No.45「求は血」
真白達の襲撃の裏で、同じ宿の中にもう一つの事件が人知れず発生していた。
灯りの消えた静かな座敷に、土足で上がり込んでいる客ではない男女が二人。
「騒がれてもそれはそれで面倒故〜、宿の人間にはしばらくの間眠ってもらっておいて〜」
物騒な会話をしている二人は、真白や翠と同じ制服をきている。
男は机の上に足を組んで座り、女に指示を出している。その足元には、気を失った宿の従業員たちが複数名転がっていた。
「治しますか? 直しますか?」
「いや、放置で。まあ、キミ達的には人間は死んでもイイって言いそう。さてと……そろそろ真白達を回収して……と」
男は顎に手をやり、暗闇でにやりと笑みを浮かべた。
◇
凪を拘束した塩神、石神の二人は残されたシロホンや爪戯達には目もくれずに移動を始めた。
「さてと、家に帰る前に」
「そーだった、そーだった!」
「ちょっとー!? 放しなさいよ!!」
凪は叫んだが、二人はその声には一切耳を貸さなかった。
塩神は腰にかけた小さなバッグに手をつっこみ、持ち手に美しい細工の施された金属の鍵を取り出した。
付近に扉があるわけでもないのに、塩神が何もない空間に向かって、まるでそこに扉があるかのように鍵を差して手首を捻る仕草をすると、不思議とカチッと錠が開く音がして、何の変哲もない森の中に突如扉が出現した。
扉の向こうに何か奥へ続く空間が垣間見える。
「行くよ」
「はいは~い」
凪は巨大な手に捕まれたまま、二人の後に続いて扉の中へ連れていかれることとなった。
◇
石神の小石によって石で攻撃を加えられた結果、宿の廊下だった部分は瓦礫と石で埋まってしまった。
しかし、爪戯と真白の周りだけは三角錐を描くように何も攻撃が飛んでこない範囲が出来ていた。
真白はシロホンに気絶させられたまま目覚めていないが、二人はそのおかげで小石からの攻撃は一切受けずに済んだ。
床には三角の頂点となるところにそれぞれ「界」の文字が刻まれていた。これは呪い系の結界だろう。
「あれ? でもあの悪魔の人は……?」
「シロホンならその辺の石の下で死んでるよ」
爪戯が呟くと、瓦礫の山の向こうから声がした。
「えっ死ん……!? って結界張れるなら自分も入れば良いのに。ってわっ! 居たの!?」
声の主はヤナギで、シロホンが死んだことを何でもないような調子で言った。
「シロホンは攻撃特化って感じでさ、身体強化系の呪いは得意なんだけど結界張るのは苦手でね。定員は良くて二人程度の物しかできないんだよねえ」
「なる……ほど……?」
話を聞いていると、奥の廊下から辛がすっと顔を出した。
「辛! え……その怪我大丈夫なの!? 大分やられてない?」
辛は方から鳩尾にかけて、斜めに大きく痛々しい刀傷が走っていた。
「って、あ……そうだ! あの女、凪!」
こいしの攻撃で周りが見えなくなっている間に、神二人と凪の姿はいつの間にか見えなくなっていた。
「この状況、連れていかれた……後か……」
「この感じだともう近くに居ないね。これは──……鍵神の能力の“鍵”で移動したね、相手」
「!」
ヤナギが“神”という言葉を発すると、今来たばかりで事情を知らない辛は素早く反応し、破壊された壁の外へと走り出した。
「辛!?」
「先に行ってて良いよ。結界は解除してあげるね」
ヤナギはシロホンが施した結界の近くに腰を降ろし、すぐに爪戯が自由に動けるようにした。
「いや……先に行くって言っても何処に行けば……」
ヤナギは能力で周辺の石を動かし、シロホンを探しているようだった。そして作業をしながらも、誰もいない空間に向かって会話を始めた。
「キルキー、此処に来た神の“シン”は?」
「捕捉しています」
姿は見えなくとも、ヤナギの問いにすぐに答える声がした。ヤナギの能力で作られた魔剣だろう。
「ハクレイ、スズノを」
ヤナギが右手をあげると、腕を覆っていたものが解けていき、するすると上に向かって形を作り始めた。
「案内させるから。“魔女”に会って来て」
「“魔女”……?」
「ハクレイはこのまま神を追跡、キルキーは引き続き石の撤去」
ヤナギは爪戯の問いには答えず、テキパキと見えない何かに指示を出した。今この場に現れたヤナギからは、普段見せる子どもらしい物言いや仕草は完全に消えていた。
◇
辛は崩落した壁の向こうの様子を見回したが、その先にはもう誰もいなくなっていた。
オレはまた味方を連れさられたのか──……
手がかりも無い状況に、力なく首を垂れた。丁を追って旅をして、やっと出会えた仲間だったのに。無力感に押し潰されそうだった。
「辛! 辛!! 何かあの少年が案内つけてくれるって!」
辛が肩を落としていると、爪戯が耳の長いウサギに似た、足の無いお化けのような獣を連れてやってきた。
「おう! 任せろ! マスターの頼みだからな! きっちり仕事してみせるぜ!」
元気に言うそのお化けは、目が片方ずつ違う色をしており、天女の羽衣のようなものを纏い、耳の先は鈴のような亀裂が入っていた。
「てなわけでスズノ様だぜ! マスターの分身の分身的な?」
「……」
「何だよ! なにか言ってくれよ!」
いつもながら無口な辛に、スズノはぎょっとしていた。マスター、つまりヤナギの普段のリアクションの良さに対して、辛の反応の無さは対極の存在なのかもしれない。
「まあいいさ! 兎に角ついてきな! 珍獣に会いにいくぜ!」
「珍獣!?」
◇
「行ったね」
スズノが爪戯と辛を連れて行ったのを見送ると、ヤナギは深くため息をついた。
「死なないからって避けないのはキミの悪いところだよ」
石の下敷きになっているシロホンは、ぴくりとも動かない。岩の隙間からは致死量の血が覗いている。
「本当にしょーがないな~」
ヤナギは能力で出した刃を自分の腕に突き立て、服の上から斬りつけた。
「キミは嫌かもしれないけれど、今はそうも言ってられないよ?」
ヤナギの腕の血が滴り落ちると、シロホンは朦朧とする意識の中でそれを感じ取った。
誰かの、血の、においがする──……
シロホンの頭の中に、走馬灯のようにかつての記憶が蘇る。
「あーやめたやめた。深く考えるもんじゃないよね~。オレは我が儘! 自分勝手なのさ」
そう言って記憶の中の男は自分の手首を歯で噛んで傷つけ、流れた血をシロホンの口に流し込んだ。
「だから許せよ? これでお前も、完全な──……」
身動きできない状態で勝手に流し込まれた血の、生ぬるい鉄のようなあの味。
あの時と同じ衝動が湧きおこり、シロホンは口を開けてヤナギの腕に嚙みついた。
離すまいと掴みかかり、体に降りかかっていた石の山から自力で這い出すと、もう血を飲むことしか考えられない。
血が、血が、血が。そこに血が存在しているのなら、血を、血を、血を。
正常な思考は消え去り、獣のようにひたすらに血を求めた。この渇きを潤わさなければこの止まらない欲求は収まらない。
血を寄越せ。
理性を失ったシロホンを見て、ヤナギは薄く微笑んだ。
血。血、血、血血血、血。血血血血血。血、血、血血血、血。
シロホンはヤナギを押し倒し、噛みついて本能が望むままに血を飲んだ。
「おはよう、吸血鬼さん」




