No.47「塩石化」
塩神が辛を見下ろし、口を開く。
「半人半妖の……どうにも妖に縁があるなあ……あ~やだやだ」
塩神は大きくため息をついた。
かつて茶屋で遭遇した時と同じ、気だるげで、しかし底知れぬ圧力を秘めた吐息だった。
「どうする? しおにい~あの王様には人質は利かなかったけど、あのお兄さん達には利くんじゃない?」
石神が微笑みながら言い放った。
無邪気な笑顔の裏には、人を人とも思わない神特有の傲慢さが透けて見える。
「人質にする必要性がない。全員此処で始末する」
冷淡に告げ、塩神が右手を掲げかけた時だ。
石神が何気なく振り返り、凪を捕らえていたはずの岩の手を見た。
「あ。居ない」
拘束していたはずの凪が消えている。
直後、辛と爪戯の背後で土煙が上がった。
凪だ。
「痛っ~」
凪は尻餅をついていた。
その様子を玖は黙って横目で見ている。
玖の文字が書かれた布で顔を覆っている為、表情は相変わらず見えないが、その瞳は事の成り行きを冷静に観察しているようだった。
「うん、なんとか救出出来たぜ」
「ナンナノ、コイツハ」
凪を救出したのはスズノだった。
隙を突き、一瞬で移動させたのだ。神の認識速度すら上回る早業だった。
「!!」
塩神の目が見開かれる。
「任せて! うちが殺る」
石神が右手を前に突き出し、無数の『石』を射出する。
礫となった殺意の塊が襲い掛かるが、辛は金属生成で剣を生み出し、一閃した。
硬質な音が響き、弾かれた石片が床に散らばる。
辛が踏み出す。
神々へ向かい、間合いを詰めようとした、その時──。
「しょーがないね」
石神は短く放ち、額へと手を伸ばす。
貼られていた絆創膏が剥がされ、そこには異様な輝きを放つ第三の眼が露わになっていた。
視線が交錯し、辛は動きを止めた。
脚の方から『石化』が始まる。
皮膚が灰色に変色し、生体組織が急速に鉱物へと置換されていく。
爪戯が愕然と目を見開く。
絶体絶命の危機。しかし、辛は冷静に一言だけを発した。
「……眼」
たった一言。
だがそれを爪戯が受け取った。
その言葉の意味を、意図を、瞬時に理解する。
辛の石化が進み、残りは頭部だけになった。
完全に動きを封じられた彫像と化す寸前。
石神が歩み寄る。
「さて……残りは後ろ」
石神の額の第三の眼が、ぎょろりと動く。
「皆石になって終わりだよ!」
石神は哄笑と共に、対象を石に変える呪いの魔眼を爪戯たちへ向けた。
──瞬間。
何故か石神の身体が石化し始めた。
「!? 何でこっちが石化を!?」
石神が悲鳴を上げる。
脚の方から這い上がる石化の波。
自らの能力が我が身を蝕む異常事態。
爪戯はフッと笑った。
「初見殺しはお互い様? ってわけで!」
爪戯は顔を上げていた。
普段は閉じている右眼が、今は開かれている。
そこにあるのは、受けた干渉をそのまま相手に返す反射の魔眼。
爪戯は辛の言葉を聞き逃さず、右眼による攻撃の反射を行ったのだ。本来爪戯が受けるはずの呪いは、鏡写しのように石神へと跳ね返った。
「その右眼……なるほどね~」
石神は余裕の表情を崩さない。
胸元まで石化していたが、能力を解き、石化を解除した。
自身の能力であるが故に、解除もまた自在ということか。
「ま! 能力をかけたのはこっちだし。解除しちゃえば問題なし!」
石神は両手を広げ得意げに言った。
爪戯は少し驚いた表情を見せる。
「待て! 今解除したら!」
後ろから叫んだのは塩神だ。
彼だけが気づいていた。
石化の解除は、自分自身だけでなく、辛の解放をも意味するということに。
灰色の彫像だった辛の体に色が戻る。
辛は背後から石神の第三の眼を狙い、生成した刀を突き立てた。
肉を潰す不快な感触と共に、石神の第三の眼が破壊される。
「チッ」
塩神は舌打ちをしながら、石神の生成した岩の手に右手を当てた。
人間ごときに後れを取るとは、と内心で毒づく。
「こいし、さがってろ」
塩神は叫び、岩の手を塩に換えた。
辛が刃を振り抜くと、石神は額を抑えながら塩神の方へ退避する。
眼を潰された痛みよりも、兄に助けられた不甲斐なさが勝っているのか。
「ごめんね、しおにい~」
「別に」
塩神は右手で生成した塩を操った。
白い結晶が波のようにうねり、辛へと殺到する。
「辛君! その人には触れちゃダメ!」
凪が叫ぶ。
刹那。
塩神の塩が四方から襲い掛かる。
辛は反射的に振り向きながら金属の盾を展開した。
防御壁が塩の波を受け止める。
だが──。
塩に触れた金属の盾が、端から塩へと変換されていく。
強固なはずの金属が、脆い結晶となって崩れ落ちていくのだ。
辛はとっさに後ろへ飛びのいた。
「……! 塩になった!?」
爪戯が目を丸くして叫んだ。
物質の構成元素を無視した、強制的な変換。
凪は戦慄する。
塩神の作り出した塩も、触れれば塩になるというのか。
その思考を読んだかのようにスズノが口を開く。
「まずいな……」
一言。
けれど確信を持って。
「触れれば塩に換えられる。塩が増えれば、キミ達は不利になる」
塩神が不敵な笑みを浮かべた。
塩を自在に操りながら言い放つ。
「キミ達の後ろに道はない」
塩神の言う通り、袋小路だ。
逃げ場のない室内で、触れれば即死の塩が増殖していく。
「詰みだ」
塩神は右手を前に出しながら宣告した。
「爪戯水をくれ、オレは無からは作れない」
「え?」
辛が爪戯に短く指示をした。
「よく分からないけど了解!」
爪戯は水を生成し放つ。
水塊が塩神たち目掛けて飛翔する。
「水?」
塩神は鼻で笑う。
水だろうが触れれば塩に換えられる。
変えてしまえばいい。所詮は悪あがきに過ぎない。
そう高を括っていた。
辛は左手を前に出し金属生成を始める。
生成する金属は──アルカリ金属。
リチウム、ナトリウム、カリウム。水と触れれば激しく反応し、爆発的な熱と水素を生み出す危険物質。
アルカリ金属が、水の中へと投じられる。
「まさか……」
それを見た塩神の目が見開かれた。
ただの水ではない。それは爆弾の起爆剤だ。




