No.49「対石神」
地下の空洞にて。
石神の足音が、支配者の凱旋のように響き渡る。
「まさか地面の下が、こーなってるとはねー。ま! 丁度いいかな~」
神ゆえの余裕か、微笑みながら空洞を歩く石神。
そのすぐ近く、死角となる岩陰に辛が身を潜めていた。
呼吸を殺し、気配を断つ。しかし、神の知覚は物理的な隠密を超越していた。
「そこだね!」
石神は迷いなく辛が隠れている岩陰を指さし、浮遊させた石礫を操りぶつける。
辛の微かな妖気を感じ取ったのだ。
石が辛を襲うが、辛は前に踏み込み回避し、そのまま石神へと突っ込む。
金属生成で鋭利な刃を形成し、一息で間合いを詰める。
斬れる。そう確信した刹那。
石神と辛の間に、唐突に強固な岩の壁が形成された。
「!!」
辛の刃が通らない。金属の刃が岩肌に弾かれ、火花を散らす。
「お兄さんの攻撃は通らないよ」
壁の向こうから石神が声をかけた。
そして視界を遮られた辛へ向かって、死角から無数の石を投げつける。
辛はとっさにかわす。
しかし、回避しきれなかった一つが左頬をかすめ、赤い筋を作った。
「何となく分かるんだよね。お兄さんが人間じゃないからかな?」
石神の目の前は岩の壁。
物理的に辛の姿は見えない。
だが、漏れ出る微かな妖気を頼りに、正確無比な攻撃を繰り出していた。
「おかげで心置きなく殺せるけどね。いや、人間だったとしても殺すけどね」
石神は無邪気に微笑み言い放つ。命を奪うことに何のためらいもない。
辛は降り注ぐ石を避け続けていた。
「何故……」
辛は言いかけて辞めた。
なぜ簡単に人を殺すのか。
そう問おうとしたのだが、相手の顔に浮かぶ驕りが見え透いていたからだ。言葉は届かない。
「ん~?」
辛が言いかけたことで石神は不思議そうに首を傾げた。
辛は刀を形成し、再び岩の壁を切りつける。
「……」
「無駄だよ」
切りつけたが無傷の壁。
硬度が違う。密度が違う。
石神が種明かしをするように続ける。
「ただの石じゃないんだよね、これ。竜神と共同で作った特別な【シン】を用いてるから」
石神の背にある鞄の中に、強大なチカラを封じ込めていたのだ。
それを解放し、概念的な強度さえ持たせた強固な岩を形成していた。
だが、辛は諦めない。
構わず一点──ただ一点を狙い切りつけ続けた。
後ろから尖った石が襲う。
辛は振り向きざまに石を払う。
地下に甲高い音が鳴り響く。
「!」
再び背から尖った岩。
迎撃が間に合わず、辛の背に命中し、服に赤がにじむ。
「……っ」
辛の目がわずかに見開かれる。
しかし、痛みを堪え、踏ん張り振り返る。
再び岩の壁目掛けて攻撃。
弾かれる。
だが、ただ一点──そこだけを狙っていた。
「無駄なことを……」
石神の嘲笑。
力の差は歴然。理解できない愚行に見えただろう。
「……」
辛は一点を見つめていた。
硬度を超えた執念の連撃により、無敵の壁に、ごくわずかな傷が生まれていた。
◇
一方、地上。
塩から身体を再生した塩神と爪戯、凪が対峙する。
「今のでやられるわけがない。塩からの再構成ぐらい出来る……」
そう言った塩神の上空に、ふらりと妖が出現した。
塩神の体質に引き寄せられ、彼を食べようとやって来たのだ。
「ああ! もう! 鬱陶しい!」
塩神は苛立ちと共に塩を操り、妖に投げつけた。
塩に触れた妖は、瞬く間に体組織を塩に変えられ、さらりと砂のように散った。
「悪魔も嫌いだけど、妖も嫌いだ」
塩神が吐き捨てるように言い捨てる。
それを見たスズノが冷静に反応する。
「ほう……妖寄せか」
塩神の体質を見抜いたスズノの一言。
「だったら?」
塩神は即座に塩をスズノにぶつけた。
当たったはずだが、すり抜けた感覚。
塩神には手応えがなかったのだ。物理干渉を受け付けない霊体のような存在。
「いい土産話が出来たぜ!」
スズノは表情を変えなかったが、言葉には強敵の情報を得た嬉しさが混じっていた。
「そもそも、キミはなんだ? ……まあいい。ちょっと本気出すかな」
底知れないスズノを前に、塩神は遊びを終わりにした。
地面に手を着け、塩の大波を出現させる。
三人を、いや辺り一面を埋め尽くそうとするほどの大量の塩だ。津波のような白の絶望。
爪戯と凪の眼が丸くなり、思考が固まった。
スズノは文字を媒介に結界を張ろうとした。
けれどその行動は、すでに塩神に見破られていた。
「キミの結界には【文字】が必要。そして、キミ自身にはボクの攻撃は効かないみたいだけど……媒介とする【文字】は実体である必要がある。それなら、ボクの能力で【文字】を塩に変換するまで」
塩神の言う通りだ。
スズノ自身は霊体のような存在であり実体がないため、塩化攻撃は効かない。
けれど呪い能力の発動には、現に干渉するための媒介が必要だ。
つまり、スズノが空中に書く【文字】には、インクや光のような実体がある。
実体があるということは、塩神の「触れたものを塩にする能力」の適用範囲内だ。
媒介がなければ呪いの能力──結界は発動しない。論理的な詰み。
「あ。死んだな、お前ら」
スズノは天を仰ぎ、諦めの言葉を口にした。
結界で防ぐ手段を封じられた以上、打つ手はない。
「!?」
凪が冷や汗をかく。
大量の塩が襲い掛かった。
あたりの木々も巻き込まれ、次々と塩へと変わっていく。
白。
視界の一面が真っ白な死に覆われた。
中心に立つは塩神。
「……!」
勝利を確信した塩神は、ふと空を見上げた。
空中に何かがいた。
謎の生き物が爪戯と凪を抱え、塩の波が届かない高空に宙に浮かんでいた。
近くにはスズノの姿もあった。
ヤナギの精霊である。
「!?」
爪戯と凪は何が起きたのか分からず、眼下に広がる白銀の世界を見下ろしながら困惑したのだった。




