No.59「鬼殺し」
総合病院前。
「? あいつらは?」
「ん~~?」
アヴェルスは病院内でアポイントメントを取り終え、正面玄関から出てきたところだった。
だが、待たせていたはずの辛と凪の姿が見当たらない。
「何か気になることがあるみたいで~、もう一人を探しに行った!」
残っていたモドキが、相変わらずの呑気さで答えた。
──数分前。
待機していた辛は、突如として何かの気配を察知し、走り出した。
「か、辛君待って!」
凪の制止も耳に入らない様子で、彼は駆け出してしまった。
「オレがここに居るから行って良いよ!」
モドキが留守番を買って出て、凪に辛を追うよう促したのだ。
「じゃあ、ちょっと行ってくる!」
凪はそう言い残し、辛の後を追ったのである。
──現在。
「で? ご主人様の方は? アポ取れた~?」
モドキは緊張感のない表情で尋ねたが、アヴェルスは冷静に状況を俯瞰していた。
「いつでも良いってさ」
デュオラスとの面会は、こちらの都合でいつでも可能だという。
アヴェルスは短く呟き、二人が消えた方向を見据えた。
◇
木々が生い茂る神社。
爪戯が「相手の言い分も聞きたい」と提案した直後のことだ。
「な……何言ってるんだよ爪戯! そいつが俺達をこんな身体にしたんだ! そいつさえいなければ!」
爪戯の背後から、兄・爪雲が激情を露わにして叫ぶ。
「あんた達が邪魔に入らなければ、シュンランは!! 女の方は酷いことを言ってきたし、怒りたいのはこっちよ!!」
その言葉に、ウミリンゴもまた怒りを爆発させた。
彼女の背後では、手負いのシュンランがただ静かに立ち尽くしている。
「!?」
ウミリンゴの言い分に、爪雲は困惑し首を傾げた。
噛み合わない主張。
「うん、だから何の事情も知らないオレは何も言えないんだよ」
爪戯は「特に何か言うつもりもないが」と付け加えながら、冷静に場を収めようとする。
◇
──回想。
爪雲と姉・爪嵐の任務帰りのこと。
彼らは突発的な争いに巻き込まれ、崖の近くで当事者たちと遭遇した。
「居た! 姉さん!」
「爪雲! 無事だった?」
二人は無事に合流を果たした。
「オレは平気。姉さんこそ無事?」
爪雲が駆け寄り、姉の身を案じる。
だが、その安堵は一瞬で打ち砕かれた。
「あんた達は、下僕として飼い殺すわ」
左肩の衣服が破れ、「U」の刻印を露わにした鬼──ウミリンゴが言い放つ。
その傍らには、重傷を負って横たわるシュンランの姿があった。
ウミリンゴが、爪雲たちへ指を向ける。
閃光。
それは瞬きする間の出来事だった。
「……!? 何が?」
爪雲は気づけば尻餅をつき、違和感のある右手を額へと伸ばした。
硬質な感触。
頭部と額から、異形の角が生えていた。
爪雲が慌てて周囲を見渡すと、ウミリンゴとシュンランの姿は忽然と消えていた。
あの女は居ない? そう認識した直後──……。
姉・爪嵐が突如として叫び声を上げ、暴走を始めた。
彼女の額にもまた、禍々しい角が生えていた。
「姉さん……!?」
◇
──現在。
「そいつが姉さんを鬼にし、理性を壊した。それで仕方なく俺が殺した。でも、お前が殺したも同然だろ?」
爪雲が憎悪を込めて言い放つ。
ウミリンゴの足は、未だ爪戯の氷によって拘束されている。
「何を言ってるの? 理性を壊す? そんなことしていないわ」
「嘘を吐くな」
両者の主張は平行線を辿る。
ウミリンゴは背後のシュンランを指差し、声を荒らげた。
「私はあの時、負傷したシュンランの応急処置をしようとしていた。あんた達の乱入でそれを邪魔されたのよ」
ウミリンゴは続ける。
「しかも」
『それ、助からないでしょ。一思いにトドメを刺してあげたら? なんなら私が──……』
「って言われたわ」
