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半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】  作者: 神野あさぎ
溶解

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No.38「小休憩」

 ヤナギとシロホンがヒユとアナナスを連れ戻しに行った後のこと。

 なぎ達の預かり知らぬところで、二人の悪魔が優雅にアフタヌーンティを楽しんでいた。


「何で連れ戻すように言ったの〜?」


 サンドウィッチ、プリン、それに種類豊富なプチケーキ。目移りするほど色とりどりなお菓子や軽食が並ぶ中、ルリはマカロンを摘まんで大口を開け、上品とは言い難い所作で口の中へ放り込んだ。


「ん?」

「こういうことには今まで不干渉でいたじゃん?」


 紅茶を啜っていたデュオラスは、にっと口角を上げ、ティーカップを音もなく静かに置いた。


「……君は友達を大事にしないの?」

「ふえぇ?」


 ルリは間の抜けた声を上げ、首をかしげた。悪魔に友達。そんな概念があっただろうか。


 ◇


 戦いを終えたなぎ達は、旅館に入り疲れを癒すことにした。


「はー、今日も疲れた疲れた〜」


 やっと町に辿り着いたと思ったら、次から次へと敵が現れ大変な一日となってしまった。やっとゆっくりと腰を降ろすことができた時には、もうとっぷりと夜になっていた。


「たいして戦ってなくね?」


 爪戯つまぎは湯呑を傾けながら、大袈裟に伸びをするなぎに冷静な茶々を入れた。


「オマエガイウナ」

「いや……確かに一番頑張ったのかのとだけどさ……」

「いやいや、君も一応頑張ったよ。一応」

「うるっせ」


 一通り相変わらずの漫才のようなやりとりをし終えると、なぎはふと、少年の母やなぎに扮していた女の言っていたことを思い出した。


「そういえば……“命令”って──……一体誰の……だったんだろう?」


 ◇


 回想。

 悪魔達が退散し、ラルを倒すことができたと安堵した時のこと。

 なぎ達の前に再びなぎの姿をしたラルの姉が現れた。


「あ、あんた……偽物! 何? まだやる気!?」


 妹同様、怪我を負っていても尚戦い続ける気なのかとなぎは慌てたが、女はなぎたちには目もくれず血まみれで動かなくなった妹の元に跪いた。


「……やっと終われるのね……」


 女はそう小声で呟くと、なぎそっくりに変身していたのを解除して、本来の姿を現した。

 女は妹と同じように髪が短く容姿もどこか似ていた。けれども勝気な妹とは対照的に、儚げな表情を浮かべている。


「……あんたってやはり……此処の家族を殺す気はなかったのか」


 かのとがぽつりと言った。


「え?」

「わざわざ変身して侵入してまでシンを探さなくても、人質にでもとってシンの在処を聞き出すとか方法があっただろうし」


 女は、かのとの推測を黙って聞いた。


「入れ代わりの際に捕らえた本物の母親を殺さずに、地下室に閉じ込めただけってのも根拠としては弱いかもだが……」


 そこまで聞いて、女は寂し気な表情で今まで胸に秘めていた思いを少しずつ語りだした。


「……眠らせてしばらく大人しくしてもらったのだけど……気が付いたら死んでいたわ……」


 懺悔をするように語る女の様子は、地下室で妖しい笑みを浮かべていた時とは全く別人のようであった。


「父親と母親は自殺……何としてでも口を割りたくなかったのね──……少年だけでも生き残って欲しかったけど……私は妹と違って手荒なことは苦手で、でも力を求める妹の為にも能力を手に入れたくて……」


