No.80「尋ねる」
伍の国郊外、屋敷前。
木々が生い茂る中、草むらに身を潜めて様子を窺う影があった。
凪と爪戯。そして、モドキが呼び出した小さなシャチだ。
「そこに居るの?」
爪戯が目を丸くし、建物を見上げる。
「正確にはこの建物の後ろの方っぽい」
凪がシャチから得た情報を伝えた。
立派な洋風屋敷の裏手に小屋があり、そこが牢屋として使われているらしい。
そこに辛達が囚われている。
「とにかく行ってみよう」
身を屈めていた凪が立ち上がろうとした、その時だ。
爪戯が目を見開き、敵の攻撃を察知する。
氷を即座に形成し、盾とした。
氷の盾に、謎の物体が衝突する。
柔らかそうなそれを放ってきたのは、撃神の手下──ハル。
爪戯と凪の後方から、ハルが悠然と歩み寄る。
ハルの周囲には、正体不明の柔らかな物体が浮遊していた。
爪戯の視線は地面へと落ちる。
謎の物体は一部、氷の冷気に触れて変質していた。
「あ~あ……残念! 防がれちゃった。それより良いでしょ? 捕獲向きなの!」
手下の少女ハルは、柔らかな物体を指で伸ばしながら言った。
とりもちのような粘着性を持つその物体は、確かに捕獲に適している。
「たくさん捕まえて褒めてもらうの!」
ハルは自身の周りを舞っていた物体を操り、爪戯たちへと射出する。
だが次の瞬間、物体は凍結した。
「? あら~?」
ハルは緩い笑顔を崩さぬまま小首を傾げる。
「何の物質か知らないけど、さっき氷で防いだ時、冷気にあたって変質していた部分があったから……」
「直接凍らせに来た……と、なるほどね~」
爪戯は変質していた物質を見て、凍らせることで無力化できると踏んだのだ。
ハルの操る物質はデンプン。
温度を上げれば糊化し柔らかくなるが、冷やせば老化現象を起こし、硬くなる。
硬質化した物質は動きを止め、無力に落下した。
「コレで終わりだよ」
爪戯は氷の礫を形成し、ハルへと狙いを定める。
その背後で、凪も臨戦態勢をとっていた。
その時、凪が何かに気が付く──呪いの気配だ。
爪戯の眼が見開かれる。
身体に札が貼られている。
……札!! いつの間に!
爪戯が認識した瞬間には、もう手遅れだった。
能力封じの札が、既に身体へ貼り付けられていたのだ。
「も~何してたの?」
ハルがしゃがみ込んで言う。
現れたのはもう一人の部下──ルト。
「こいつらの他にもう一人いて──……ティーに任せてきた」
ルトがハルの背後から、予備の札を取り出しつつ歩み寄る。
凪と爪戯は動きを封じられ、地面に転がされていた。
「あんた達! 人を捕まえてどうする気なの!?」
凪が純粋な疑問をぶつける。
爪戯は唇を噛み、沈黙を守っていた。
「なんか~、他の神さまにあげるんだって」
「あげる?」
ハルがあっけらかんと答える。
「あなた達は神さまの、崇高な目的の為に利用されるって!」
ハルは笑顔のまま続けた。
「中には『力が手に入る』と聞いて、自ら身を捧げに来る奴らもいるらしいけど」
ハルの言葉は、かつて辛達と交戦したエマやラルのことを指していた。
エマは辛の暴走した妖の能力で自滅し、ラルは王水で辛を追い詰めかけた敵だ。
彼らは両親を妖に食われ、力無き者が虐げられる環境で生きてきた。
そして辿り着いたのが、神のもとだった。
神に力を与えられるという甘言に縋り、そして破滅していったのだ。
「あなた達もこれから……痛くて辛くて、ぐちゃぐちゃにされちゃうんだよ」
ハルは頬杖をつき、無邪気に告げる。
後ろではルトが、軽くため息をついていた。
次の瞬間。
ルトの首が切断され、宙を舞った。
その場にいた全員の目が見開かれる。
「えっ」
ハルは何が起きたか理解できず、思考が一瞬停止する。
「なあ……」
そこに立っていたのは、右目を眼帯で覆った黒づくめの男。
「教えてくれよ」
男の言葉に、ハルが弾かれたように振り向く。
「答えてくれたら、あんたぐらいは見逃してやるぜ?」
ハルは冷や汗を流しながら、男の言葉を聞いた。
「あなたは……?」
「オレのこと知らねーの? まあいいや。質問」
男は身を屈め、ハルと視線の高さを合わせて言った。
「『アレ』を手に入れたんだろ?」
「……!」
男の問いに、ハルの目が見開かれる。
凪達は転がったまま、為す術なくその光景を見ていた。
「ち……地下に……」
「そうか」
ハルが怯えながら答える。
男は短く納得すると、躊躇いなく左手をハルの頭に突き立てた。
「ご苦労さん」
男がそう告げると、ハルは頭部から大量の血を流し倒れ伏した。
絶命。
鮮血が周囲に散る。
凪の眼が見開かれる。
爪戯は体勢を立て直そうと、必死に身を起こした。
「術者がやられたから、動けるだろ?」
「本当だ……!」
男の指摘通り、凪は身体の自由を取り戻していた。
「あんたは逃げ──……」
「あ~」
爪戯は凪を逃がそうと叫ぼうとしたが、男に遮られた。
「別にあんたらに危害は加えねーよ?」
「信用できるか!」
眼帯の男からは、明確な敵意は感じられない。
だが、今の惨劇を見せられて信用できるはずもなかった。
「あんたら蝶神と仲良いんだろ?」
「蝶神さん?」
男の言葉に凪が首を傾げる。
男──鮫神は親しげな笑顔を作ってみせた。
「蝶神とは懇意にさせてもらってるんで」
「そうなの!?」
笑顔の鮫神にそう言われ、凪はどこか納得してしまう。
凪と爪戯は目を丸くしたまま、鮫神の言葉を聞いていた。
「友人の友人は無下にはできない。ってか、此処には別の用事があって来たわけで」
鮫神の目的は地下室にある。
圧倒的な暴力と、奇妙な親愛感。
凪と爪戯は得体のしれない男に対し、無意識のうちに正座をして話を聞いていた。
「だから安心してくれ。まあ、これ以上手伝ってもあげられねえが」
「は……はあ……」
鮫神はそう言い残し、歩きだす。
「オレは自分の責務を果たしに行くんで。まあ……頑張れよ」
鮫神は屋敷の地下へと向かっていく。
爪戯と凪は目が丸いまま、嵐のような男の背中を見送った。
◇
一方、モドキたち。
牢屋の前へ歩み寄る影があった。撃神だ。
「悲しいことですけれど」
そう呟きながら、牢の前で足を止める。
彼女は囚われたモドキたちへ身体を向けた。
「貴方達の中から、数名殺しますわ」
撃神は静かに、処刑を宣告した。




