鉄格子と壁内部からもチカラを感じる。多分この人の能力」
「なんとかしろ!」
アナナスが冷や汗交じりに分析し、ヒユが悪態をつく。
媒体が『物』で、物を起点に発動してるってところか……ティー君の首輪もこいつの……。
モドキも理解した。
撃神の呪い能力の媒介は『物』。
ティーを縛る首輪も、この牢屋も、彼女が生成した物質である以上、その支配下にある。
撃神の作った檻の中にいる限り、能力は封じられたままだ。
「妖の方は連れていきます」
撃神は左手をかざす。
次の瞬間、天井が轟音と共に崩落した。
瓦礫と共に、シロホンが飛び込んでくる。
◇
少し時間を遡る。
ティーは屋敷の外から、中の音を拾っていた。
撃神による死刑宣告。その言葉を拾い、焦りが生まれる。
対峙していたシロホンも、ティーの動揺に気づいた。
どうする? オレはあいつの命令に逆らえないし、行動もすべて把握されている。
薬も人質だ。下手に逆らえば首が飛ぶ。
かといってこのままだと中の連中が──……。
ティーは葛藤する。
首輪と薬の枷さえなければ、仲間である悪魔を今すぐにでも助けに行きたい。
「……」
シロホンは逡巡するティーを見据えていた。
「やっぱお前は」
シロホンは『着』の印を解除し、上体を起こして木の板の上に乗る。
「そのまま大人しくしてろ、B君」
その呼び名に、ティーが目を見開く。
シロホンは木の板を蹴った。
展開していた足場を飛び移り、ティーの頭上を越えていく。
「待て!!」
ティーが振り返る。
……!? 少し動ける? ……! この音は──……。
「!!」
ティーの聴覚が、ある旋律を捉えた。
シロホンが足元の板を踏み鳴らす。
その音階は、『シ・ミ・ラ・シ・ラ・ファ・ファ』。
シロホンのもう一つの能力、音媒介『木琴』。
だが、ただの音ではない。
ティーは瞬時にその法則を理解する。
(『ハイドンの名によるメヌエット』の手法……!)
アルファベットを音階に変換する音楽暗号。
AからGを「ラ」から「ソ」に当てはめ、Hで再び「ラ」に戻して繰り返していく暗号譜だ。
シ(B) ミ(L) ラ(O) シ(W) ラ(O) ファ(F) ファ(F)
──Blow Off(吹き飛ばせ)。
シロホンは察していたのだ。
ティーは逆らえないが、牢屋の危機を救いたいと思っていることを。
ならば自分が攻撃を受け、その勢いで牢屋ごと吹き飛ばされればいい。
だが、言葉で伝えれば撃神にバレる。だから、音で伝えた。
『Bのくせに……頭の羽、むしるぞ』
『B言うな』
先ほどの軽口は、この暗号への布石だったのだ。
ティーの名前はTi。音名のシであり、Bでもある。
「だからBって呼ぶな!!」
ティーは叫びと共に音の衝撃波を繰り出し、全力でシロホンを吹き飛ばした。
狙い違わず、シロホンは屋敷の裏側──牢屋のある小屋へと激突する。
◇
現在。
天井を粉砕し、シロホンが突入してきた直後。
「あの蝙蝠……」
「あいつはお前の命令に従って、オレを攻撃しただけだ」
撃神が疑わしげに目を細めるが、シロホンは涼しい顔で事実を告げる。
撃神は即座に金属を展開し、シロホン達を囲い込もうとする。
壁が塞がる寸前、金属の紐を操り、辛だけを手元に引き寄せた。
今のうちに……。
撃神は踵を返し、辛を連れてその場を離脱する。
六面を金属の壁に密閉された空間。
シロホンは天井とその下の一面に素早く『着』の印をつけ、壁に右足、天井に右手を置いて張り付いていた。
「うおおおおおおおおん、シロホン!!」
モドキが歓喜の声を上げる。
「金属の壁! 閉じ込められた―!」
「げっ兄貴」
アナナスは冷や汗をかき、ヒユは相変わらず嫌そうな顔をした。
「モドキ、早くこっちに来い」
「ん?」
シロホンは壁に張り付いたまま左手を差し出す。
「急だったから、相手の呪いを無効化できたのはこの辺だけなんだよ」
「あ~ね~」
モドキは転がるようにしてシロホンの元へ近づいた。
金属の壁には呪いが仕込まれているが、シロホンの印によって上書きされ、無効化された安全地帯が作られている。
「此処を出て奴を倒す」
「あ! 待ってそれなら先に……」
シロホンの宣言に、モドキが待ったをかける。
一方、外。
撃神は金属の紐で辛を拘束したまま走る。
……確かにあの蝙蝠は攻撃しただけのようですけれど……敵を吹き飛ばした先が偶然あの場所だったとでも……? そんな理屈が通るわけないですわ。
撃神は走りながら思考を巡らせる。違和感は拭えない。
「使えない子ですわね」
撃神の右手にはティーのキセルが握られている。
処分致し……。
そう思考し、破壊しようとした瞬間──キセルが消失した。
消えっ……!?
撃神の目が見開かれる。
モドキの『召喚喚起』だ。
何故ですの? 今あいつらは私の……呪いと金属の能力で出来た箱の中──……。
箱の内側は能力発動無効地帯のはず……。
いや、二面だけ呪いが発動していない……?
撃神は歯噛みする。
シロホンの呪いによって、檻の機能が一部上書きされていたのだ。
部下もやられた以上、戦力を増やしましょうか?
今使えそうなのはこの妖のみ……首輪を作って──……。
しかし首輪に呪いを仕込むには時間が……。
撃神が立ち止まりかけた、その時。
左方向から水流が襲い掛かった。
金属の壁を瞬時に形成し、防御する。
そこに立っていたのは、爪戯だ。
「辛を離せ」
爪戯は右手を構え、その傍らには小さなシャチが浮いている。
撃神の冷徹な瞳が、新たな敵である爪戯を捉えた。




