表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】  作者: 神野あさぎ
邂逅

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/102

No.7「小繭蜂」

 風が吹いた。夜風が三人の間をすり抜け、沈黙の端を攫っていく。


「はー……」


 深く、心底呆れたようなため息をついたのは、爪戯つまぎの母――爪炎そうえんだった。

 燃えるような橙色の髪を指で払い、氷のような視線を息子へ投げる。


「本当に使えない子ですね。何故まだ生きているのですか?」


 その声音は、母とは到底思えないほどに冷たく、無機質だった。


 かのとは、じっとその言葉を受けてから、無言で金属を生成する。

 銀色の粒子が収束し、長大な刀が空気を裂くように現れた。

 彼は迷いなく踏み込み、爪炎そうえんの首を狙って真っ直ぐに刃を振り下ろす。


 だが、硬質な音が夜に響いた。

 爪炎そうえんは人差し指と中指のたった二本で、その鋭利な刃を挟むように受け止め、あっさりとへし折ったのだ。

 破壊された金属の音が、夜の静寂に小さく、しかし絶望的に響く。


「意外ですね。怒るのですか」


 淡々と、かのとを評価するように爪炎そうえんは言った。

 先ほどまで刃を向けていたのは爪戯つまぎの側だ。敵同士だったはずのかのとが、爪戯つまぎのために怒りを見せたことが、どうやら彼女の計算外らしい。


 爪炎そうえんの右脚が赤熱する。炎の熱エネルギーを爆発させ、加速。

 目にも止まらぬ一撃が、かのとの腹を深々と貫いた。

 内臓が軋み、かのとは破られた胸から苦しげに息を漏らし、弾き飛ばされて地に転がった。


かのと!」


 爪戯つまぎの声が悲鳴のように裂ける。

 だがその直後、爪炎そうえんが冷徹に遮るように言い放った。


「他人の心配をしている場合ですか? アレを殺したら次は貴方ですよ」


 その言葉には、脅しではない、凍るような本気が混じっている。

 爪戯つまぎは息を呑み、戸惑いと恐怖が交錯するのを隠せなかった。母は本気だ。本気で、息子を殺そうとしている。


 地に手をついたままのかのとは、肩で息をし、呼吸が浅く、どこか頼りない。

 爪戯つまぎは胸の奥で嫌な予感を感じ取り、心配そうな顔を向ける。

 様子がおかしい。まさか、わざと攻撃を受けているのか。


 爪炎そうえんは、かのとの弱りを確認すると冷たく続ける。


「苦しそうですね。早く楽にしてあげますよ」


 その言葉に合わせ、爪炎そうえんは地を爆ぜさせて蹴った。

 炎の熱を纏い、身体を軽やかに浮かせながら、獲物を狩る猛禽のようにかのとへと一直線に迫る。


 かのとは必死に土を裂き、足元を隆起させて防壁を作ろうとした。

 だが、爪炎そうえんの跳躍は鋭く、土壁の上を軽々と超えていく。


 爪炎そうえんはひらりと舞い上がり、空中で冷ややかに呟く。


「こんなもの」


 短い一言に、絶対強者としての軽蔑が滲む。

 その時。タイミングを計ったかのように、地中の亀裂から水柱が噴き上がった。

 かつてかのとが地割れに落とした池の水を、彼は水の力で再び呼び上げ、炎の標的へと放ったのである。


 凄まじい蒸気の音が響く。

 だが、炎は容赦なく水を蒸発させた。水粒が熱に弾け、白煙となって虚しく消える。


「水は嫌いです」


 爪炎そうえんは煙を払いのけ、見下ろすように言った。

 彼女の能力は高出力の炎であり、半端な水量ではその前に無力だった。


 爪戯つまぎは一拍置いて、かのとに聞こえるような声で言う。

 炎には水は通じない、と。


 爪炎そうえんは音もなく爪戯つまぎの前に降り立つと、その表情は一層冷たくなる。


「何故、敵側に情報を? その様な振る舞いをするのでしたら、貴方から殺しましょうか?」


 母親とは思えぬ艶やかさと、生物としての格の違いを見せつける厳しさ。

 場の空気が完全に凍りついた、その瞬間。

 風切り音と共に、短刀が爪炎そうえんの横顔を掠めた。

 かのとが投げたものだ。刃音が夜に鋭く溶ける。


「先ほどもでしたが、何故貴方が怒るのですか?」


 爪炎そうえんは振り向きもせず、飛来した短刀を二指で摘まみ、まるで紙を裂くように粉々にした。

 砕けた金属の破片が、キラキラと路面に散らばる。


