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半妖の青年は“五つの異能”で理不尽を覆す。神と悪魔の運命に挑む【SIN】  作者: 神野あさぎ
蝶妖

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No.21「蝶妖Ⅱ」

 (かのと)の母であるあやかしの死から数年後。

 人里離れた場所にひっそりと佇む住まいに、北王ほくおうかのとは親子二人で住んでいた。


 かのとは、まだ幼いとはいえ自分の足で歩けるようになるまで育った。

 見た目も暮らしも人間と変わりないが、髪だけはあやかしの母によく似た、夜の海のように艶やかな青色をしている。


『貴方いつの間に仕事辞めてたのよ。あいつもよく許したわね』


 声の主は、蝶の姿で訪れていた蝶神ちょうがみだった。

 北王ほくおうは客間の机に肩肘をついて、届けられたふみを雑に握り潰し、蝶神ちょうがみの話に少し煩わしそうな表情で答えた。


「強引に辞めてきた。かのとの面倒を見ないといけないからな」


 言いながらふと視線を感じて廊下の方へ振り向くと、かのとが引き戸の裏に半分身を隠しながら、こっそりとこちらの様子を窺っているのが見えた。

 父の元へ行きたいが、蝶神ちょうがみという未知の客人に人見知りをしているのかもしれない。


「とりあえず帰れ、蝶神ちょうがみ

『はいはい』


 蝶神ちょうがみを追い返すと、北王ほくおうの仏頂面は嘘のように消え去り、柔らかな笑みで息子に手招きをした。


「大丈夫だ、こっち来い」


 かのとは、おずおずとゆっくり父の元へ向かった。その遠慮深げな様子は、親子と言うには少しぎこちない。

 しかし、それには理由があった。


 親子が住まう家から少し離れた場所に、村がある。

 かのとが生まれてすぐ、その村の住民にかのとあやかしと人の間の子であることが知れ渡り、彼らは半妖の子を忌み嫌うようになったのだ。


 あれが噂の。

 北王ほくおうかのとを連れて歩くと、村人たちがかのとを見てひそひそと囁き始める。


 化け物。


 二人、三人と集まって、それぞれに少し離れたところから親子に向かって嫌な目線を差し向ける。

 口元を隠しながら小声で話していても、彼らのその目は雄弁に恐れ、嫌悪、そして剥き出しの敵対心を語っていた。

 まだ年端もゆかぬ小さな子どもでも、そこに込められた悪意は十分に感じ取れたことだろう。

 かのとも、自分が普通ではないと察しているようだった。


「……あの……」

「……んー?」


 村人たちの反応を間近に感じながら育ったせいか、かのとはいつも自信なげにぽそぽそと話す。

 北王ほくおうかのとの言葉をじっくり待った。


「……」


 しかしその日はいつにも増して歯切れが悪かった。


「……かのと、言わなきゃ分からん。ゆっくりでいいから」


 かのとは父にさえ遠慮してあまり自己主張をしようとしない。この状態だけを見れば、かのとと村人、恐ろしいのはどちらなのか明白だ。


「……ない?」


 北王ほくおうが辛抱強くかのとの言葉を待っていると、かのとはようやく蚊の鳴くような声で話し始めた。


「……きらい……に……ならない……?」

「ああ……」


 どうして嫌いになったりしようものか。

 北王ほくおうかのとだけに見せる眼差しや、かのとが生まれてからとった行動を見れば、誰しもそれは一目瞭然だというのに、かのと本人にはまだそれが伝わっていなかった。

 自己肯定感が、あまりに低い。


「……じっかん……って……何……? ……えっと……」


 躊躇いながら何を言うかと思えば。思いもよらない質問に、北王ほくおうは一瞬、“じっかん”が何のことだか分からず思考が停止した。

 じっかん、つまり“十干”だ。


「それから……」


 かのとの質問はまだ続くようだったが、北王ほくおうはまだ一つ目の質問も飲み込めていなかった。

 そんな言葉、誰から教わった。この辺鄙な場所で、誰が教える。まるで見当がつかない。


 十干。その言葉を聞いてまず思い出すのは、かのとの母のことだ。

