No.33「ニセ者」
「……私が誰かなんて、どうでも良いことでしょ?」
自身が偽物であるということを開示したその女は、人が変わったようにはきはきと話し始めた。姿形が同じでも、表情や仕草は全くの別物で、それはもう先ほどまでのおっとりした少年の母親とは似ても似つかぬものとなっている。
「それより……貴方の父親には偽物だと気づかれた。だから殺した、それだけのこと──……」
「いや、だから! 何で!?」
少年が叫ぶように聞くと、女は何でもないことのように言う。
「探し物」
「探し物?」
「此処に在るはずなのよね。それが欲しくて貴方の母親に成り代わって探していたの。でもなかなか見つからなくて……」
「いったい……何を?」
人を殺めてまで欲しがるものは何なのか。凪が問うと、女は再び不敵な笑みを浮かべて言った。
「シン」
◇
「あの女だけならまだしも! 辛まで! 何故だああ! 踵落としの恨みか!?」
凪達が地下室へ行ったことを知らず、地上階で一人置いて行かれたと狼狽している爪戯の背後に、一人の少女が忍び寄っていた。
その少女は、町で最初に凪と肩がぶつかり、その後頬に傷のついた男──シロホンに蹴飛ばされて去って行った子、ラルだった。
ラルは声をあげずに、能力で右の肩甲骨あたりから、粘度のある透明な液体を空中に浮かび上がらせた。そして、邪悪な笑みで爪戯に奇襲をかけようとしている。
爪戯はその肌を刺すような殺気に気づいた。
瞬間、宙に浮いていた液体が弾丸のように、爪戯の立っていた場所めがけて大量に放たれた。
水しぶきが部屋中に拡散し、床に叩きつけられた液体は、部屋中の壁や家具に激しく跳ね返った。
しかし、飛沫が収まるとそこに爪戯の姿はなかった。
「外したわ」
ラルが舌打ちをして油断している隙に、爪戯は上方――梁の上から少女目掛けて能力を発動させた。
爪戯の能力によって、少女は足元が一瞬にして凍りつき、床に固定され動きを封じられる。
「って、いきなり何なんだよ! あんた!」
爪戯は床に降り立ち、手に先の尖った氷を作り出し、剣のように振り下ろした。
しかしラルも負けず、足が動かせない状態でも再び能力で液体を出して、水の盾として応戦した。
防がれたか。あの背中のあれがあいつの能力なのだろうが、水か。
爪戯は攻撃の手を緩めず、思考を巡らせた。
◇
「シン……? それって能力を発動させるエネルギー源よね?」
地下室。家の中を捜索するために母親に成り代わったという話から、探し物がシンだということに凪は理解が追い付かなかった。シンは形あるものではないはずだ。
少年はそれを聞いて、町で男女に路地裏で詰め寄られた時のことを思い出した。
あいつらも確かそんなことを。
「それ以外に何があるのよ!」
そう言うと、女は手元から球体のようなものを下に向かって投げつけ、炸裂させた。
破裂音と共に、窓のない地下室の中に濃密な煙が立ち込め、視界は瞬く間に真っ白になった。
「……!? 何を…煙幕?」
幸い火薬のような殺傷力のあるものは入っていないようだった。白い煙がだんだんと収まっていくと、再び少しずつ部屋の中が見えるようになっていった。
「もう! 何なの?」
「あいつは? 逃げた?」
煙が完全に引くと、そこには凪が二人立っていた。
まったく同じ顔、同じ服装の凪が二人。驚いた少年がおろおろとしていると、二人の凪はいっぺんに喧しく騒ぎ出した。
「って! 何真似してんのよ! ベタね! 変身能力者の定番ネタかよ!」
「真似してるのはそっちでしょ! やめてよね!」
「はああ!?」
姿形はもちろん、声も身振り手振りも完全に同じで、二人は同じテンションで喧嘩をしている。
「本物は私なのに!」
「私ですー!」
「はあ? 私よ!」
「いいや! 私こそが!」
少年はあまりの勢いに圧倒され、辛はその様子をただ無言で立って見ていた。
「そうよね? ねえ辛君!」
埒が明かず、一方の凪が辛に同意を求めて話しかけた。
