No.52「封じる」
地上。
地下での戦いが終わり、今まさに地上でも決着が付こうとしていた。
白き塩の波がヤナギを襲うが、彼はそれを意に介さない。
ヤナギは自身の使役する精霊──キルキーに指示し刃を振るう。
漆黒の刃が塩の波を切り裂き、神へと迫る。
塩神は塩を操り刃の軌道をずらす。
「トマト少年に【塩になる能力】が効いてない!?」
遥か上空、空中の結界の中で凪が言う。
彼女の観察通り、キルキーの刃は塩化していない。
塩神は刃を塩で受け流し続ける。
受け流しながら、その思考を高速で回転させる。
物理的な防御は可能だ。防ぐことはできる。
だが、対象を塩に変換できない。
何なんだあの生き物は──。
「頑張って♪ じゃないと、すぐに終わっちゃう」
ヤナギは余裕の笑みで立ちすくみ、指先だけでキルキーを操る。
塩神の脳裏を独白が過る──妖が日常を、悪魔が恩人を奪っていく。
奪われるだけの無力な過去。
「殺す」
妖に日常を壊され、悪魔に恩人を殺された過去を持つ塩神の一言。
それは決意であり、呪詛だった。
「ん~?」
「悪魔が……奪っていくから、守るために殺す!」
塩神の決心のこもった一言。
だが、ヤナギは表情を変えず微笑んだまま聞いた。
「だから、子どもだろうが殺す。悪魔は殺す!」
塩神の今まさに目の前にいる悪魔は子供だ。
けれど彼にとって、悪魔が子どもだろうが関係ない。種そのものが罪なのだから。
「別にさ~それでいいんじゃない?」
ヤナギはあどけなく言う。
同意の言葉とは裏腹に、キルキーの刃が鋭く塩神へ向けられる。
「だからボクも、奪っていく神達から守るために殺すね!」
ヤナギの返し。
どうやっても相容れない神と悪魔の問答。
お互いが、お互いの大切なものを守るための戦い。正義と正義の衝突。
「は? キミ達が、神ってだけで殺そうとするからいけないんだろ!」
塩神は刃を塩で受け流し、紙一重で避けながら言い放つ。
被害者は自分たちだという主張。
「もう! 本当に脳は液果なの?」
「は?」
ヤナギは塩神の一方的な物言いに少し怒りながら言った。
「シロホンの両親は、悪魔──【吸血鬼】ってだけで殺されたよ! 神に!」
ヤナギはなぜかシロホンのことを持ち出し言い放った。
「それは殺すだろ! 【吸血鬼】は他者を襲い血を奪う──……自身の不死身の能力を使う為に。そんなの当然駆除対象だろ」
塩神の反論。
悪魔の中でも吸血鬼と呼ばれる種類は、不死の能力を得る代償として、定期的に他者の血を摂取しなければならない宿命を持つ。
害悪な存在。駆除は当然の論理だ。
けれど、それはあくまで能力を行使した者に適応される理屈に過ぎない。
「は~……【吸血鬼】は一度でも能力を使わなければ、血を吸うという代償はないんだよ」
ヤナギが言った。
その通りだ。
使わなければ、代償は発生しない。問題はない。
実際、シロホンの両親は能力を使おうとはしなかった。
平和を愛し、使わないと固く決めていた。
虫も殺せないような人たち。
人殺しなんてもっての外。
神とだって戦おうとはしなかった。
けれど、神は【悪魔】という理由だけで殺した──……。
シロホンの両親は無残に死に、かつてのシロホンは瀕死になった事件があった。
神による一方的な虐殺。
「あ! ボクの話の方が良かった? でもボクの──……」
ヤナギは今更自分のことを語ろうとした。
表情は緩い。
戦場にあるまじきほど、緊張感などない。
「聞いてない! 聞く気もない!」
塩神は叫んだ。
聞く耳を持てば、信念が揺らぐ。
攻撃を避けながらも、塩神は考え続けていた。
このまま戦っていても埒が明かない。
話すのも無駄だと判断した。
地面に手を突き、塩を空へ巻き上げる。
白き濁流がとぐろを巻き、ヤナギを包囲する。
塩の柱。
ヤナギは強固な円柱の中に閉じ込められる。
「閉じ込められた!?」
上空、結界の中から様子を見ていた爪戯と凪が叫ぶ。
しかし、塩の中のヤナギは不気味なほど冷静だった。
視界を遮った塩神は、懐から『鍵』を取り出した。
あの子供の悪魔には塩化能力が効かない。有効打がない以上、認めたくはないが塩神では倒せない、無理だ。
そう冷徹に判断した。撤退を選ぶ。
「!!」
鍵を使おうとした瞬間、刃が塩の柱を内側から突き破り、放たれて鍵を弾く。
カキンッ、と音がして鍵が彼方へ吹き飛んだ。
塩神の目が見開かれる。
「知ってるよ? 君たちがここへ来るための移動方法。鍵神の能力で作られた【鍵】を使ったんでしょ?」
そう、空間と空間を繋ぐ鍵神の能力。
それを封じ込めたアイテムである鍵。
「一瞬のスキを作って鍵を使いたかったんだろうけど、残念でした」
キルキーの刃が塩の柱を切り裂いた。
塩神は塩の柱で一瞬の隙を作り、目眩ましにして鍵で逃げかえる。
その算段のすべてが読まれていた。
さらりと崩れる塩の柱から現れた子供の悪魔──ヤナギ。
「逃げる気だった? それもあの裏切り者の能力を借りて──……」
「は?」
ヤナギは右手を口もとに持って行き言った。
「悪魔嫌いなくせに頼ろうだなんて、本当に駄目なトマトだね」
ヤナギは侮蔑を込めて塩神を評価した。
すると、上空から【呪い】の帯が音もなく降り注ぎ、塩神の背を貫いた。
回避不能のタイミング。
塩神の目が再び見開かれる。
「キルキーの攻撃は他に注意を向けさせない為、そして……攻撃の割にはそんなに場所を移動させてないんだよ?」
ヤナギは右手を上に、空を指さした。
派手な攻撃は注意を引くための陽動であり、本命の布石。その猛攻は、塩神を「ある一点」に留めておくための誘導だった。
空。
ハクレイとスズノの共同作業により、いつの間にか空中に巨大な黒い文字が展開していた。
文字から伸びる無数の呪いの帯。
それが今、塩神の背に繋がり、彼を捕縛していた。
ハクレイはキルキーとは違い、呪いによる補佐が主だ。
そしてスズノはハクレイを支える補助の役目がある。
「この感じは──……」
身体の奥底から力が抜けていく感覚。塩神に冷や汗が流れる。
「すべてはこの呪いを発動させる為。対象は一体だけど、これに捕まった者はシンを一時的に使えなくなる」
ヤナギは不敵な笑みを浮かべた。
それは不気味に、底知れぬ狂気に満ちていた。
能力の封印。神にとっての死刑宣告。
「はい! ではここで問題です!」
ヤナギが朗らかに言う。
塩神の表情が恐怖に強張る。
「キミの死因は何でしょう?」




