No.44「忌む敵」
静かな夜の森に突然、巨大な妖の悲鳴と、それに続いて重いものが落下したような地響きが轟いた。
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど」
首の長い龍のような妖の首には、先の尖った大岩が突き刺さっている。
妖に話しかけた二人は、地面に倒れ岩が刺さったままの傷口からドス黒い血を流すそれを、冷ややかに見下ろしていた。
悪魔達が騒いでいた宿の廊下、その窓の外をうろついていたあの時の妖だ。
「きちんと答えてくれたら苦しまずに逝かせてやるよ、妖──……」
男が痛みにもがく妖に向かって手を持ち上げると、その指の先からさらさらと塩が零れ落ちた。
◇
宿の廊下にて。
凪と爪戯は、死んだと思われていたシロホンが急に立ち上がったこと、そして真白から執拗に攻撃を受けてもまだ平然としていることに理解が追い付かなかった。
目の前で繰り広げられる常軌を逸したタフネス。呆然と見つめていると、やがてシロホンが蹴りを入れて真白はその場に倒れ込んだ。
ようやく戦いを終えたシロホンの服は、受けた攻撃の傷であちこちに血が滲んでいる。
あのバカが居なかったから、足りない。
額に手を当てて舌打ちをするシロホンに、爪戯は恐る恐る声をかけた。
「え……大丈夫なのかあんた。攻撃喰らいまくってたけど」
先ほどまで爪戯は悪魔たちのことを本当に信用できるのかと懐疑的に見ていたが、共通の敵らしき者から守られたことによってシロホンへの態度は軟化していた。
「はあ? 無事に決まってんだろ!」
シロホンは不調を隠し、爪戯の問いに威勢よく答えた。
「ってかこんな奴相手に何手こずってんだよ!」
「え!?」
爪戯の到着前から事の次第をすべて見ていた凪は、二人の会話を聞いてシロホンの言い分に多少違和感を覚えながらも、静かに自分の足の治癒に専念することにした。
いや、あんたはその相手に頭撃ち抜かれてましたけど、と突っ込むのはやめておく。
凪は太ももに手をかざして能力で治癒を進めるが、辺りは暗く傷口の変化を目視するのは難しかった。
それにしても暗い。照明壊れちゃったからなあ。
真白に照明を破壊されたため、すぐにはどうしようもできそうにない。しかし、そう思っていると、突然周りがぱっと明るくなった。
「あ、灯りが!」
あの子は、気絶してる。
光を扱う能力と言えば先ほどまで光線を武器にしていた真白が真っ先に思い浮かぶが、見ると真白はまだ廊下の端でうつ伏せに倒れている。凪は周りを見渡したが、シロホンが何かをしたようにも見えなかった。
あの人の能力ってわけでもなさそうだし。ん? じゃあ何で。
爪戯も光を操る力は持っていないし、持っているなら真白を倒すより先に灯りをつけていただろう。凪は理由が分からず首を傾げた。
突然、爆発したかのような音が響き、凪の身体が何かにぎゅっと力強く拘束された。
それは一瞬の出来事だった。
宿の壁は大きく破壊されて粉々になり、凪は岩の材質でできた、まるで巨人のような大きな手に鷲掴みにされていた。
シロホンは事態に気づいた瞬間、気絶したままの真白を掴み、咄嗟に爪戯の方へ投げつけた。
「え? ええ?」
爪戯は何が起きているか分からず、されるがままに真白を受け止めた。
その後すぐ、真白が倒れていた辺りは破壊された壁の大穴から、大量の大きな石が雨あられのように降りそそいだ。
石、か。
シロホンは舌打ちをし、爪戯と真白を一度見遣ると床に文字を書かれた印を刻み、能力を発動した。
「能力:呪い──……媒介『印』──……」
そうしている間にも断続的に石は宿の中に向かって降り続け、シロホンを容赦なく攻撃した。
何が。
真白を支えている爪戯のところには、石は飛んでこなかった。しかし前方を見ると宿の壁に開いた大穴から外の木々や空が見え、室内には大量の石がうずたかく積もっている。
こっちまで来ていない。何故。ん? 何だろう、模様、印か。
