No.64「氷漬け」
澄み渡る蒼穹を背に、妖へ騎乗し飛翔する神、レイン。
対して、眼下の森では爆ぜた氷と土煙が視界を白濁させていた。
氷の迎撃を全て粉砕し、矢の雨が爪戯とウミリンゴを襲う。
万事休すかと思われた、その刹那。
妖の足を、下から伸びた氷が捕らえた。
浸食は速い。足先から瞬く間に凍結していく。
「何とかして撃ち落すってのは、嘘」
爪戯は氷の壁を展開し、盾にすることで矢の直撃を防いでいた。
距離があるため、空中の敵を直接凍らせることは不可能だ。
だが、彼はレインによって砕かれた氷の破片を遠隔操作し、妖の足へと繋げたのだ。
さらにその氷を伝導媒体として、能力を行使する。
狙いは本体ではなく、その足。
こうして、爪戯はレインの機動力を凍結させた。
レインは巻き上がった土煙で視界を遮られ、氷が足元を侵食している事実に気づくのが遅れた。
いや、あるいは──。
レインは、足元を固める氷の強度に注目していた。
強度変化も出来るのか、と。
放たれた氷の礫は砕けやすい密度に。
防御に用いる氷の盾は強固に。
レインは、口元に薄い笑みを浮かべた。
「だから何って感じだけど」
彼は氷漬けにされていく妖を、何ら躊躇いもなく乗り捨てた。
空中に身を投げる。
落下する──爪戯とウミリンゴは目を見開く。
しかし、レインは落ちない。
重力に逆らうように、中空に留まっている。
まるで、空気中の水分を踏み固め、見えざる足場としているかのように。
機動力は落ちるが、ボクの役目を果たすには十分。
まあ、そんなに移動する必要がないんだけど。
レインは冷徹に戦況を俯瞰していた。
物理法則を無視して浮遊するレインを見て、ウミリンゴの頬を冷や汗が伝う。
「氷の強度は、なかなかあるんだっけ?」
レインは確認するように言った。
純度の高い氷の密度は、鋼鉄にも匹敵する硬度を持つ。
「さらに火力を上げようか」
レインは手にしていた弓を霧散させた。
代わって、その手から新たに別の質量が形成されていく。
「頑張って防いでみてよ」
現れたのは、巨大な黒い弩。
攻城兵器のごとき威圧感を放つそれが、二人へと向けられる。
爪戯の眼が驚愕に丸くなった。
高速で思考する。
どうする、あいつの後ろにある氷を利用して……でも同じ手が通じるのか?
しかし、今の相手の状態なら機動力はないはずだ。
思考の隙間を縫うように、巨大な弩から矢が放たれる。
その初速は、先程の比ではない。
爪戯は即座に氷の壁を形成し、盾とする。
だが。
氷壁は、たった一撃で粉砕された。
「……!!」
破片と共に矢が掠め、爪戯の肩が弾ける。
血が滲んだ。
「まだまだ行くよ」
レインの無慈悲な宣告に、爪戯は死を幻視する。
防ぎきれない。
その時。
地を蹴る重い足音が響いた。
爪戯とウミリンゴの前に、影が割り込む。
辛だ。
彼は右手をかざし、瞬時に金属生成で多重の盾を形成する。
轟音。
速度と火力が桁違いに跳ね上がった矢を、金属の壁が受け止めた。
「やっと来たね」
上空で静止しているレインは、冷静に呟く。
周囲の木々は衝撃波で破壊され、土煙が舞い上がっていた。
「辛!? でも、なんで此処に!?」
爪戯は辛の介入に驚きの声を上げる。
「お前は……」
辛は表情を変えず、振り向くこともなく上空を睨みつけた。
「どうも」
レインの軽い返し。
「久しぶりだね」
辛の弟・丁を攫った実行犯の一人。それが、目の前のレインだ。
久しぶりと言う言葉は、丁を攫って以来の再会であることを意味している。
レインは弩を辛へ向け、間髪入れずに矢を連射した。
応戦する辛は、さらに金属生成を発動させる。
展開された金属の盾が、火花を散らして矢を防ぎ切る。
「このままじゃ防戦一方、どうする? あいつの機動力源の妖は封じたけど」
背後で爪戯が言った。
妖は氷漬けにされ、地上で身動きが取れなくなっている。
あとは空に浮くレインをどうにかするだけだ。
けれど、上空に陣取る相手にどう攻撃を届かせるか。
雨のように降り注ぐ矢も防がなければいけない。
「出力が落ちていなければ……シュンランや他の鬼たちの仇もとれるのに」
ウミリンゴは俯き、唇を噛み締める。
その悔恨の様子を、辛は冷静な横顔で見つめていた。
◇
一方で、凪。
彼女は辛たちの速度についていけず、完全に独り取り残されていた。
「辛君、何処~? 置いていかないで~」
凪は涙目で森に向かって叫んだ。
しかし、返ってくるのは自身の反響だけだ。
木々がざわめく。
風が、ひどく騒がしい。
「騒がしいから近くで戦いでも起きてる? 辛君もそこへ?」
凪は辺りを見渡し、轟音のする方角へと視線を向ける。
「音のする方へ行くしかないか……」
覚悟を決めて歩き始める。
その時。
背後の茂みで、何かが動く気配がした。




