No.102「探知力」
城を目指し、ティー、ウミリンゴ、キルキーが疾走する。
「そういえばあんた、『音』の発信源、分からなかったわけ?」
ウミリンゴが走りながらティーに問う。
「知ってどうすんの?」
「そりゃ直接殴りこんで色々聞き出す」
ウミリンゴは短絡的かつ直接的な解決を望んでいた。
ティーは頷くが、すぐに表情を険しくさせる。
「ああね~。それが、なんて言うか……音源が一か所じゃなくて、なんかこう……場所が転々としてて」
ティーは困惑気味に説明する。
聴覚に優れた彼でも、発信源が不規則に移動しているため特定できなかったのだ。
「移動系の能力持ちでもいるの?」
ウミリンゴが推測を口にする。
三人が駆け抜ける傍らには、無数の軍人と王直属兵の死体が転がっていた。
◇
一方、シロホン。
音ではなく、別の要因で操られ動いている軍人がいた。
シロホンはすれ違いざまに彼らに触れ、次々と『印』を刻んでいく。
「ったく……何が目的でこんな──……」
悪態をつきながらも印をつけて回り、手際よく敵の動きを封じていく。
その時、背後から何かが近づく気配を感じた。
シロホンは鋭く振り返る。
◇
「辛君何処ー!? あれ、これ前にも……」
一方、凪は涙目になりながら辛の後を追っていた。
その後ろを爪戯が歩く。
「辛のことだからそんなに心配しなくても良いのでは?」
「でも他にすることないよ、私ら」
爪戯が冷静に言うが、凪が食い気味に答える。
正直、戦闘力の高くない凪には、今のところ明確な役割がない。
爪戯には特に理由がなかった。
「確かに辛について来ただけだけど……ってか王? ってあんたの親じゃないのか? 行かなくて良いの?」
爪戯がふと疑問を投げかける。
二人は辛について来ただけだが、凪に関しては、王の身を案じるのが自然なはずだ。
けれど凪は、驚くほど心配していない。
「いや──……本当の親じゃないんであの人──……」
「!?」
凪がさらりと衝撃の事実を告白した。
爪戯の顔に冷や汗が流れる。
「向こうも私のことどうでも良さそうだし」
凪は王の態度が冷淡であることを、まるで他人事のように告げる。
「ああ、そう……」
「何、その反応!」
爪戯の視線は、気まずそうに空へと逃げていた。
「いや、オレも他人のこと言えないなって」
「んん~?」
爪戯の母・爪炎は息子に対して冷酷だった。
使えないなら死ね、と言わんばかりの親だったのだ。
ゆえに爪戯は、凪の家庭環境についてどうこう言える立場ではなかった。
そんな緩いやり取りをしていると、不意に爪戯の目つきが鋭くなる。
能力の気配。背後から何かが飛来した。
咄嗟に凪を突き飛ばし、背後に氷壁を展開して盾にする。
後方……氷で壁を作ってみたけど……
「大丈夫?」
「掠っただけ」
氷壁を貫通し、爪戯の方を弾丸がかすめていた。
凪が立ち上がり、慌てて駆け寄る。
前みたいに火力でも上げられたら──……この場を早く離れ──……
爪戯は雨神レイン戦を思い出しながら思考する。
氷を貫通するほどの威力なら、防ぎきれない。
次の瞬間、今度は前方から弾丸が飛来し、右腕をかすめた。
前から……!?
爪戯の目が見開かれる。
微かに鮮血が舞う。
狙撃手の姿が見えれば右眼も使えるけど……
爪戯は冷静に状況を分析する。
「あんただけでも逃げろ」
「逃げない!」
凪はしゃがみ込んだ爪戯に治癒をかけようとする。
爪戯と凪の前方、木々の影に軍人の姿があった。
左手を構えている。
「じゃあもう一発だけ受けるから、あとで治してもらうよ?」
爪戯は凪を背後へ押しやり、あえて一歩前へ出る。
乾いた音が響き、爪戯の右足を弾丸が貫くようにかすめた。
一撃貰うことになるけど、これで居場所は大体わかった。
そう確信し、即座に氷の礫を弾丸の飛んできた方角へと放つ。
無数の氷が木々を粉砕した。
「……!?」
居ない!?
