No.71「頼って」
アヴェルスは、対峙する怪物の能力を冷徹に分析していた。
奴、ウルについて判明している事実は──……後天的に植え付けられた神の能力が一つ。
そして、先天的に保有していた能力が二つ。
計三つの能力を併有しているということだ。
その残忍な性格で、かつてオレの味方は殺された──……。
脳裏をよぎる、忌まわしい記憶。
アヴェルスの背には氷が突き刺さり、ウルは嬲り殺したアヴェルスたちの仲間の死体の上に、玉座のように座っていた。
白い冷気が舞い、赤が床と壁を染め上げ、透明な氷の破片が散乱する地獄絵図。
◇
一方、戦場の片隅。
水神の奴……。
黒髪の軍人・玄は心の中で悪態をつきながら、自身の能力である『闇』で障壁を展開し、押し寄せる濁流を防いでいた。
壁の内側では、凪が闇に絡めとられ、意識を失ったまま吊るされている。
彼女を水没させるわけにはいかない。
◇
上空。
ウルによって蹴り飛ばされたアヴェルスは、モドキの乗るシャチと激突した。
その衝撃でバランスを崩し、二人は空中へ投げ出される。
完全に遊ばれている。
そう思考しつつ落下するアヴェルスを見て、遠くの爪戯たちが目を見開く。
眼下には、見渡す限りの水面。
ウルはその水を瞬時に相転移させ、無数の鋭利な氷柱へと変えた。
串刺しにするための刃が、落下する二人を待ち受ける。
モドキは空中で体勢を変え、右手を真下へと向けた。
召喚喚起。
出現位置を、突き出る氷の切っ先そのものに指定する。
空間が歪み、大量のシャチが出現した。
その巨大な質量が氷柱を圧し折り、クッションとなって砕け散る。
二人はシャチと氷の破片を足場にし、無事着地することに成功した。
だが、ウルは攻撃の手を緩めない。
空中で氷の足場を形成し、それを蹴って加速する。
──モドキの能力で頭を狙う時以外は、あえて妨害してこない。
舐めやがって……と言いたいが、今はその油断・慢心を利用させてもらう。
アヴェルスは思考を走らせる。
──勝てるとは思わないが……。
ウルが迫る。
アヴェルスは魔女の槍を構えた。
迎撃の突き。
しかしウルは、器用に空中に氷を生成して足場にし、予測不能な軌道を描いて槍の切っ先を回避した。
あろうことか、突き出された槍の上に軽やかに乗る。
「はい、残念」
右脚で槍を踏みつけ、全体重を乗せた左脚を振りぬく。
その瞬間、至近距離で氷の礫が生成され、散弾のようにアヴェルスへと放たれた。
アヴェルスは衝撃に耐え切れず、後方へとよろめく。
その背後にはモドキがいる。
──おれは早く探さないと……!
モドキは冷や汗を流しながらも、思考を止めない。
先ほどの辛の言葉と、現状の違和感が繋がる。
『オレのことはいい、それよりさっきの、奴の攻撃で──……』
辛の腹部には、氷の刃が刺さったままだ。
あの時、彼は何かを確信していた。
──多分、この大規模な水攻めが鍵だ。潜んでいたもう一人が、水を防ぐために能力を使った。その反応で、辛君は敵の居場所を特定したんだ──……。
モドキの推論は正鵠を射ていた。
同時に、辛もまた確信を得ていた。
オレに気づかれないように気配は消していたが、能力を行使した瞬間……シンが発動する『揺らぎ』までは隠せていない。
あの大質量の水を防ぐため、敵は防御壁を展開せざるを得なかったはずだ。
だからこそ、まだ敵がいると分かったオレが、凪のところに駆けつけないようにする為の、二人による足止め攻撃でもあった。
「あとはシュンラン──……」
凪の居場所は、あの闇の気配がした場所で確定した。
あとはシュンランを探し当てるだけだ。
モドキは無数に配置した探索用のシャチたちからの報告を待つ。
「ほら、頑張って」
ウルは無邪気な笑みを浮かべながら、アヴェルスへの猛攻を止めない。
アヴェルスは、背後のモドキを強引に突き飛ばした。
直後、地面から氷が鋭い針山となって隆起した。
回避行動を取らなかったアヴェルスは、無数の氷に串刺しにされる。
もしモドキを突き飛ばしていなければ、彼女もまた肉塊と化していただろう。
「ご……」
モドキは振り返り、言葉を失う。
また、やられる……昔みたいに──……。
モドキの脳裏に、かつて味方がウルに惨殺された日の光景がフラッシュバックする。恐怖が思考を塗りつぶそうとした、その時。
「何呆けてやがる……いいからさっさと、自分に出来ることをしろ。お前がかつて、オレに言ったんだぞ」
アヴェルスは吐血しながらも、力強い声で告げた。
ウルが、興味深そうに一度手を止める。
『もうこれ以上、仲間を失うのは嫌だ……でも一人で戦わなくていいから、おれ頑張るから……おれのことも頼って!!』
それは、モドキがかつてアヴェルスへと叫んだ言葉だ。
病室のベッドの上にいるアヴェルスを、まっすぐに見据えて誓った約束。
「お前を……頼ってやるって言ってんだよ」
アヴェルスは身体を貫く氷を強引に砕き、槍を握り直して前へと踏み出す。
その背中を見て、モドキは震えを止め、小さく笑った。
「おれを誰だと思ってる? 天下のシャチモドキ様よ! ご主人様の一人や二人、軽く救ってやるよ!!」
モドキは親指を自分へ向け、高らかに宣言する。
「なんかイラッと来たから、あとで覚えてろよ」
「ひぇ……」
アヴェルスは振り返ることなく言い放つ。
モドキは思わず冷や汗を噴き出した。
「なに何? その変な仲良し寸劇は~。二人でなら勝算があるとでも?」
「今はない」
余裕の表情を崩さないウルに対し、アヴェルスは事実を淡々と認める。
「別に今は勝つ必要もない。あいつらに手を貸せと言われたから、あいつらを奴のところまで送る約束もした。それを果たすだけだ」
アヴェルスはデュオラスの命に従い、辛たちを伍の国へ送る。その責務を全うするために、今は全力を尽くす。
勝利など二の次だ。
「ふーん……」
ウルはつまらなそうに答える。
そういえば逃げるって言ってたな、と思い出しながら、脚から冷気を放出した。
「成程。させるわけ無いじゃん?」
ウルが右手を指揮者のように振り下ろす。
脚から放たれた絶対零度の冷気が、周囲の空間を侵食していく。
パキパキと硬質な音が連続し、世界が氷に閉ざされていく。
上空に退避している辛達のもとにも、巨大な氷壁が迫る。
モドキの眼が細まった。
あたり一面を覆う、逃げ場のない氷の結界が形成された。