石が積もっている部分と全く飛んでこない範囲には明確に見えない線のようなものがあり、その線よりこちら側には四角く囲われた「界」の字が二つ並んでいた。シロホンが刻んだものだ。
この印が媒介になって攻撃が後ろに行かないようになったのか。多分呪い系の能力ってやつ。
爪戯はそれを見て自分たちが守られたことを理解した。悪魔に、助けられた。
「みんな!!」
凪は岩の手に拘束されたままで身動きがとれず、宿の中に石が次々と三人の方へ飛んでいくのを見てもどうすることもできなかった。
「なかなかしぶといね~」
すると、巨大な手や飛んでくる石の能力を操っていると思われる者たちが、破壊された壁の向こう、暗闇の中から姿を現した。
「でも捕まえたよ! 任務完了!」
明るい声の主は、額に×印に絆創膏を貼った女の子で、相方は黒い服の男だった。
「あ! お久しぶり!」
凪が声のする方を見ると、その二人には見覚えがあった。
「え……あんた達は……!」
現れた敵は、辛と出会ったばかりの頃に立ち寄った茶屋の店員──あんみつ兄妹だった。
男は生まれつき妖を寄せ付ける体質で、妖の気配を感じさせる辛を店から追い出したしおにいと呼ばれていた人物で、女の子の方は店を出た凪と辛を追いかけて饅頭を届けてくれた、こいしという名の妹だ。
「妖とか人間とか捕まえて居場所聞き出すの大変だったよ~なーんてね」
凪は二人のことを茶屋を営む普通の兄妹と思っていた為、驚きを隠せなかった。
あのとき出現した妖は辛が倒して、それでお礼にあんみつを食べさせてくれたくらいで、こんな能力の持ち主だとは全く想定外だった。
「にしても、どいつもこいつも“使えない手下”を持っているんだな! こんな小娘一人も捕まえられないとは……」
しおはこれまでも凪が刺客に狙われてきたことを知っているような口ぶりをしている。
「しおにいは一人も持ってないじゃん」
「うっさい!」
「まあ……所詮人間レベルの能力者だし、そんなもんだよ」
宿はまるで災害にでも遭ったかというほど破壊され、土煙が舞っている。しかし二人はそんなこと気にも留めない様子で話を続けた。
「おかげでボクらが自ら……あ~もう!! 報酬に砂糖を寄越せ!」
凪にはこの二人が何者なのか分からず、黙って会話を聞いていた。
「まあいい。さっさと行こう」
「終わったら饅頭でも食べよ~」
呑気に話す兄妹がその場を立ち去ろうとすると、瓦礫の中からシロホンが声をあげた。
「おい」
凪が声のする方を見ると、瓦礫に血を零しながらシロホンがふらつきながらも立ち上がっていた。しかし、兄妹はまだそのことに気づいていない。
「オレに殺されて行けよ」
シロホンは突然現れた二人を睨み、憎悪の籠もった低い声を出した。
「神!」
その一言に、爪戯と凪は驚きの声をあげた。
「え……?」
ただの人間だと思っていた茶屋の店員は、悪魔であるシロホンに神と呼ばれた。
シロホンの一言に、しおはようやく反応を示した。
「あ~そうか、成程……よく見たら“マナ”が在るね。悪魔か」
そう言うと、しおにい──つまり、塩神はふっと冷ややかな笑みを零し、シロホンを睨み返した。
「じゃあ死ね」
確かに、塩神は凪と初めて会った時、妖を悪魔の次に嫌いだと言っていた。そして今この場に、天敵である悪魔と神が顔を合わせたことになる。
「こいし! 周りの人間もどうだって良い。やってしまえ」
「はいはいはーい」
塩神が指示をすると、こいし──石神は元気に手を振り満面の笑みで能力を発動させた。
「それでは皆々様さようなら!」
周りの瓦礫、無数の石はこいしの一言に反応して次々に宙に浮きあがった。
「バイバ~イ!」
こいしは声のトーンを下げ、シロホンに見下したような眼差しを向けた。
唸るような音を立て、石は一斉にシロホンのいる方向へ落ちていく。それらは石同士がぶつかる激しい音を響かせながら、雪崩のようにシロホンの頭上へと降り注いだ。