 お腹に赤子がいると分かって、十干から名づけられた昔の能力者集団と同じ名前にしたいと言っていたこと。

 北王ほくおうが当時の記憶を思い起こし固まっていると、かのとは不安そうに首を傾げた。


「……? 父さま……?」


 そういや、“父さま”って呼び方も。

 教えた覚えはない。


「お前何でその言葉知ってんの?」


 北王ほくおうが聞くと、かのとはむしろ父がそんなことを聞くのは何故? とでも言うようなキョトンとした表情をした。


「……母さま……の……」


 そこまで言いかけて、かのとはまた何かを考えこんでしまった。


「……やっぱり……おかしい? ……化け物だから……父さま“も”……きらい……?」


 父さま「も」。

 その一言を、北王ほくおうは聞き逃さなかった。

 息子から、血のつながった父と、その他大勢の村人たちと同じ枠組みに入れられるなど不本意だ。

 だが、人種の違いという事実を前に、かのとの不安は簡単には拭いきれないものなのだろうと考えた。


「違う違う、少し驚いただけだ。これが噂の胎内記憶?」


 北王ほくおうは出来るかぎり愛情が伝わるように、かのとの青い頭を何度も撫でた。

 そんなことないと、言葉だけでなく心に直接届くように。


「十干ってのは甲・乙・丙・丁・戊・己・庚・辛・壬・癸の総称で、これは五行と結び付けて兄と弟を配したもの……。かつてこのきゅうの国にこれと同じ名前の奴らが居たんだよ」


 かのとは頭を撫でられて幾分か落ち着いたのか、北王ほくおうをまっすぐ見つめて大人しく話を聞いていた。


「……五行といえばかのと、能力はどうだ? あいつの胎内から出るときに“金”を使っていたように見えたが」


 あやかしが死んだ後、突然裂けた腹の中から出てきた金属の破片。

 あれはおそらく、腹から這い出るためにかのとが自らの能力で生成したものだったのだろう。生きるための産声の代わりに。


「……ま、まだ……金しか……」


 かのとは喋りながら人差し指と親指の間に硬質な音を立てて、小さな金属片の集まりを生み出した。


「あ、あと……」


 すると、弾けるような音がしてかのとの手の中で金属が爆ぜ、かのとは痛そうに顔をしかめた。


「右手だと……上手く……創れない……っ」

「右手見せてみろ!」


 かのとの小さな手をとると、人差し指のさきっぽに能力で作った金属がつんと突き刺さり、少しだけ血が滲んでいた。


「利き手じゃないから上手く“シン”を扱えないのかもな。……生成した欠片が刺さっているが大丈夫だ」


 北王ほくおうが治癒能力を使って自分の人差し指から小さなシャボン玉のような泡を出すと、かのとの指から金属片と傷口がすぅっと消えていった。

 処置が終わると何事もなかったかのように綺麗な皮膚に戻っており、かのとはそれを不思議そうにじっと見つめた。


「一応元医者で治癒系の能力も持ってるからな。病気も……いや……」

「……ごめんなさい」


 かのとは手を煩わせたことに対してなのか、俯いてまたも謝罪を繰り返す。北王ほくおうは目を細めてそれに答えた。


「そこはありがとうですよ」


 化け物と呼ぶにはあまりにも愛らしい我が子を見ると、普段はあまり表情筋の動かない北王ほくおうも自然に口角が上がる。

 北王ほくおうは、改めて先ほどのふみを力を込めてくしゃりと丸めた。

 そこに書かれた不穏な内容を、息子には悟らせないように。


 ◇


 その夜。

 安らかに寝息を立てていたかのとは、何かの気配を感じ取り真夜中に目を覚ました。

 眠い目を擦って辺りを見回すと、隣に布団を引いて寝かしつけてくれていた父の姿がない。

 起き上がって廊下、客間と家中を探し歩いてもどの部屋も暗くしんと静まり返っていた。


 いない。何処にもいない。

 置いて行かれたのか。かのとが思ったのはまずそれだった。

 もしかして、嫌われて。

 夜の闇に絶望が溶け込み、思考が暗い方へと引きずられていく。


 化け物。化け物。

 人間たちが束になって自分を仲間ではないと遠ざけ罵しる記憶が脳裏を掠める。でも。いつも側にいて笑いかけてくれる、手を握ってくれる父は他の人間たちとは絶対に違うはず。

 オレが、化け物だから?


