No.53「青い珠」
妖は人を喰らい、その力を補充するという。
中でも塩神──しおと呼ばれる個体は、彼らにとって極上の糧となる存在であった。
本能に従い、妖は彼を求めて集まってくる。
ゆえにその体質を、人々は『妖寄せ』と呼んだ。
しおは常に、他者が作り出した結界の中で生きることを余儀なくされていた。
そんな彼の前に、ある日「神」が現れる。
しおは神から塩を操る能力を与えられ、己に群がる妖へ対抗する術を得た。
だが、彼に力を与えた神は悪魔の手によって殺害される。
庇護者を失ったしおの前に、すぐさま別の神が現れた。
「……なんとか『シン』は回収できた。死んだあの神のものだ」
黒ずくめの神は、手にした結晶──シンを彼に差し出した。
「これをお前にやろう……これでより妖に対抗できる」
渡されたのは、先代の塩神のシン。
しおはその青い珠を受け取る。
掌の上で、淡く青い光が反射していた。
「その能力で、悪魔を……お前の恩人を殺したあの害虫を殺せ」
シンを託した神は告げる。
悪魔を殺せ、と。
それがしお──現・塩神の過去であり、起源だった。
◇
「キミの死因は何でしょう?」
「はあ?」
ヤナギは微笑を絶やさずに問いかける。
対する塩神は焦燥を滲ませながらも、精一杯の悪態をついた。
こんな場所で、悪魔如きに後れを取るわけにはいかない。
そう思考を巡らせる刹那、塩神を捕縛していた呪いの帯が強く引かれる。
塩神の両足が地面を離れる。
その身体は、無造作に空中へと放り出された。
「キミの体質を聞いて、最期はコレしかないと思ったんだ~」
ヤナギは悪びれる様子もなく言った。
現在の塩神は、ハクレイの呪縛により能力を行使できない。
無防備な状態で空中に晒された『妖寄せ』。
その結末は明白だった。
餌の匂いを嗅ぎつけた妖たちが、一斉に彼へと群がる。
「妖……! 食わせる為だけに能力を封じたのか!」
塩神の表情が絶望に染まる。
「妖寄せに……憐れみを感じないのか!」
塩神は叫んだ。
地上で見上げる幼い悪魔に向けて、悲痛な言葉を投げかける。
だが、その叫びはヤナギには届かない。
「キミが何を言っているのかすら分からない」
ヤナギは無邪気な笑顔のまま答えた。
それは比喩でも挑発でもなく、言葉通りの意味だった。
ヤナギは辛と同じく、決定的に何かが欠落した存在だ。
辛には笑みが欠けている。
そしてヤナギには、他者を慈しむ憐れみが存在しない。
ゆえに、命乞いも弾劾も彼には届かない。
空中の塩神は成すすべなく、妖たちの牙にかかった。
赤が散る。
鉄錆のような血の臭いが、辺り一面へと広がっていく。
その惨劇を、上空の結界内から爪戯と凪が目撃していた。
「キルキー」
ヤナギは短く、精霊キルキーへ命令を下す。
「ハイ、ヤナギさん」
キルキーは地上から、獲物に群がる空中の妖たちへ向けて刃を振るった。
塩神を貪っていた無数の妖が、まとめて切り裂かれていく。
「妖を……!?」
その光景に、凪は驚愕し目を見開く。
「!! ……アレ!」
爪戯が指さした先。
飛散する赤に混じり、異質な輝きがあった。
青く光る珠が出現している。
「青い球形状の──……」
凪は息をのむ。
神の力の源──シンだ。
神と呼ばれていようと、その実態が人間である以上、死ねば体内からシンを取り出すことができる。
ヤナギは舞い降りてきたその青い珠を手に取った。
「うん、無事に回収できた」
ヤナギは笑顔のまま、掌にある青い珠を見つめる。
だがその内心では、こんなものがあるせいで、と冷ややかな思考を巡らせていた。
「さて、帰ろうか!」
塩で白く染まった地面に、赤が滲んでいく。
そこに立つのは、無邪気な幼い悪魔。
その光景を、少し離れた場所から俯瞰する影があった。
「流石というべきか」
玖──この国の王だ。
その場にいるのは本体ではなく、幻術による分身体である。
彼は木の上から、眼下の悪魔を冷静に評価していた。
「アレも、神殺し──……」
ヤナギという存在をそう定義し、王の幻影は音もなく消え去った。
◇
拾の国。
神々が集う、洋風な城郭建築が立ち並ぶ場所。
「『ああ、神よ。死んでしまうとは情けない』ってか? 塩と石が死んだぞ~」
青黒い髪の男が軽薄に言った。
仲間の死など、路傍の石ほどにも気にしていない様子だ。
男は軍服を纏い、その指先にある爪には十字架を模した意匠が施されている。
「いや、それよりは『奴は四天王の中で最弱』かな? 四天王じゃないけど~」
絶えず軽口を叩く男。
それに応答したのは竜神──リューだ。
「うーん。相手が悪かったてのもあるけど、負けたあいつらが弱かっただけ。負けるのが悪い」
機械の耳、首には十字架付きの首輪、額には逆五芒星。
そしていつものように食パンを齧っている。
こちらもまた、仲間の死になど一切の感慨を抱いていなかった。
「そう言うキミは何もしていない……他人の悪口を言える立場ではないよ」
さらにこの場にはもう一人、小柄な神がいた。
呆れたようにリューを咎める。
「明日から本気出す」
リューはとりあえず言ったが、その言葉に本気の色はない。
「今すぐ働くべき、早く行って下さい」
小柄な神に指を差され、促される。
リューは気怠げに「えー」と返した。
「ま……いいけど」
リューが言う。
「じゃあついでに」
「無いから」
軍服の男が言いかけた要望を、リューは食い気味に否定した。
「え~じゃあ自分で調達しよ」
軍服の男は十字架の爪を怪しく光らせ、笑いながら答えた。
「はあ……どいつもこいつも遊んでばかり」
小柄な神が、深い溜息交じりに零す。
「自分が良ければ何でもいい! それがオレです!」
軍服の男が高らかに宣言した。
快楽主義。それが彼の行動原理の全てだ。
「うざっ」
小柄な神から、短く冷淡な一言が返ってきた。
次の敵は、この二人の神である。




