No.65「投射砲」
蒼穹に浮かぶはレイン。
その手には、巨大な黒い弩が構えられている。
周囲は土煙が舞い、地上の視界を覆い隠していた。
「……ん?」
風に流され、少しずつ視界が晴れていく。
居ない。
そこに在るはずの、爪戯達の姿が無い。
レインが眉を潜めた瞬間、死角となっていた横合いから辛が飛び出した。
金属生成で空中に足場を形成し、それを蹴って空へと昇る。
金属で足場を……レインは冷静に分析しながらも、弩の照準を辛へと向けた。
放たれた矢が辛を襲う。
だが辛は、金属のプレートを次々に空中に生成し、足場を乗り換えることで三次元的な回避を行っていく。
「お前らの目的はなんだ?」
空中で交錯する中、辛が問う。
辛は器用に金属から金属へと飛び移る。
矢はその軌跡を追撃し、甲高い金属音を鳴らして火花を散らす。
「さあ?」
レインは無表情でとぼけた。
辛はさらに踏み込む。レインの喉元へと肉薄する。
両手から金属生成。
「丁は何処だ」
丁を攫った実行犯であるレインへの尋問。
「さあ? 教えるわけないよ」
レインは見下ろしながら言った。
丁は何処へ連れ去られたのか、何故攫われたのか。その問いには答えない。
直後、弩が変形する。
巨大な弓としての形状を捨て、無数の矢の集合体へと分解した。
辛の全周囲を、自律した矢の群れが包囲する。
「弓を構えるのは、ただの振りなんだ」
レインは道具としての弓を使わない。
弓がなければ矢は撃てない、そう思わせる為のブラフに過ぎない。
辛は左側に金属壁を生成する。
その反動を利用して金属を蹴り、右側へと強引に回避機動を取った。
金属を矢が削る音が、不協和音となって奏でられる。
「矢を放った後の隙を狙って、近づいて来た敵を狩るために」
レインは宙に浮いたまま語る。
矢を放てば硬直という隙が出来る。
その隙を好機と捉え、間合いを詰めてくる愚直な敵を狩るための罠。
足場を失い、辛は落下する。
そこをレインは見逃さない。
再び無数の矢が切っ先を揃える。
「残念だったね」
空中の辛を完全に捉えた。
その時、生成された金属の蔦がレインの足に絡みついた。
レインの身体を空中に固定する。
地上。
ウミリンゴは、固定された標的を見上げていた。
◇
時は少し遡る。
金属の壁の向こう。矢が降り注ぐ中での作戦会議。
「出力?」
辛はウミリンゴの言葉に反応し、問い返した。
「この人の能力は電撃で、辛が来る前撃ったんだけど……でも妖、封じたし当てられそうじゃない?」
爪戯が補足説明をした。
先ほどは妖の機動力があったため避けられたが、今はその機動力はない。当てることさえできれば勝機はある。
けれどウミリンゴの表情は硬い。
「私は自分では電気を生成できなくて。下僕化した鬼たちの体内で電気を作らせて、それを徴収し操る──……だから私は悪魔の能力で鬼を作る」
ウミリンゴの電撃は、眷属である鬼への依存度が高い。
「でも、此処に来るまでに鬼達は殺された、何人も何人も……シュンランも」
ウミリンゴは歯噛みする。
口惜しさが滲んだ。バッテリーとなる配下を失い、今の彼女には決定打となる火力が出せない。
その様子を見ていた辛が口を開く。
「電気伝導性を冷却することで上げれば──……」
辛の提案に、爪戯とウミリンゴの眼が丸くなる。
「んぬ??」
「ん!?」
ウミリンゴは特に理解していない様子だ。
「オレは来たばかりで、あんたの事情も状況も良く知らない。だが、あんたがあいつにトドメを指すべきだと思った」
辛は、友を殺され歯噛みし悔しがるウミリンゴの激情を汲み取り、そう言った。