 もしかしたら、自分のせいで父が酷い目に遭っていやしないか。

 かのとは居てもたってもいられず、玄関へ走り出した。

 外に探しに。でも何処へ? どうやって? 気配は分からない。


 見つけられたとしても、子どもの自分がどうにかできることなのか。

 玄関の内側で逡巡していると、外側から扉が開いた。

 見上げると、疲れた顔をした父がそこに立っていた。


「……かのと、起きたのか?」

「……あ……あの……えっと……」


 不安げなかのとの表情を見て、北王ほくおうはバツが悪そうに頭を掻いた。


「ああ……悪い。少しだけ用があってそちらへ行っていた」

「……」


 用ってなに? 大人の言葉は、時々はっきりしなくて分からない。


「本当にすまない、一人にして……不安だったよな……ごめん」


 北王ほくおうかのとの頭にぽんと手を置き、玄関を閉めると廊下に膝をついてかのとをぎゅっと抱きしめた。

 かのとは、北王ほくおうが座り込んでようやく首元に頬を寄せられるくらいの背丈だった。


「……ごめん、かのと……ごめん……」


 なぜ謝られているのか、かのとには分からなかった。ただ、いつもより切羽詰まった父の声に、なにかがあったということだけを子どもながらに感じ取った。


「ごめん………ごめん……」

「……父さま?」


 しばらくかのとは繰り返される理由の分からない謝罪の言葉に戸惑いながら、抱きしめられるままその温もりに身を預けた。


「ごめ……かの……と……」


 そして気づくと父の抱きしめる力や声が弱々しくなっていき、ついには鈍い音を立てて冷たい床に倒れこんだ。

 突然の出来事に、かのとは狼狽えて父の背中を揺すった。


「……? ……分からない……ごめんって何……? ……? どうしたの? 分からない」


 言ってくれなきゃ、分からないよ。

 思えば、朝目が覚めた時から夜眠るまで、父はいつも自分と一緒だった。

 どんなに外が恐ろしくても、家の中に父といれば安心できた。父の顔を覗きこめば「どうした?」と聞いてくれる。それがいつもの父だった。


 かのとの目からは大粒の涙が溢れ、鼻を鳴らして泣いた。

 怖い。真っ暗な部屋も、動いてくれない父も。こんなことは初めてだった。

 起こし方が分からない。どうしよう、分からない。何をしたら。

 倒れている父の前に座り込み、かのとは泣くしかできなかった。

 ごめんって何がなの。分からない、分からないよ。


 ◇


 なんだかやけに右半身がやけに冷たくて居心地が悪い。


「……ん……!?」


 目を覚まし、がばっと体を起こすとそこは自宅の玄関前の廊下だった。


「寝落ちした!!」


 眠っていたのは多分ほんの僅かのことだったと思う。その証拠に、夜はまだ終わっていない。

 昼間、届いたふみを見て処理しに行った用事が予想以上に手こずり、疲労困憊だったのだ。


「そうだ、かのと……!」


 眠ってしまう前のことを思い出して振り向くと、息子は暗闇の中、隅で小さくなって涙を床に零し下を向いて呟いていた。


「分からない、分からない……どうしたら……」


 自分としてはちょっと眠ってしまっただけのことなのに、まるで大事が起きたかのように泣いている。

 世界が終わったかのような絶望感だ。


「ちょっと疲れただけだから!」


 北王ほくおうは慌ててかのとに声をかけた。突然倒れたりして、驚かせてしまった。


「もう泣くな! オレは無事だし、お前は何も悪くないから!」

「……本当に……? ……父さま? ……無事……?」

「ああ、大丈夫だ。寝落ちしただけだ」


 そういってかのとの小さな背中をそっと摩ると、ようやく泣き止んで顔を綻ばせた。誰がなんと言おうと、息子は保護するべき小さな子どもだった。

 この子を守るためなら、自分はどんな汚れ仕事でも厭わない。そう改めて誓いながら。

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