しかし、そこに人影はない。居るはずの狙撃手の姿が消えている。
動揺する間もなく、今度は爪戯の左側から弾が飛ぶ。
左肩を抉り、赤が飛ぶ。
「爪戯君!!」
凪が悲鳴を上げ、爪戯の方を見る。
能力で移動した? 弾道を変えられる能力? それとも複数人?
ダメだ、相手が撃ってから反応したのでは遅い……。
爪戯は痛みに耐えながら思考を巡らせる。
「探知でもできれば──……」
右手で左肩を押さえ、苦悶の声を漏らす。
凪が駆け寄る。
『任せろ! とTさんがおっしゃっていますが、どうしますか?』
ぬっと、爪戯の足元の地面からキルキーが顔を出し、暢気に告げた。
あまりに唐突な登場に、爪戯の目が点になる。
◇
軍人は、爪戯たちの左側の木々に紛れ込んでいた。
失敗しただけでなく、辛と一緒に行動しているなんて……許せない。
そろそろトドメと行くか。
軍人は、以前の辛殺害任務に失敗した爪戯と、その一族を憎んでいた。
あろうことか、殺害対象だった辛と行動を共にしていることが許せないのだ。
軍人の首には、古びた鍵がぶら下がっていた。
軍人は右手を構える。
鍵が小さく揺れる。
──その微かな金属音を、ティーが聞き逃すはずもなかった。
次の瞬間、軍人の左わき腹を鋭利な氷が貫いた。
爪戯の氷だ。
な……何故居場所が……!?
軍人には理解できなかった。
完全に気配を消し、死角に潜んでいたはずの自分の居場所が、なぜバレたのか。
ここは一度退いて態勢を……!
そう判断し、首の鍵を手に取る。
しかし、その刹那、キルキーの刃が襲い掛かる。
鍵を握ろうとした手に刃が直撃し、軍人は鍵を取り落とした。
『やはり、鍵を持っていましたか』
キルキーが冷ややかに告げる。
その鍵は、かつて塩神も使っていた、空間を繋いで移動するためのアイテムだ。
こうなっては……
「辛殺しに失敗した、お前だけでも!!」
軍人は最後の力を振り絞り、左手を爪戯へと向ける。
だが──
鮮血が舞った。
軍人の額に、ぽっかりと穴が開く。
「姿さえ見えれば、右眼が使える」
爪戯は右眼を見開き、冷酷に言い放った。
軍人は即死し、音もなく地面へと転がった。
草むらから、ティーとウミリンゴが顔を出す。
「よくやった褒めて遣わす」
ティーがいつもの調子で軽口を叩く。
『最後トドメを刺すのが遅れてすみません』
キルキーが地面から現れ、丁寧に頭を下げる。
鍵を落とさせた後、即座に絶命させなかったことを詫びたのだ。
「いや全然大丈夫」
爪戯が答える横で、凪が「治癒!」と叫び、治療を開始した。
「ってか、何? 何をどうやって……?」
凪が治療の手を動かしながら、不思議そうに首を傾げる。
「オレが音を駆使して敵の位置を探知、それをキルキーに伝えてもらった」
ティーが得意げに答える。
自身の出す音波と、相手の発する微かな物音を感知し、居場所を特定したのだ。
「敵の最後の反撃は、右眼でダメージを返した」
爪戯も淡々と付け加える。
「最後……そういえば『辛殺し』がどうとかって言ってたけど……」
凪は不安そうに呟いた。
「多分辛達を家に招いたときのアレのことかと」
「?」
「どういうことよ」
爪戯の説明に、ティーは首を傾げ、ウミリンゴが追求する。
「辛を殺したい奴がいるってこと。しかも今ここに……多分だけど」
爪戯が推理を口にする。
辛を殺したい何者かが、この軍人を差し向けたのだ。
「じゃあ私達だけでもヤナギのところに向かうから、そっちはそっちでなんとかしなさいよ!」
ウミリンゴが割り切って言う。
凪は治療を終えると、まっすぐに前を見据え、辛の身を案じた。
……辛君。
その頃、辛の目の前では──かつての同僚・翠が、静かに刀を構えていた。