「オレ達が補助する」
辛の言葉にウミリンゴの眼が見開かれる。
「でも辛も、あいつと何かあるんじゃないの? 知ってる風だったし」
爪戯が聞いた。
レインが丁を攫った一人ならば、辛には聞きたいことが山ほどあるはずだ。
「……丁のことを聞ければいいが、答えてくれるとは思えん」
辛は肩をすくめる。
奴は情報の吐露よりも任務の遂行を優先するタイプだ。
「で? どうするの?」
ウミリンゴが聞く。
「相手の機動力が落ちているとは言え、確実に当てる為に……オレがあいつの気を引いてなんとか足止めする」
レインは地上へ向けて弩から無数の矢を放っていた。
その爆音の中、辛は策を語る。
「だから──……」
◇
そして現在。
──最後はあんたが決めてくれ。
地上に立つはウミリンゴ。
その傍らで、爪戯は両手を地面に着け、冷気を送り込んでいた。
ウミリンゴの横には、巨大な銃身が鎮座している。
辛が金属で作った即席の兵器だ。
「遠慮なく私が討ち取らせてもらうわ」
ウミリンゴは残ったシンの全てを電気に変え、銃身へと込める。
空中に固定されたレインへ向けて。
電気的加速を得た弾丸が撃ちだされ、大気を穿つ。
轟音と共に、光がレインを撃ち抜いた。
辛は器用に金属の足場を形成し、地上へ帰還する。
「おお……!? 電気を利用して弾丸を打つアレですか?」
爪戯は少し興奮気味で言った。
「つまり所謂レー……」
「……違う」
爪戯の言葉は、辛によって無慈悲に遮られた。
「原理的にはコイルの方、採用した」
「え……何それ違いが分かりません」
辛の拘りに、爪戯は瞬くばかりだ。
「ってか冷やす必要性あったの!?」
ウミリンゴは首を傾げ聞いた。
答えたのは爪戯だ。
「なんか、電気抵抗が小さくなるらしいよ」
超伝導は抵抗ゼロなんだっけ? オレも詳しくは知らないけど、と小さく付け加えながら答えた。
弾丸が直撃した上空を見上げる。
「……!?」
辛の眼が見開かれる。
「中から消えた……」
「え?」
辛の言葉に、爪戯もウミリンゴも首を傾げた。
上空。
弾丸に粉砕されたレインの身体が、無数の矢と化してバラバラと崩れ落ちていく。
血の一滴も流れない。
「アレは、矢!? 塩の人みたいな?」
爪戯は塩神戦を想起していた。
塩神は身体を塩に変え、再構築していた。レインもまた、身体を矢に変えて再構築できるのか。そう推測したのだ。
「身体から、気配が消えた」
辛は気配が読める。
今撃ち抜いたものからは、生命の気配が霧散していた。
「それって、本体が別にあるのでは?」
ウミリンゴの鋭い指摘。
爪戯は思考する。
だから右眼で攻撃を跳ね返した時、平気で居たのか?
傷ついたのが本体ではないからダメージがフィードバックされなかった? 反撃を食らっても大丈夫だから、身を隠す必要もなかった?
線が繋がる。
しかし、ある違和感に気づく。
だとしても、わざわざ姿を現して狙撃をするのは不自然だ。本体が安全圏にいるなら、囮を使うにしてももっと効率的な……。
爪戯がそう思考の迷路に入りかけた時、空中に散る矢が、まるで意思を持ったかのように地上の辛たちの方へと切っ先を向けた。
『ボクの役目は果たせた』
矢から声が響く。
役目を果たした。
その言葉で、辛は最悪の可能性に気づく。
周囲に他に敵は居ないのを確認したはずだ。気配はなかった。
だが、まだもう一人、気配を完全に断てる存在がいる……!
そう、此処でようやく彼らは、もう一人の存在に気づいた。
黒髪の軍服の男。
その魔の手が、今まさに森を彷徨う凪にかかろうとしていた。