「それに、彼は私の子です。どう扱うかは私の勝手。説教でもするつもりですか?」


 その問いに、かのとはよろりと立ち上がりながら静かに応じた。

 腹部を押さえる手には血が滲んでいるが、口調は不思議なほど落ち着いている。


「別に。ただ、そいつを死なせたくないだけだ」


 爪炎そうえんの唇がわずかに動く。嘲笑か、あるいは憐れみか。


「いいでしょう。ならば力尽くで止めることですね」


 彼女はかのとへ視線を戻し、指先に青白い炎を宿した。

 言葉の端すら焦がすような熱量が、周囲の空気を歪ませる。


「しかし、果たして出来るでしょうか?」


 問い終えるや否や、かのとが地を蹴る。

 金属の生成が躍動し、新たな刃が光を放つ――しかし爪炎そうえんは冷徹に分析する。


「貴方の能力は五行──愛用しているのは金。そして水と木は私の能力で対応可能。土も決定打にはならないでしょう」


 その言葉には、一切の曖昧さがない。完全な解析。

 かのとは言葉に応えることなく、静かに間合いを詰め、渾身の突きを放つ。

 刃先が月光を二つに裂くように揺れた。

 だが、爪炎そうえんは紙一重でひらりと躱す。


「ですから、利かないと言っているでしょう!」


 声が夜を切り裂く。

 爪炎そうえんは三度、刃を素手で砕き、炎で加速した蹴りをかのとの腹に叩き込んだ。

 衝撃でかのとは再び弾かれ、宙に無数の金属片が舞い散る。

 地面に叩きつけられたかのとから、微かな喘ぎが漏れた。


かのと!」


 爪戯つまぎの声が祈るように響く。

 だが、勝負は決したかに見えた。

 爪炎そうえんは冷ややかに評を下す。


「練度が足りませんね」


 爪炎そうえんの目は、感情のない冷静な判定者のそれだった。


「唯一、私に対抗できるとすれば火──しかし、それを使わない理由を知っています」


 その通りだ。かのとは火を宿している。

 だが使わない。使えるのではなく、固く禁じているのだ。

 爪炎そうえんは追い討ちをかけるように、無防備に転がるかのとへと歩を進める。

 死刑執行を告げる声が低く落ちる。


「終わりです」


 かのとは、その足音を聞きながら、伏せた顔の下で冷たく返した。


「……終わるのは、お前だ」


 乾いた音が、夜に響いた。

 それは、ただの破壊音ではない。


 周囲に散らばっていた無数の金属片――爪炎そうえんが自らの手で砕いた刃の残骸たちが、ひとつまたひとつと意思を取り戻したように浮き上がり、空中で収束しはじめる。

 集まった破片が、針のような形状へと再構成され、爪炎そうえんの身体めがけて全方位から殺到した。


 小さな針が、柔らかな繭を編むかのように、筋肉の継ぎ目、関節、神経の要所を的確に貫いていく。

 まるで無数の小さな蜂の針が獲物を麻痺させる「小繭蜂こまゆばち」の所作を見るようだった。


「何を……!?」


 爪炎そうえんの膝が砕け、彼女は音もなくその場に沈んだ。

 胸元から滴る朱が、闇の色に溶けていく。

 全身の要所を穿たれ、神経を断たれた身体は、もはや指一本動かせない。


「オレは、能力で作り出した金属を“ある程度、操れる”。お前が砕いた金属片を“もと”に再生成し、身体を貫くよう形成した」


 かのとは息を吐きながら立ち上がり、冷静に説明する。

 傷の痛みが声に陰影を落とすが、その論理は鋼のように揺るがない。


「武器を壊すべきではなかったな」


 爪炎そうえんは、かつて自分が嘲笑って砕いたはずの刃が、今や自分を封じる凶具となっているのを見て、鋭く目を剥く。

 かのとの応用力と、ダメージを負ってまで破片をばら撒くという捨て身の策が、彼女の計算の外にあったのだ。


 流石に脚をやられると厳しいですね。

 爪炎そうえんの足元もまた、金属の針に深々と貫かれている。

 立ち上がることは叶わない。

 息が浅くなり、身に纏っていた炎の光が風前の灯火のように揺れた。


「此処は潔く負けを認めます。殺して下さい。ただし、貴方のつれの少女については、捕らえさせていただきます」


 冷たい分析の果てに告げられた、最期の覚悟の言葉。

 爪炎そうえんの声音は清冽で、死を前にしてもなお、揺るがぬ任務への執着と諦観の色を帯びていた。

 月明かりがその美しい面を淡く照らす。

 夜風が、ひとつの決着を告げようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