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半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】  作者: 神野あさぎ
蝶妖

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No.27「蝶妖Ⅷ」

かのと、今から封印を施す」


 北王ほくおうは部屋の壁や床に無数の札を貼り付け、強力な結界を張り、床に大きな星の陣を描いた。

 北王ほくおう自身はかのとの母のあやかしの能力が効かなかったという前例がある通り、かのとの能力の影響を受けることはない。しかし、このままではいくらかのと自身が人間であろうとしても、制御のきかないあやかしになってしまうと判断した。


 あやかしの能力封じの結界を応用し、呪いの媒介として、肉体に直接刻むきずを用いる。

 北王ほくおうは星の形の封印の陣を描き、その中央にかのとを寝かせると、馬乗りになってかのとの首に浮き出たあやかしの模様に、先の鋭い杭を強く突き立てた。

 声にならない叫びが部屋中に響き、かのとの体からは血が滲む。

 それでも北王ほくおうは動きを止めず、何度も何度も繰り返しかのとの首から腕、背中にかけて杭を打ち、幼い素肌に創をつけ続けた。


「耐えろ」


 かのとが暴れ、手足をばたつかせ泣きながら悲鳴をあげても、北王ほくおうはそれしか言わなかった。言えなかったのだ。

 体内に結界を作り、それをあやかしへの枷とする。呪いの能力には媒介が必要だが、この術式ならば持ち歩く必要がない。

 創に対する痛みもあるだろうが、かのとの中のあやかしの部分が抵抗しているのと、能力が身体から引き剝がされる感覚が激痛としてあらわれているのだろう。


 暴れる息子の腕を逃げないように抑えつけ、休む間も与えず柔らかな皮膚を刻み続けた。

 まるで拷問のような行為。だが、まだ先の長いかのとの将来を思えば、北王ほくおうがとるべき行動はこれしかなかった。

 もし、他の方法をとるのなら、一生を隔離して過ごすしかない。制御できるようになれば別かもしれないが、どの道いまはこれしかない。


 長い時間が経ち、あやかしの能力の封印は完成した。

 かのとは凄絶な痛みに気を失っており、部屋はしんと静まりかえっていた。北王ほくおうかのとの体に打ち込み続けた傷跡は、大きく蝶の模様を描いていた。

 かのとは体中血まみれになり、畳まで大量の血が染みこんでいる。

 創を消すわけにはいかないから、治癒もかけられない。


「……」


 北王ほくおうは自分が愛する息子につけた創を見遣ると、その場に力なく座り込んで、しばらく沈黙に身を委ねた。


 ◇


 数日後。かのとを心配してやってきた蝶神ちょうがみかのとの部屋をそっと開けると、北王ほくおうに杭を打たれた上半身や腕、首元を包帯でぐるぐる巻きにしたかのとが、呆然自失といった状態で正座していた。


かのと!」


 人間の姿をした蝶神ちょうがみが駆け寄っても、かのとは反応しなかった。瞳に光がない。


「様子を見に来たんだけど……大丈夫? まだ痛む?」


 蝶神ちょうがみが屈んでかのとの顔を覗きこむと、かのとは暗い声で言った。


「人間に生まれたかった」


 いつも自信なさげに話すかのとだが、こんな時に限ってはっきりと言い切る様子に、蝶神ちょうがみの胸は痛んだ。

 それでもなんとかかのとの人生に希望があって欲しいと願い、蝶神ちょうがみは能力で手のひらから金属の蝶を作ってふわりと浮かべた。


「ねえかのと、貴方のこと、正体を知っていてもちゃんと“人”として見てくれる人は居るはずよ」


 かのとを後ろから優しく抱きしめ頭を撫でると、かのと蝶神ちょうがみにもたれて腕をそっと握った。

 これまでに会ったほとんどの人間に化け物と罵られてきたが、それでも父や蝶神ちょうがみひのとのような存在がいるのも知っている。


「だから能力はそういう人の為に使って──……貴方が持って生まれた能力には、きっと意味があるわ」


 かのと蝶神ちょうがみの作った蝶を指先に止まらせながら、蝶神ちょうがみの言葉を心に刻んだ。

 温かな光が、傷ついた心に少しだけ灯った。


 ◇


 ひのとの母の葬儀は、ひのとの親族の家で執り行われた。かのとは見慣れない家と着なれない喪服に身を包んだ父と自分自身に落ち着かず、いつも以上に北王ほくおうの背にひっついて歩いた。


