No.48「対塩神」
轟音と共に夜空が震え、爆風が建物をなぎ倒す。
粉塵と瓦礫が舞い上がる中、辛たちは無事だった。
「かっ……辛君何したの!? 爆発!? なんか既視感あるけど」
凪は慌てて辛に詰め寄った。
対照的に、爪戯は冷静な目で二人を見ている。
「アルカリ金属を水に浸けただけだ……爆発は別に金属で防いだ」
水素を除いた第一族元素──リチウムやナトリウムなどのアルカリ金属は、水と触れることで激しい化学反応を起こす性質を持つ。
辛はその反応熱と発生した水素による爆発現象を利用し、自身への余波は即座に生成した金属盾で相殺したのだ。
攻防一体の科学的アプローチ。しかし、安堵する間もなかった。
辛が眉をひそめる。
左脚を、巨大な岩の手が掴んでいたからだ。
「呑気に会話か。良いご身分だな、人間ども」
煙の晴れた先、塩神と石神もまた生きていた。
石神の背負う鞄が開いている。瞬時に岩を展開し、盾として爆発を防いだのだろう。
間髪入れず、塩神の操る塩が再び津波のように襲い掛かる。
左足を固定された辛に、回避の術はない。
「型玖……蚯蚓──」
辛は土の能力を発動し、物理的に大地を割った。
地響きと共に岩盤が隆起し、塩の波を受け止める盾となる。
さらにその衝撃を利用し、そのまま塩神たちの立っていた地盤を崩落させた。
「!!」
足場を失い、神々は辛の穿った巨大な穴の底へと落ちていく。
「……」
静寂。
爆音の去った後の森は、不気味なほど静まり返っている。
不意に、辛の左足首を岩が締め上げた。
地中からの執念。辛はずるりと強引に引きずられ、自らが作った奈落へといざなわれた。
「辛!」
背後で爪戯が叫ぶ。
凪も顔を青ざめさせ、穴の縁へと駆け寄ろうとした。
二人の動揺とは対照的に、スズノは冷徹に状況を分析していた。
「自分たちの心配をしな……!」
鋭い警告。
次の瞬間、地面から間欠泉のように大量の塩が噴き出した。
「塩が来た!」
凪が悲鳴を上げる。
スズノは素早く空中に文字を走らせた。
呪いの能力の発動。
記述された文字を媒介に強力な結界が展開され、降り注ぐ死の塩から二人を遮断する。
その鮮やかな手腕に、凪は目を見開き、爪戯も息を飲んだ。
「……結界か」
穴の底から声が響いた。
塩の塊がエレベーターのように塩神の身体を持ち上げ、地上への帰還を果たす。
「便利な能力だよね、それ」
「あんた! 辛君は!?」
塩神は悠然と塩から降り、地面に足を着いた。
「こいしに任せることにした。眼の借りを返さないといけないからね」
塩神曰く、地下の空洞に石神と辛を置いてきたとのことだった。一対一での殺し合いを強いたということか。
「それより王様どこ行った? あいつも殺害対象なのに」
塩神は興味なさげに辺りを見渡す。
そういえばいつの間にか、この国の王である玖の姿が消えていた。
「……あいつは最初からいないわよ」
凪が答える。
冷や汗はかいたまま、しかし声には確信があった。
「は?」
「本物が、こんなところに居るわけないでしょ」
塩神の反応に凪が答える。
そう、この場に居た玖は幽霊のような分身体、あるいは高度な幻影の類だ。
本体は最初から此処にはいなかった。
「へえ……じゃあ、もう一度この女を捕まえて、いや……いいや殺そう」
塩神の表情が凍る。
交渉の余地なし。冷たい瞳で塩を操り、自身の周りに展開する。
「……どうやって勝てばいいの、あれに」
凪が呻く。
触れれば即死の塩。物理攻撃も通じず、爆発すら凌ぐ神。勝ち筋が見えない。
「可能性はある」
爪戯は真剣な顔で敵を見据え、短く答える。
「人間が数匹死んだって問題なし! いや、キミ達の次はこの国ごと消す!」
塩神が右手を振り下ろす。
圧殺せんとばかりに大量の塩が襲い掛かった。
スズノが文字で結界を張ろうとしたが、爪戯が片手でそれを制する。
あえて無防備に身を晒す。
爪戯の体に、死の塩が触れる。
その瞬間、閉じていた『右眼』をカッと見開き、発動させた。
──反射。
爪戯は右眼の能力で、触れた対象の「塩化」という事象そのものを跳ね返し、塩神自身へと向けた。
自らの能力による自滅。塩神の肉体が、急速に塩へと変化していく。
さらりと乾いた音を立て、塩神は完全な塩の像となって崩れ落ちた。
静寂。
それを破ったのはスズノだった。
「石化の能力を返したあの右眼を使ったのか! 便利だな!」
スズノは表情こそ変えなかったが、その声には称賛と納得が込められていた。
「いや、もうシンが尽きたから今日はこれ以上発動できないよ……まだ一人残ってるのに」
爪戯は疲労を隠せずに言う。
強力な反射能力を持つ右眼だが、シンの消費が激しい。一日に数発が限度だ。
「辛君大丈夫かな?」
「この穴の下に居るんだよね?」
凪と爪戯が穴に近寄り、下を覗き込む。
敵は倒した。あとは仲間を助けるだけ。そう安堵した、その時。
「ボクは神、塩の神──……」
背後から、聞き覚えのある声がした。
崩れ落ちたはずの塩の山が、重力に逆らうように巻き上がり、みるみる塩神の身体へと再構成されていく。
爪戯の背後に、無傷の神が再臨した。
「今のでやられるわけがない」