 少年の命を躊躇なく奪い、なぎ達三人のことも最期まで殺そうとあがいて死んでいったラルの頭にそっと手を置いて、女は姉らしく優しい手つきで撫でた。


「そんな妹も此処の家族も、みんな死なせてしまった。私に止められる力があればこんな結果にはならなかった……。でももう、これで誰も傷つけなくて済む──……」


 私は結局何も出来なかったと言い、女は俯いた。


「貴方達のことは捕獲や殺害命令が出ていたけど、諦めるわ」


 女の話を三人は黙って聞いていたが、命令という言葉に爪戯つまぎは猫神の言葉を思い出した。

 母の訃報を猫神が知らせに来た時、ついでのように言っていたこと。

 あの二人と居続けるなら、気をつけないかんよ。狙ってる奴らがおるけんね。

 あの時は結局それが誰なのか分からないまま、猫神は姿を消してしまった。


「それは……誰の……!」


 この女はその答えを知っているのか。爪戯つまぎは質問する声に自然に力がこもった。

 しかし、女はかのと爪戯つまぎにやられた傷が深く、もう既に息も絶え絶えで爪戯つまぎの言葉は届いていないようだった。


「もう……奴らの……」


 女は言いかけて、妹の横に一緒に眠るように横たわり、それっきり何も言わなくなった。

 もう奴らの命令を聞くことも、弄ばれることもない。

 女はもう動けなくなることに安堵したかのように、ゆっくりと目を閉じた。二つの亡骸が並ぶ。


「最後……奴らって……?」

「……」


 爪戯つまぎが聞いても、かのとは何も言わなかった。しかし、二人寄り添って息を引き取った姉妹を見下ろして、何かを考えているような顔をしていた。


 ◇


 現在。

 結局、誰が何のために刺客が送ってくるのか、分からず仕舞いとなってしまった。


「私、かのと君と出会った日に人に襲われたんだけど、その時もさ、頼まれたとか何だとか言ってた」


 なぎかのとに出会った日。小さな女の子の怪我を治したら、お礼にあんみつを奢ると母親に言われ、ついて行ったら待ち伏せしていた別の女に捕まってしまった。

 その女は何の為にそんなことをしているのか、理解していないようで、ただお願いに従っているだけだと言った。


「……オレも命令でかのとを殺そうとしたけど、依頼主は知らないなー……母さんなら知ってたかもだけど」


 爪戯つまぎも殺せと命令されたということ以外に、なぜ対象がかのとなのかは分かっていなかった。

 そしてその手がかりとなる母ももうこの世にはいない。


「ってか心当たりとかないのか。あんたも何か狙われてんじゃん」

「ない」


 なぎはお手上げといった調子で両手を軽くあげた。


「考え込んでも仕方ないね。ま、何とかなるって」


 そう言うと、なぎはさっさと客室の出入り口へ向かっていった。


「お風呂でも行ってこよ〜温泉♪ 温泉♪」

「大丈夫かこれ」


 三人で旅しているというのに、その内の二人が理由も分からず誰かに狙われているらしい。

 かのとについて行くとは決めたものの、爪戯つまぎの選んだ先は前途多難のようだ。


 ◇


「お風呂サイコー」


 露天風呂は広々としており、植木や岩、灯篭などが整えられた様子が見事で、そして向こうに見える山々や空の広がりをも借景として取り込み、その調和が美しく見ているだけで癒されていくようだった。

 色々あったけど今は休息の時よね。

 温かいお湯に心もほぐれ、なぎは気分良く足をのばした。

 しかし次の瞬間、湯煙の向こう側に思いもよらぬものがなぎの目に映りこんだ。


「何故だっ」


 そこに居たのは、蝶を指にとまらせたかのとだった。


「すみませんごめんなさい! でもありがとうございます!」


 またやってしまった。

 色の濃いお湯に浸かっている為、上半身しか見えていないとはいえ。

 突然のできごとに、なぎは慌ててタオルをしっかりと引き上げ胸を隠しながら声を張り上げた。なぎが慌てて動くので、辺りに飛沫が上がった。


『まあまあ〜温まって行きなされ! 混浴だし』

蝶神ちょうがみさん!?」


 かのとが指にとまらせていたのは、蝶の姿をした蝶神ちょうがみだったらしい。

 かのとは何にも言わないままなぎに背を向けた。


「急に居なくなるから心配しましたよ!?」


 蝶神ちょうがみなぎ達がかのとの家に滞在中、村で一緒にあんみつを食べていた最中に突然何も言わずに立ち去ってしまって以来だった。


『ごめんごめん〜!』

「……」

『実は私にも会いたい奴ってのがいてね』

「え? って、何話始めっ……」


 かのとと混浴になっていることに慌てていたはずが、蝶神ちょうがみは普通に話を始めようとする。

 なぎかのととは少し距離を取りつつ、そのまま露天風呂で蝶神ちょうがみと話を聞くことになってしまった。


『そいつが近くに居たと思ったんだけど……どうも逃げられたみたい』


 蝶神ちょうがみは蝶の姿のまま、なぎの側で湯の少し上辺りをひらひらと舞った。


「……!? それは一体──……」

「……」


 なぎ蝶神ちょうがみの話に、温泉にいるということも忘れそうになるほど引きこまれていた。かのとも、返事はしなくとも話は聞いているようだった。


かのとと同じ──……あやかしと人間の間に生まれた存在──……』


 なぎはその瞬間、衝撃に目を見開いた。かのと以外にも、半妖がいる?


