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半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】  作者: 神野あさぎ
襲撃

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No.41「不可視」

 ある時、薄暗い部屋の中で女は言った。


「あの少女を殺すように嗾けたのは私……あとは分かるかな?」


 着ていたシャツはいつの間にかはぎ取られ、ベッドに寝かされ、手首を頭の上で縛られたまま女に馬乗りにされている光景。

 女は可笑しそうに言うが、その声には嫉妬の色が乗っている。

 逃げ出そうと腕を揺らしてもがいても、きつく固定された手首が痛むだけで、上にのしかかる女もびくともしない。


「あはは? 実は昔……取引してある女の望みを叶えてやったの。それを思い出して、私もやってみようかな〜って」


 理解に苦しむ。こんなことして何が楽しい。

 腰骨に体重をかけて座る女の太ももが、脱がされた上半身の素肌にあたる。腹におかれた手が腹を撫でても、鳥肌が立つだけだ。


「今日で色々終わりそーだから、此処を去る前に貰っていこうかな〜って」


 一方的に求められ、事を進められていく絶望に冷や汗が止まらない。

 それなのに女は、組み敷いた相手に嫌悪感を露わにされても、動じることなくむしろ楽しそうで。

 まるで、化け物みたいだ。


 ◇


「正直意外だったよ」


 爪戯つまぎかのとを助け出すのを邪魔するかのように、廊下で立ち塞がった爪戯つまぎの兄は、爪戯つまぎに背を向けながら話を続けた。


「母さんがあの化け物を見逃して、お前の同行を許可したなんてね」


 その物言いは、やりどころのない鬱屈した気持ちをぶつけているかのようだった。


かのとを化け物呼ばわりするなよ。実の兄だろうと殺すよ?」


 兄は爪戯つまぎを怒らせようとしていたのか。爪戯つまぎは、かのとに触れられついに激情を露わにした。

 その反応を心待ちにしていたかのように、兄は愉快そうに口角を上げた。

 しかしその笑みは爪戯つまぎには見せなかった。

 兄が次に振り返った時には、爪戯つまぎを見下すような表情をしており、低いドスの効いた声で弟に圧をかけた。


「はぁ? 何言ってんの?」


 兄の豹変に爪戯つまぎが出方を窺っていると、兄はすっと爪戯つまぎに近づいて、無造作に伸ばした手で爪戯つまぎの右目を覆った。


「お前がオレを? 無理でしょ。オレの方が優秀だから──……」

「……」

「その右眼は厄介だけど、視認させなければ良い。このまま──……」


 兄は反対側の腕を伸ばし、手を巨大化させて鬼のような鋭い爪を尖らせた。その時、爪戯つまぎは兄と接近したことで、兄がフードの下に隠していたものが目に入った。


「……額に……角が……」


 爪戯つまぎはそんな兄の異様な変化にも落ち着き払っていた。爪戯つまぎが静かに指摘すると、兄は鬼のように巨大化させた方の手で、慌ててフードの上から額を押さえた。

 その隙をついて、爪戯つまぎは真横から兄の脇腹めがけて氷の柱をぶつけた。

 鈍い衝撃音が響く。

 流石に氷で貫くのは無理か。水にされてしまうため、能力の相性が良くない。

 兄は咄嗟に氷を水に変えて防御したが、水圧で反対側の壁に激突した。

 爪戯つまぎはすぐにその場を走って離れ、短剣を取りに行ったなぎの元へ向かった。

 かのとは大丈夫だと思う。あの女の方が心配だ。何か狙われてるっぽいし、他にも何か居そうだし。


 爪戯つまぎが去ったあと、兄は埃を払いながらゆっくりと立ち上がった。爪戯つまぎを攻撃しようとした手は、もう元のサイズに戻っていた。


「殺すよって言っておいて、殺してから行かないのか……甘いよ」


 兄は服についた細かい氷を払い、自嘲気味にふっと笑った。


「いや……それはお互い様か──……」


 ◇


 シロホンは顔に攻撃を受け、血だらけで倒れている。ただ事ではない物音に、戻って来たなぎはその場に立ち尽くした。


「ああ……確か協力者の彼は悪魔からの情報収集希望……。真白ましろ失敗」


 突然奇襲をかけてきた軍服の女──真白ましろは、ゆっくりと床に転がるシロホンの死体に近づき、蔑みの目を向けて呟いた。


