No.51「蹴撃技」
地上。
「その最期へ導いてあげるね」
ヤナギの狂気。
対するは塩神。
「悪魔を殺すのは神だ。後から湧いて出て来た害虫の分際で!」
塩神は左手をかざし、塩を操りヤナギへと向ける。
塩神の言葉は事実だ。
悪魔という存在は、この世界において神よりも後から生まれた異物。
塩の波がヤナギ目掛けて襲う。
「頭大丈夫? 脳みそまで液果なの?」
冷ややかに見下すように、ヤナギは嘲笑の言葉を発した。
◇
地下。
シロホンは辛に背を向け、眼前に立ち塞がる岩の壁を見ていた。
「……」
辛は無言だった。
「……別にお前らを助ける義理も義務もないが、あいつがどうしてもって言うからな」
シロホンは背を向けたまま腕を組み、言い訳がましく言った。
それは自らの行動への照れ隠しか、あるいは矜持か。
「神は殺害対象だし」
まるで自分の意思で来たわけではないとアピールするかのように言い放つ。
辛は黙ったままだ。
「……なんだよ、なんか言えよ」
辛の無言に耐え兼ね、シロホンが言う。
辛は静かに口を開く。
「……何であんたが、凪の短剣を持ってんのかなって思っただけだ」
「短剣?」
シロホンは辛に言われ、記憶を手繰り寄せる。
懐から一本の短剣を取り出した。
「あー忘れて行ったから渡そうとして……オレも忘れてそのままだった」
凪が食事処で取り出し、置き忘れた短剣。
シロホンは渡そうと持っていたのだが、直後に真白の襲撃に遭い、渡しそびれていたものだ。
「何悠長に会話してるの? 余裕なの? ってかお兄さん、死んでなかったんだね?」
岩の壁の向こう──石神が声をかける。
シロホンは石神の石礫で潰されたように見えたのだが、彼は不死身の吸血鬼だ。
不死。
ただし、その代償として他者の血を渇望する。
ゆえに、ヤナギが血を差し出したのだった。
シロホンはそんな石神の挑発など気にも留めず、壁についた僅かな傷に気が付いた。
辛が執拗な一点攻撃で刻んだ傷跡だ。
「罅か……丁度いい、コレ借りるぞ」
シロホンは短剣を軽く宙に放る。
落下に合わせて右脚を蹴り上げ、短剣を足で強引に罅へ突き刺した。
楔のように、刃が岩に食い込む。
壁の向こう。
石神は異質な音を聞く。
「!? 何を!?」
壁の向こうの石神には何が起きたか分からない。
「ははは。何してるか知らないけど、無駄だよ!」
石神の嘲笑。
シロホンは身体を少し回し、壁に背を向ける。
辛は考えていた。
──刃は通った。けれどまだ破壊するには足りない。
そう思った。
その時。
蹴撃。
シロホンは旋回して勢いをつけ、左足で壁に刺さった短剣の柄を蹴り抜く。
インパクトの瞬間、膨大な運動エネルギーが一点に集中する。
轟音と共に壁が破壊され、石神の姿があらわになる。
どんなに強固な岩でも、わずかな隙間へ一点に力が加われば崩壊するのだ。
「この程度か……」
シロホンは粉塵の中で冷静に言い捨てた。
石神は構える。
そして思考する。
シロホンは以前会った時より、明らかに身体能力が向上していると気づいたのだ。
シロホンの能力を使えば、身体能力の強化や弱体化は容易に行える。
吸血により全力を取り戻し、さらに自己強化されたシロホンの前では、わずかな隙さえあればこの程度の岩壁はどうとでもなるのであった。
「まだ、負けたわけじゃない!」
石神は飛び散る岩を操る。
シロホンと自分の間に展開し、防壁とする。
けれども蹴撃が襲う。
岩は紙のように砕かれ、今度はシロホンの右脚が石神の胴を捉える。
「かっ!」
石神は弾き飛ばされ、地面を転がる。
「女、子供蹴るの最低だと思う!」
石神は飛ばされながらも、体勢を立て直し礫を投げる。
「なんとでも言え」
シロホンはそれらを最小限の動きで避けながら、間合いを詰める。
「神だってだけで、殺すの?」
石神の質問。
「お前らが悪魔ってだけで殺すからだ」
シロホンの返し。
「殺すでしょ、害虫なんだから」
石神の答え。
相容れない神と悪魔。平行線の問答。
上下から鋭く尖った岩がシロホンを挟み込む。
まるで巨大な牙で口を閉じたかのように、シロホンを圧殺せんと迫る。
「悪魔なんて本来この世界にはいないものだし」
石神は再び生まれた岩の壁を前に言い放った。
居てはいけない存在。
根絶は真の神の悲願──……。
そう考えながら、勝利を確信して立ちすくむ。
「悪魔を生む……環境と結果を作り出したのは神《お前ら》だろ……」
シロホンが岩の牙を内側から破壊し、粉砕された瓦礫の中から現れる。
悪魔が生まれた結果を作り出したのは、ほかならぬ神だという事実を突きつける。
「ごめん、しおにい……」
その姿を見て、石神は悟り、諦めた。
勝てなかった……そう呟き、迫りくるシロホンの蹴りを受け入れた。
肉を砕く鈍い音が響き、口から血が飛ぶ。
致命的な蹴りを食らい、地面にたたきつけられる。
絶命。
シロホンは動かなくなった石神の胸元に、無慈悲に手を突き立てる。
肉を裂き、骨を砕き、その奥にあるものを掴む。
胸から青く光る珠──シンを取り出した。




