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半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】  作者: 神野あさぎ
襲撃

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No.39「故非人」

 なぎかのとと出会ったばかりの頃に立ち寄った茶屋。そこでは今日もあやかしを寄せ付ける体質を持った兄しおと、その妹のこいしが店を開いていた。


「しおにい~!」

「砂糖可愛いな♪」


 兄は厨房で上機嫌に歌いながら、真っ白な砂糖を愛でるように和菓子を手のひらの上で成形していた。


「ねえ! 聞いてる?」

「塩なんて高血圧になるわ胃や腎臓に負担かけるわ、良いところなし! ロクなもんじゃない! ボクを塩呼ばわりするな!」

「それは言い過ぎだって!」


 しおを名前に冠しておきながら、塩よりも砂糖を愛する兄はいつも塩に関するものを見聞きするだけで怒り出す、一風変わった男だった。


「過剰摂取がいけないんであって、接種不足は逆に駄目なんだよ~? それに砂糖だって過剰摂取はヤバいよ」

「はいはいはいはい」


 お互いにもう数えきれないほど繰り返してきたこのやりとり。自分で仕掛けたくせに、兄は面倒くさそうに妹のこいしの忠告を受け流した。


「それよりコレだよ~!」


 こいしは、持っていた一枚の通達書を兄に渡した。


「これが?」


 通達書には、大きくなぎの似顔絵が描かれており、下に小さく文章が記載されていた。兄はしばらく黙ってそれに目を通していたが、読み終わった途端、その顔つきがただの茶屋の店主から一変した。


「へぇ……」


 ◇


「ったく……ヒユの奴、毎回毎回何やってんだよ」


 シロホンはため息を漏らし、空にしたジョッキを重く机に置いた。


「弱いくせに無計画に敵陣に突っ込んだり、金欲しさに人身売買に手を出したり。毎回尻拭いするこっちの身にもなれよ、あのクソガキ」


 一緒に食事をしているヤナギは、弟に腹を立てているシロホンには慣れている様子で、フォークで美味しそうにトマトのスライスを口に運んでいる。


「そうやって文句言いつつも後始末ちゃんとするじゃん、ヒユ君の為に。シロホンは素直じゃないからね~」


 シロホンはヤナギの発言に口をむっと尖らせたが、ヤナギはその反応にもお構いなしでシロホンを指さした。


「ツン、デレ、ホンっ!!」

「誰だよそれは!!」

「この兄弟の親の顔が見てみたいわ~」


 ヤナギがケラケラと笑った、ちょうどその時だった。


「はあ~お腹空いた空いた~」


 なぎかのと爪戯つまぎの三人が丁度食事処に入って来たところで、ヤナギとシロホンのテーブルの真横を通過しようとしていた。


「さて、何食べ……」


 なぎは能天気にメニューを探しながら、視界の端に見覚えのある悪魔の二人を捉えた。


「あ! あんたらは!!」

「あ~!」


 なぎが思いっきり指を差すと、意外にもヤナギは和やかに三人を受け入れた。


「冷凍のトマトさん!」

「やっぱそれオレのことなの?」


 爪戯つまぎがげんなりとした顔で自分を指を差すと、それに続いてヤナギはなぎの方を見た。


「それと──……ド雑魚の……」

「おい、そこの冷凍片目野郎……笑うな」


 酷い言われように爪戯つまぎが口元を抑えて肩を震わせると、なぎは静かにかのとにもらった短剣を取り出し、殺気を放った。

 そんなやり取りをよそに、かのとはヤナギをじっと見つめていた。

 そういえばこいつは、何だ。

 人やあやかしを感覚で認識できるかのとにとって、ヤナギは異質な存在に思えた。人間でもない、あやかしでもない、もっと別の歪な何か。

 ヤナギはかのとに見られていることに気づき、ふっと笑みを零した。


「ふ~ん、そっかぁ。お兄さんも“そう”なんだね~」

「……?」


 かのとはヤナギは何を言っているのかと不審な顔をした。


「ああ……そういう──……」


 しかしシロホンは言葉なしにも何かが伝わったようで、串焼きを食べている手を止めて、興味深そうにかのとを観察するような目で見た。

 シロホンの爪には「命」の文字が刻まれていた。


「え? 何?」


 悪魔二人の意味深なやりとりに、なぎ爪戯つまぎも不思議がってかのとを見たが、かのと自身も分からないままで首を振った。


「まあまあ~、それよりこっち来て座りなよ~! こっちのお兄さんがご飯奢ってくれるよ!」


 ヤナギはにこやかに三人に手招きをした。


「おいっ!」

ヒユ君がめーわくをかけたんだよ?」

「……チッ」


 初めて会った時のヤナギは大きな鎌のような武器で問答無用で攻撃してきた癖に、どういう風の吹き回しなのか。

 渋々とはいえ案外あっさり了承するシロホンの反応も想定外で、さすがのなぎもこの誘いをどう捉えていいのか考えるのに数秒時間を要した。

 が、結局は。


他人ヒトの金で食う飯は美味い!!」


 欲望に負けた。なぎはさっさと食べたいものを選び、加えてご飯も大盛りで注文した。


「おおおい! かのとまで……」


 かのとなぎと一緒になって無言でご飯を食べている。そんな中最後まで警戒を解かない爪戯つまぎは、同じ席に着くもののお茶しか飲んでいなかった。


「何故こうなるんだ?」


 シロホンは不満そうにじと目でヤナギを見ながら言った。


「大丈夫、シロホンは何かあれな音楽家で稼げてるから!」

「あれって何だよ」

「トマトも食べな!」


 ヤナギは一点の曇りもない満面の笑みで爪戯つまぎにトマトを勧めるが、爪戯つまぎはそれでも疑心暗鬼の姿勢を崩さない。


「良いのかよ。こいつらオレらを攻撃した奴だろ?」

「いや、まあ~……正直トマト少年に遭遇した時は怖かったし、あと他の悪魔の人にも攻撃されたりかのと君の動き封じられたりしたけどさ……」


 なぎはご飯を食べる手を止めずに、これまでのことを振り返った。


「道であの女の子に絡まれてるところを助けて(?)もらったり、今回の悪魔二人を止めてくれたりしたわけじゃん。だから悪魔って言っても“悪い人”だけって訳ではないと思うのよ。ってか今回のことだって何か事情とかあったかもだし?」