『……を殺した奴』

「ん!?」


 まるでフェイントをかけるような話し方になぎは翻弄され頭が混乱しそうだった。

 蝶神ちょうがみは一人でその人物を想っているときの深刻な雰囲気を悟らせないようにするためなのか、マイペースに話し続けた。


『でもこれがなかなか会えなくてね〜』

「……オレは必ずひのとを連れ戻す……味方あんたらもいるしな」


 かのとは壁の方を向いたまま、唐突にそう言った。なぎが振り返ると、背中には封印の証である赤色の蝶のような模様が首より下、肩甲骨あたりに大きくつけられているのが見えた。


かのと君……」

「もう諦めない」


 かのとはいつになく力強くそう言った。


「そういえばかのと君の過去話、何か途中で終わった感あるんだよねぇ」


 前に爪戯つまぎなぎが二人でかのとの過去の話を蝶神ちょうがみに聞いていたとき、ちょうど北王ほくおうの親戚の家にひのとが引き取られることになったところまで聞いたあと、北王ほくおうに話を遮られそこで話は終わってしまっていた。

 しかし、ひのとは今、何者かにさらわれていて、それをかのとが連れ戻そうとしているという話だ。


「ねぇ、ひのと君はどんな奴にさらわれ……た……の……って、かのとくん!?」


 詳しく聞こうとすると、気づけばかのとは頭ごとお湯の中に沈んでいくところだった。泡が静かに浮き上がる。


『熱いの苦手だもんね〜』


 蝶神ちょうがみはいつもの調子で言った。


「何を呑気な!」

『大丈夫大丈夫! 後で私(の分身)が引き上げておくから。先上がってて』

「後で!? 今じゃなくて!?」

『大丈夫大丈夫』


 そんな一幕があり、なぎは結局またひのとについて聞けないままになってしまった。


 ◇


「ただいま〜」


 部屋に戻ると、爪戯つまぎは部屋で頬杖をついてのんびりと過ごしていた。


「あれ? かのとも一緒……?」


 湯上りの姿で並ぶ二人に爪戯つまぎが言うと、すかさず蝶神ちょうがみが問いに答えた。


『一緒に入浴を楽しんでいました!』


 面白がるような言いぶりに、なぎは慌てたが一緒にいたのは事実で弁解の余地はなかった。

 それを聞いた爪戯つまぎは、一瞬フリーズした後、弾けるように立ち上がり、かのとではなくなぎを責めた。


「女殺す! オレが殺す!」

「いや〜あれは不可抗力」

「必ず殺す!!」


 二人の言い合いが始まると、かのとは蚊帳の外にいるかのように無表情でそれを見ていた。


「……」

『賑やかね〜』


 蝶神ちょうがみも、他人事のように優雅にかのとの側をひらひらと舞った。


「マジ偶然! 偶然居合わせただけで」

「オレだけを置いていくな! ぼっちにすんな! ってかやっぱかのとをたぶらかそうとしてんじゃねーのか? あぁ?」

「ち……ちがっ……」


 爪戯つまぎなぎの胸倉を掴んで揺さぶった。


『ふふふ』


 仲がいいのか悪いのか、毎度のようにこんな調子になる二人に、蝶神ちょうがみは笑った。


『……かのともこういう時に笑えばいいのよ』


 蝶神ちょうがみが言うと、かのと蝶神ちょうがみのことを目で追った。

 なんでもない日常の一コマ。しかし、かのとには蝶神ちょうがみの言葉が部分的にノイズがかかっているように聞こえていた。


 かのともこういう時に■■ばいいのよ。


 かのとは、何を言われたか分からないという顔で蝶神ちょうがみを見つめた。


『あぁ……ごめん。何でもないわ、気にしないで』


 かのとには、“笑う”という言葉は届かない。その機能が、概念ごと欠落しているかのように。

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