No.79「兼ねて」
シロホンがティーに肉薄する。
ティーの目が見開かれた。
瞬間、ティーは音波による衝撃波を繰り出す。
巨大な音の壁がシロホンを襲い、抗う間もなく押し流す。
周囲の木々がなぎ倒され、シロホンは弾き飛ばされた。
土煙と木の葉が視界を覆うように舞い上がる。
ティーは腰辺りから能力で生成した羽を羽ばたかせ、空中で体勢を立て直す。
その隙を突き、ルトが屋敷の方へと走り去っていくのが見えた。
◇
屋敷内、牢屋。
「うーん、無理っ!」
「頑張れよ!! 使えないな!」
ヒユの身体を拘束するロープや札を、モドキが口を使って剥がそうと奮闘していた。
しかし、なかなか上手くいかない。
「そこの半妖の人の仲間が助けに来るでしょ、そのうち」
アナナスは冷静に分析しながら言う。
辛は依然として眠ったままだが、彼の仲間が放置するとは考えにくい。
「奴らの助けになる気はない!!」
「というか」
ヒユが叫ぶのを、アナナスが遮る。
「シロホンさん、来るでしょ」
「絶対来るわ~あいつ来るわ~」
アナナスの言葉にモドキが同意する。
シロホンとヒユの仲は険悪だが、ヒユの窮地とあればシロホンは必ず来る。
そういう兄弟だ。
「なんで奴の名前が出るんだよ!」
ヒユは怒号を発した。
素直でない兄・シロホンだが、弟・ヒユも大概である。
「自分が生き残るために、他人の命を犠牲にするような奴だろアレは」
ヒユは瞳に怒りを宿して吐き捨てた。
「分かってるくせに~」
「何が?」
アナナスの指摘にヒユが返す。
照れ隠しではない。
本気で、兄の本質を理解していないのだ。
「まだ、怒ってるの?」
モドキが口を開く。
「当然! 一度でも能力を使えば他者の血を必要とする状態になるのに……その最初の相手があの人なのも気に入らない」
「え?」
ヒユの言葉に、モドキは思わず素っ頓狂な声を上げた。
悪魔・吸血鬼は一度でも能力を行使すれば不死身を得るが、代償として吸血行為が不可欠となる。
ヒユの認識では、【あの人】の血を吸ってシロホンが生き延びたことになっている。
それが許せないのだという。
「『えっ』て……?」
「あ……」
ヒユが怪訝な顔をする。
モドキはしまったと冷や汗を流した。
気まずい沈黙が場を支配する。
「言え!! 洗いざらい吐け!!」
ヒユは比較的自由の利く足でモドキを踏みつけ、叫んだ。
「ああああああっ! シロホンが吸血鬼の能力を使ったのは、あの時が初めてじゃないんだよ!!」
モドキが悲鳴交じりに白状する。
ヒユの表情が一瞬、強張った。
「もっと前だよ、ヒユ君両親いないでしょ?」
モドキが続ける。
ヒユとシロホンには両親がいない。
「じゃあ、なんだよ。おれが知ってる、あいつは最初から──……」
ヒユはモドキを踏む足の力を緩めた。
脳裏に浮かぶのは幼い頃、兄の後ろをついて回っていた自分の姿だ。
「そうなんだけどさ……いや、あの……うちのご主人様がね……」
モドキが語りだす。語られなかった過去を。
十七年前──……。
左腕を切り落とされ、左頬に深い傷を負い、吐血して倒れる少年がいた。
周囲は瓦礫の山。
その近くには、少年の両親と思われる変わり果てた姿が転がっていた。
まだ死んではいない……危険な状態に変わりはないが。
そう見つめるのはアヴェルス。
「……」
アヴェルスは無言で少年の傍らに身を屈め、観察していた。
……使う気はない、だったか。
アヴェルスは少年の言葉を反芻する。
「ご主人さ~ま」
その時、モドキの声がした。
瓦礫の下、地下室と思しき場所から這い上がってきたモドキは、一人の赤子を抱えていた。
「なんか発見した」
赤子は布に包まれ、その布には『隠』の印が刻まれていた。
アヴェルスもモドキも、状況を察して冷や汗をかく。
「多分、この子の親が助ける為に隠したんだと思うんですけど」
モドキが推測を口にする。
アヴェルスは黙ったまま、その光景を眺めていた。
赤子が火がついたように泣き出す。
「あ~泣かないで~」
モドキが懸命にあやす。
それを見たアヴェルスは、「ふっ」と短く息を吐き、笑った。
「あーやめたやめた」
「えっ!? 何!?」
「深く考えるもんじゃないよね~」