「全くなんてことをしてくれたんだ!」


 ひのとの母と北王ほくおうの縁談は両家の親や親戚たちが決めたことであり、ひのとの母の死に北王ほくおうの叔父は激昂した。


「ああ……向こうになんて言えば……だいたい何だその餓鬼は!」


 かのとが目の前にいても関係なく怒鳴り散らしている。北王ほくおうは冷たい目でじろりと叔父を睨んだ。


あやかしとの子どもだと? 勝手に行方をくらませたかと思えば、こんな化け物を!」


 化け物という言葉を聞くなり、それまで黙っていた北王ほくおうもついに怒り、叔父の顔面を思い切り殴りつけた。

 叔父は痛みに悶えながらその場に倒れ、殴られた鼻を押さえた。


「それ以上言うなら親族だろうと殺す」


 殴った側の北王ほくおうの拳もじんじんと痛んだが、怒りは収まらず握りこぶしに力を入れて叔父に言い放った。


「貴様、その化け物の肩を持つのか!」

「こいつはオレの子だ。何が悪い?」


 かのと北王ほくおうを見上げ、真剣な眼差しで口論する北王ほくおうの姿を目に焼き付けた。

 父は、自分を化け物ではなく「子」だと言ってくれた。


「もういい、今すぐ出ていけ! 連れ去られた姉さんの子だか何だか知らんがこの恩知らず!」

「勝手に引き取ったのはお前らだろ」

「五月蠅い! 二度と現れるな!!」


 家中に響き渡る大声の言い争いは、絶縁という形で幕を閉じた。


「ただしひのとは置いていけ! お前らのところに置いてはおけない!」


 その言葉に北王ほくおうは苛立ちを込めて舌打ちをし、かのとの腕を荒々しく引き寄せ、迷いなく叔父に背を向けた。


かのと、帰るぞ!」


 ◇


 玄関を出ても北王ほくおうの怒りは収まらず、感情に任せてずんずんと歩き続けるので、腕を掴まれたままのかのとは、大人の歩幅について行けず足がもつれた。


「と、あの……」


 北王ほくおうに話しかけようとするも届かず、かのとは地面に転び顔を打った。

 小さなうめき声に、北王ほくおうはようやく我に返ったようだった。


「ああ……悪い、大丈夫か?」


 かのとは家までの残りの道を、北王ほくおうにおぶわれていくことになった。


「本当にすまん。オレがあの女を早く何とかすべきだったのにな。一族のしがらみとか、さっさと捨てるべきだった」


 かのとはしがみついた背中に温もりを感じながら、それを黙って聞いていた。

 北王ほくおうが仕事に復帰するようになり、ひのとひのとの母と暮らすようにもなってから、二人きりでこうして話をするのは久しぶりだった。


「……そういえば、まだきちんと答えて無かったな」

「……?」


 背負われた状態のかのとには北王ほくおうの表情は見えなかったが、北王ほくおうが真剣に伝えようとしてくれているということは背中越しに感じ取れた。


「お前、前に言っただろ。“父さまはオレのこと嫌いなの……?”って」


 それは以前、かのとが一人きりで留守番していたときに現れた、死んだはずのあやかしの母が言われた言葉に影響されて帰ってきた北王ほくおうに言った言葉だった。


「嫌いだったら何もしない、最悪捨てる。一緒に寝ないし、飯なんて食わない。読み書きも教えないし、お前が怪我をしようが病気になろうが放置する」


 あやかしの母に嫌われているのかもと言われた時は不安になってしまったが、父と今までに過ごしてきた日々を思い起こせば、いつも守られ、大事に育てられてきたことが、父の言葉の何よりの証明だと今のかのとには理解できた。


「……」

「……ごめんかのと、痛かったよな」


 封印の為の儀式は耐え難い苦痛を伴うものだった。けれど気丈に振舞っている父もまた、そんなことをしなければならなかったのは辛いことだったのかもしれない。

 かのとは、父の言葉をゆっくりと咀嚼しながら、蝶神ちょうがみの言葉を思いだした。

 貴方のこと、正体を知っていてもちゃんと人として見てくれる人は居るはずよ。

 ひのとも父さまもそうだ。蝶神ちょうがみだって。


「……なんか……ごめんなさい……」


 上手くはいえなかったが、自分を大事に思ってくれる人たちのことまで恐れたり、味方がこの世に一人もいないかのように思うのは、その人たちに申し訳ないことだったと、ようやく思い至った。


「なんでお前が謝るんだよ!」


 北王ほくおうはなんでもないことのように笑った。

 かのとは、他になんと言えばいいか分からずに、いつもの癖でまた「ごめんなさい」と慌てて繰り返した。


「いや、……ううん……ひとまず帰ろうぜ」


 ちゃんと味方は此処にいる。だからオレは味方の為に戦う。そう思うと、自分は生きてていいんだと信じることができる。


「何食べたい?」


 かのとが答えると、北王ほくおうは「それ好きだよなお前」と笑う。

 好きなものを知っていてくれることも、もう昔よりだいぶ重くなっているのにおんぶしてくれることも。

 愛されているからこそしてくれるのだと思うと、帰り道はいつもより森の木々がきらきらと輝いて見えた。


 ◇


 一方そのころ。

 北王ほくおうの叔父の家で、ひのとは母の仏壇の前に一人座っていた。


「死んじゃったか……」


 その表情は、かのとの前で見せた無邪気な子どもらしいものからは遠くかけ離れている。とても、実の母親を亡くしたばかりの子どもとは思えぬ怪しさを帯びていた。


『でもこれで良かったんだよ』


 その声は、ひのとの後ろに伸びる影から現れた人影から発されていた。

 ひのとも、それに対し特に驚く様子はない。


『彼が殺されるのは困るからね』

『うん』


 影はまるで蟲人の触覚のようなものと、背中に蝶とは異なる細長い羽が生えた少年のような姿をしている。


『これで良かったんだよ』


 口元が歪み、影の少年は満足げに笑みを零した。

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