ウミリンゴはシュンランを助けたい一心だった。
その必死な想いを踏みにじったのは、他ならぬ爪嵐の冷酷な言葉だったのだ。
「酷いのはどっちよ! 処置が遅れたせいでシュンランは──……」
ウミリンゴの憤怒は正当なものだ。
背後のシュンランは、依然として口を開かない。
風が吹き抜け、木々がざわめく。
「でも私は、鬼(下僕)にした相手の理性を壊していない。そもそも出来ないし、出来たとしてもそこまでしない」
ウミリンゴは感情を押し殺し、淡々と事実を告げた。
「私は自身の能力の欠点を補うために、他者に角を植え付ける。生きていてもらわないと困る。だから殺さない」
彼女は「飼い殺す」と言った。
言葉は物騒だが、その本質は「生かしておくこと」にある。
「じゃあ、なんで鬼にした後姿を消した? 暴走する姉さんとオレを戦わせ、巻き込まれないために逃げたんじゃないのか?」
爪雲が鋭く問う。
舞い散る木の葉が、二人の視線を遮る。
「違うわ。敵が接近していたから、仲間の力を借りてあの場を離れた……それだけ」
当時、ウミリンゴには神の手が迫っていた。
撤退は不可避であり、近くに潜伏していた悪魔の仲間の手引きで逃走したに過ぎない。
「信じられるか!」
爪雲が叫ぶ。
姉を失った彼にとって、仇敵の言葉など到底受け入れられるものではない。
「姉さんが暴走したのは事実なんだよ! お前じゃないなら誰がやったんだ!」
「知らないわよ」
お互いに「知らない何か」が、この場の真実から欠落していた。
「あんた達こそ、私の下僕たちを殺して回ってるの?」
ウミリンゴが殺気を込めて問い返す。
彼女が鬼に変えた下僕たちが、次々と何者かに殺害されているのだ。
その犯人を、彼女は爪雲だと断定していた。
しかし、爪雲には心当たりがない。
爪戯が振り返り兄を見るが、爪雲はただ目を丸くしているだけだ。
「私に恨みがあるものね!」
ウミリンゴが叫ぶ。
「知らない……お前と、そこの奴以外の鬼とは会っていない」
爪雲が否定する。
鬼を殺して回る真犯人は別にいる。
だが、それが誰なのかは分からない。
突如、水の気配が膨れ上がる。
ウミリンゴはその異変に即座に反応した。
弾丸のように放たれた「それ」を、爪戯が身を挺して回避させる。
同時に、ウミリンゴを拘束していた氷が解除された。
シュンランは動かない。ただ静観している。
「爪戯!」
「平気!」
四人の前に、人影が現れた。
黒い軍服を纏い、青黒い髪をした男。
◇
「あの……辛君!」
一方で、凪が辛へ問いかけていた。
二人は爪戯がいるであろう方向へと急いでいる。
「実は前から、丁君を攫った相手が気になってたんだけど……」
以前聞こうとして聞けなかった疑問を、凪は口にした。
「結局、どんな奴だったの?」
凪の問いに、辛は少しの間沈黙する。
「なんと説明をしたらいいのか……二人いて、一人は妖に乗っていた。そいつはもう一人に比べて大人しいという印象を受けた」
辛はぽつりと零す。
「そしてもう一人は──……」
◇
神社の鳥居前。
黒い軍服、青黒い髪の男が口を開いた。
「私の下僕を殺したのは誰? だっけ。答え合わせする?」
その言葉に、ウミリンゴの表情が強張る。
男は手に持っていた物体を、無造作に足元へ投げ捨てた。
それは、鬼たちの生首だった。
滴る鮮血が、地面を赤く染め上げていく。
「まあ……」
男の左眼の下には、特徴的な泣き黒子がある。
「言うまでもないか」
その爪には、十字架の意匠が施されていた。
「姿や性格が、あの悪魔とそっくりだった」
遠くで語る辛の言葉が、現実と重なる。
現れた男は、あの悪魔──アヴェルスと瓜二つの容姿をしていた。
狂気を孕んだ笑顔を振りまきながら、男はそこに立っていた。