アヴェルスは右手で、自身の左腕の袖を捲り上げた。
「オレは我が儘! 自分勝手なのさ」
そう言い放つと、彼は己の左腕に思いきり噛みついた。
だから
『この能力を使う気はない』
許せよ
アヴェルスの脳裏に少年の拒絶の言葉がよぎるが、彼は強引に能力を行使させることを選んだ。
左腕を伝う鮮血を少年の口元へと運び、そして──……。
少年は本能のまま、その指に喰らいついた。
意識が現在に戻る。
「と、ご主人様が血を飲ませたから……って聞いてなかったん?」
モドキは恐る恐るヒユの様子を窺いながら説明を終えた。
ヒユは黙ったまま、何かを反芻するように俯いている。
「ヒユ君?」
モドキの呼びかけにも、答えは返ってこなかった。
◇
歌が厄介だからティーを先に狙ったが、一匹逃がしたか……。
土煙が舞い、木々がなぎ倒された惨状の中、シロホンは地面に転がったまま思考を巡らせていた。
ルトを取り逃がしてしまったことは誤算だ。
「うわ……やっぱ生きてる」
「あ゛?」
ティーが空中から嫌そうな顔で見下ろして呟く。
シロホンの怒号が飛んだ。
「Bのくせに……頭の羽、むしるぞ」
「B言うな」
シロホンは上体を起こしながら悪態をつく。
すかさずティーが突っ込んだ。
……躊躇って印をつけ損ねたな。
シロホンは己の甘さを自覚する。
相手が仲間であるティーだからか、一瞬の躊躇いが生まれた。
完全に「敵」なら容赦なく喉を潰すんだが……
そう、ティーが完全に『敵』であれば、喉を破壊してしまえば歌も音波も封じられる。
ティーもまた、眼下のシロホンを見下ろしながら思考する。
あいつに遠距離攻撃できる能力はない。
そう高を括っていた。
シロホンは接近戦特化型だ。
近付けさせなければ良い。
ティーはそう結論付ける。
ティーの『音』能力には二種類ある。
一つは『シン』を消費し、音を聞いた対象に効果をもたらす補助的なもの。
もう一つは『マナ』を消費し、音波を衝撃波として攻撃に転用する直接的なもの。
ティーは口元に笑みを浮かべた。
「あれ? 意外とオレ勝てそうじゃね?」
「はあ?」
ティーが緩んだ顔で言い、シロホンが低く返す。
「だってあんた、『音』と『印』で補正をかけて物理で殴るって攻撃方法じゃん?」
「なんだその表現は」
ティーの言い分はあながち間違っていない。
シロホンの戦闘スタイルは、印によるバフやデバフを駆使して、最終的には物理的に叩くというものだ。
「オレ空中にいるし、流石にちょっと有利かなって」
ティーは余裕の表情を崩さない。
シロホンはその言葉を受けて、不敵に笑った。
「あまり生意気な口をきくなよ」
瞬間、シロホンは空中に木の板を複数展開し、足場を形成した。
板を蹴って宙を渡り、ティーの右側をすり抜けざまに空中で一回転。
直後、空中に新たな木の板を生成し、『着』の印で自らの足を固定した。
シロホンは重力を無視し、空中で静止する。
その手には、ティーの腰にあったポーチが握られていた。
「やはり……」
「……!」
一瞬の出来事に、ティーはただ目を見開くことしかできない。
「全部取られたのか」
シロホンはポーチの中身を確認し、空であることを悟った。
いつの間に……!
そう思いながらティーは慌てて振り返り、上を見上げようとする。
「返せ……!」
そう叫ぼうとした瞬間。
ティーの動きが凍り付いた。
腰の右側に『停』の印が二つ、刻印されていた。
ポーチを奪った一瞬の交差で、印を付けられたのだ。
「……!」
これは『動き封じ』のものか……!
ティーは戦慄する。
「そのまま大人しくしてろ」
シロホンは空中で逆さに止まったまま、冷たく告げる。
能力封じじゃないのは、羽が使えなくなるから……か?
ティーは思考を巡らせながら、必死に抵抗を試みる。
「主人には逆らえないし、動向も監視されてるので。このまま大人しくはしてやれない」
ティーは動けないが、能力そのものを封じられたわけでも、声帯を潰されたわけでもない。
音で攻撃すればいい。
その時、ティーは微かな音を感知した。
屋敷の方角へ視線を走らせる。
ティーの表情に、僅かな焦燥が滲んだ。
「……?」
その変化を、シロホンは見逃さなかった。