すると、辛は迷う隙も見せず、能力で作り出した金属の刀で、話しかけてきた方の凪を斬りつけた。
「えっ」
斬りかかられた方の凪は右の鎖骨から肩にかけて切り裂かれ、鮮血を流した。
「何故? 変身は完璧のはず! どうして私が偽物と気づいた?」
女が苦悶の表情で正体を現す。
斬られなかった方の本物の凪は、得意げに肘を辛の肩に乗せて喜んだ。
「私と辛君の絆の勝利よ!?」
「……」
辛は無言で刀を構えたままだ。
「……いや。何となく、だ」
「えっ」
やや間があってそう答えた辛に、凪は驚いて口を開けた。
「何となくで斬ったの!? 斬った方が本人だったらどーしたのよ!?」
合ってたのはただの幸運か、と凪は慌てふためき胸倉を掴んで辛を責めた。
「気配ってか雰囲気ってか……説明できないんだが、そういうので分かる」
「ん!?」
「それにあんたにはオレが能力で作った短剣があるから、シンを感知すれば分かる。何となくと言ったのは感覚的なものだから……だ」
その説明に、凪は蝶神から聞いた辛の幼いころの話を思い出した。崖から落ちた弟と、人がたくさんいると思った方へ近づいたら、妖と妖に捕食されている人間たちに遭遇してしまったと言っていた。
そういえば、辛君の過去の話で人の気配感じ取ってたりしてたっけ。あの時は妖の方に気が付かなかったとかで怪我してたけど。
「あ……あ~ね、なるほどね~そうなんだ~」
適当に動いたのではなく、辛だけが分かる鋭敏な感覚でちゃんと判断していたのだと分かり、凪は辛の胸元を掴んでいた手を放した。
「……」
その会話を聞き、凪に化けたままの女は動揺を見せた。
人間の気配なんて妖の妖気のように分かりやすいものではないはず。それが分かるのか。こいつ人間か。
変身して攪乱し、一人ずつ確実に仕留める、と、思ったけど。
相手は得体の知れない能力者。おそらく爆弾では殺れないだろう。多分防がれる。でも今は。
怪我をしたこともあり、女は無茶はできないと判断した。
いったん退く。
女は袂から別の爆弾の起動装置を取り出し、硬質な音を立ててスイッチを押した。
すると、地下室全体を揺るがすような大きな爆発音とともに空気が震え、地面が揺れた。天井や壁はバラバラに砕け、無数の破片が凪達に降り注いだ。
◇
突然、轟音とともに家が大きく揺れた。
「揺れ!? 何が……!」
上の階に居た爪戯には、何が起こったか分からなかった。気が付くとあっという間に家は崩れ、傾いた二階も歪み、一階部分を押しつぶした。
咄嗟に大きな瓦礫を避けたお陰で、破片に埋まりながらも爪戯はなんとか一命をとりとめた。
「痛っ……あ、さっきの敵? は何処に」
辺りを見回しても、先ほどまで戦っていたラルの姿はなくなっていた。
すると、今度は地面から大きな金属の柱のようなものが、瓦礫を押しのける轟音とともに突き出した。
「ん?」
「あ! 爪なんとかさん!」
巨大な金属の柱の上部がシェルターのように剥がれていくと、中から辛、凪、少年の三人が現れた。辛が能力で即座に作った防壁だ。
「え? 今まで何処に居たの?」
「それがさ~、地下室があって」
「地下室?」
爪戯は破片を押しのけ、ホコリを払いながらむくりと起き上がった。
「実はこの子の母親と思われてた人が偽物だったの」
「偽物!?」
凪が爪戯に事の顛末を説明をしている後ろで、少年は瓦礫の山となった我が家を見つめ、俯いていた。
父さん、母さん。
先ほどまで衝撃とその場の緊張感で感覚を失っていたが、父だけでなく母もすでに失っており、家までも粉々になってしまったという現実が、少年に重くのしかかった。
◇
少年の家を破壊してなんとかその場から逃げ出した女は、凪の姿のまま森の木陰に潜み、凪達が追ってこないことを確認していた。
斬られた肩や腕からはぽたぽたと血が垂れている。
「やられちゃったの~?」
そこへひょっこりと現れたのは、先ほど爪戯と戦っていた少女──ラルだった。
「大丈夫? お姉ちゃん♪」
ラルは無邪気に、しかしどこか楽しげに、傷ついた姉を見ていた。