 ヤナギはともかくとして、実際シロホンの方はなぎ達にとって今のところ助けになることしかしていない。しかし、なぎの発言を聞いてシロホンは突っぱねるように言った。


「あの女が道の邪魔だったからどけただけだし、愚弟のことは命令で仕方なく連れ戻しただけだ。お前らの為じゃない」

「素直になれよ」


 またもツンデレのような態度をしていることにヤナギがせせら笑いながら言うと、シロホンは言い返すこともできずに表情を歪めた。


「“悪い人”じゃない……ねえ~」


 ヤナギはなぎの言ったことを改めて考えるように天井を仰いだ。


「んー、まあ確かにボクにも大義名分ってのは存在する。キミ達を攻撃したのもヒユ君たちを連れ戻したのも、それをするだけの理由はあったよ。人間色んな理由や事情で行動して生きている。そこに善悪はあるのかな?」


 ヤナギはいつもの子どもらしい表情を封印したかのように、足を組んで大人びた微笑みで饒舌に語りだした。


「あるとしたら……ボクに関しては少なくとも“良い人”とは言えないかなぁ。お姉さんの第一印象通りだよ」


 良い人ではない、というのはまたいずれなぎ達と敵対することを示唆しているのか。ヤナギの真意が分からず、なぎは聞きながら喉を鳴らした。


「まあ……そもそもボクはこの世界では“人間”とは呼べない存在だけど、でも悪魔が悪人とは限らないってとこは合ってるよ。だから安心して~、キミたちに危害を加えないように言ってきたのは悪い方の悪魔じゃないから」


 ヤナギはその言葉に、誰かを思い浮かべているようだった。そこまで言って、ヤナギはまた急に元の子どもらしさを取り戻したかのようにへにゃりと笑った。


「あとね~、ヒユ君達にもよ~く言って聞かせておいたから! ついでに傷口に塩を塗り込んだよ!」

「傷口に塩……ひ……」


 ヤナギは親指を立てて愉快そうに言った。しかしヒユの肌は爪戯つまぎの氷の攻撃であちこち裂けているだろうに、なぎは自分まで塩が傷に沁みてくるようで身震いをした。


 ◇


「なあ……本当にあいつら信用できるのか? 危害を加えないって嘘だったら──……」


 食事処を出て部屋に戻っている途中、爪戯つまぎはまだ彼らを信用できないでいた。


「え……うーん。あのトマト少年は分からないけど、もう一人の方は悪い人じゃないと思う。勘だけど」


 もうすでになぎはたらふく食べてしまった後で、現にその後も無事に過ごせているわけで、爪戯つまぎほど深刻には考えていなかった。


「ご飯奢ってもらったし?」

「奢り……」


 話ながら廊下を歩いていると、かのとがふと立ち止まった。


「……そういえばあんた、短剣……持っていない……?」

「あ」


 なぎが持っている短剣はかのとの能力で作られている為、側にあるかどうかはかのとは感覚で認識できる。


「さっき出してそのまま!」


 なぎはヤナギに雑魚呼ばわりされ、それを爪戯つまぎに笑われた時に短剣を手に取ったことを思い出した。テーブルに置き忘れたのだ。


「おいかのとに作ってもらっておいて」

「取ってくる!」


 爪戯つまぎがまた怒りだしそうになったところで、なぎは遮るように走り出した。


「いや作り直し……」

「取ってくるから先に部屋戻ってて!」

「……」


 なぎにはかのとが言いかけたことは聞こえておらず、さっさとその場から走り去った。


 ◇


「ねぇ~シロホン~」


 なぎが食事処へ戻る途中、曲がり角の向こうからヤナギ話す声が耳に入った。

 あ、さっきの悪魔。


「あのお兄さんは“何が無い”んだろうね? Aさんは今は痛覚だっけ?」

「オレが知るか。味覚もないぞあいつ」


 ヤナギが聞いても、シロホンはさして興味がなさそうにしている。


「うーん……表情あるにはあるけど、硬そうな感じだったし…もしかして、笑わないんじゃなくて……笑えない、とか?」

「はあ……」


 なぎは、曲がり角の内側に身を潜めて歩いていく二人の会話を盗み聞いた。


「なんだろうな。喜と怒しかないお前が言うな感」

「あるよ! 喜怒“愛”楽あるよ! シロホンこそ“怒”しかないじゃん? 無いじゃん!?」

「はあああ?」

「ほら~すぐ怒る~」


 ヤナギの言葉に、なぎはその場から動けなくなってしまった。

 えっ。

 二人の会話から推察するに、話題にされているのはおそらくかのとだ。

 彼ら悪魔は、何かを「持っていない」。そしてかのとも。

 さっきの、どういう事。

 胸騒ぎが止まらない。

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