「けれど復讐完遂」


 なぎはこの状況に、どう動くべきか分からず必死で頭を巡らせた。

 これは敵か。逃げるべきか。でも狙いは悪魔だったのなら、違うのか。

 自分やかのとを狙う謎の敵とは違うのかもしれない。油断しかかった矢先、真白ましろなぎに向けて無機質に腕を伸ばし、手の中に眩しい光を生み出した。


「先に、謝罪」

「えっ……」


 真白ましろから放たれた光はなぎの太ももに当たると硬い弾丸のように肌を抉り、なぎは痛みに膝をついた。


「別件は捕獲」


 口ぶりから、なぎ真白ましろの標的の一人だったらしい。


「……っ」


 なぎは痛みに足を押さえ、歯を食いしばった。抉れた傷からは血が滴り、太ももを伝って床に滲んだ。

 治癒を。


「無駄な抵抗は、禁止」

「っ!?」


 真白ましろは、なぎが能力で傷を治そうと手をかざすと、動きを察知してなぎの肩に足をかけて威圧した。


「あんた……誰に頼まれて私を?」

「返答不可」


 なぎの問いに、真白ましろは冷たく言い放った。

 その瞬間、空気が凍る音が鳴り、先の尖った氷の塊がいくつも真白ましろめがけて襲い掛かった。

 間に合ったか。

 氷を放ったのは爪戯つまぎだった。遠目に、なぎが床に座り込み、軍服のようなものを着た女がなぎを踏みつけているのが見える。爪戯つまぎの嫌な予感は当たっていた。


「迎、撃」


 真白ましろはさっと右手をあげ、再び強い光を打ち上げた。するとそこから光が散乱するようにあちこちにレーザーのような光線が伸び、爪戯つまぎの氷を破壊し、そのままあちこちの壁にダメージを与えた。

 間一髪、爪戯つまぎはさっと曲がり角の向こうに身を隠し、攻撃から逃れた。

 光線か。

 今の攻撃により、辺りの天井の照明がすべて破壊され、室内は暗闇に包まれた。

 あ、灯りが。

 なぎは自分を踏みつけていた重みが消え、真白ましろが距離をとったのを感じたが、暗すぎて迂闊に動けなかった。

 爪戯つまぎも、見えない中では上手く立ち回ることが一層難しくなってしまった。

 真っ暗じゃ右眼が使えない。おびき出すか。


 真白ましろは目を光らせ、狙いを爪戯つまぎに定め、静かに再び攻撃を開始した。

 暗闇から急にふっと光が灯ると、それは真白ましろの攻撃で、爪戯つまぎは向かってくる光線を体全体を使って避けた。

 この光、追ってくる。

 爪戯つまぎが動き、立ち位置を変えても光線はしつこく爪戯つまぎを追いかける。爪戯つまぎが避けた攻撃は床や壁にあたると弾けるように光が広がり、そのたびに周りの景色が一瞬鮮明になる。

 でも光源になってくれた。おかげで見える。

 爪戯つまぎは避けながらも光を頼りに、真白ましろの方へどんどん近づいて行った。

 これなら右眼で。

 右眼で、敵の攻撃を跳ね返しさえすればいい。爪戯つまぎがそう思った途端、真白ましろは途端に攻撃をやめ、辺りは再び完全な暗闇になった。

 光を消された。でも相手の位置は把握した。右眼以外で攻撃対応を。

 爪戯つまぎは作戦を急に切り替え対応しようとしたが、真白ましろはすでに爪戯つまぎの目の前に迫っており、足技を今まさにかけようとしていた。


 その瞬間。

 床から伸びた何者かの手が、真白ましろの足首を強く掴み、そのまま床に引きずり倒した。

 な、何が。

 今度は真白ましろが驚く番だった。爪戯つまぎの位置は確かに把握していたはずだった。


「……ったく。オレはあいつと違って痛覚あるんだよ! おかげで少し気絶しただろうが!」


 怒鳴り声をあげたのは、殺したはずの悪魔、シロホンだった。


「しかも最悪なこと思い出したし」


 最悪なこと──冒頭の回想だ。

 その場に動けずにいたなぎも、その声を聞いて驚いた。


「何故生存!?」

「はあ?」


 先ほどまで頭を貫かれ、大量の血を流し、倒れてから微動だにしなかったのに。再び起き上がったシロホンは、まるで何事もなかったかのように傷もなくピンピンしている。


「“悪魔”だからな」


 事もなげに言う姿に、真白ましろは憎しみが込み上げた。

 こいつだけは絶対に生かしてはおけない、と。


「絶対殺害! 殺処分!!」

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