No.100「狙撃ち」
「ちょっと……まずいことになってるかも」
「えっ!?」
デュオラスの深刻な声色に、凪と爪戯が声を上げる。
辛は無言で、シロホンは腕を組んで思案顔だ。
背後では、ティー、ウミリンゴ、ルリもまた、それぞれの反応を示していた。
「詳しい場所までは知らされてなかったけど、今読み取って理解した」
「?」
デュオラスの言葉に、凪と爪戯は首を傾げるばかりだ。
「あの場所に王の本体がいるんだ」
あの場所──霊脈近くの城に、玖の国の王本人がいる。
凪の目が見開かれた。
『居ますね』
「ちょっと待って! 神があの人を狙ってるってこと!?」
『はい、そうです』
キルキーの言葉に凪がすかさず口を挟む。
手を広げ、焦燥を滲ませてキルキーへと向き直る。
でもなんで、神が──……。
凪は思考を巡らせる。
いや、そういえば前にも──……。
塩神と石神が王を訪ねた日のことを思い出す。
神は王との接触を狙っている。だが、その真意までは分からない。
「まさか、助けに行かなきゃいけないとかいうアレ? 面倒っ!」
ティーが立ち上がって叫ぶ。相変わらず非協力的だ。
「あー……実はオレ、前に玖の国に訪問したことがあって……その時協力関係を結んでて」
デュオラスはティーの発言に苦笑いを返しながらも、事情を説明する。
少し前、デュオラスは玖の国を訪れていたのだ。
「どのみち神が関わってんなら、止めに行くべきだろうが!」
シロホンが怒号交じりに言い放ち、ティーの背中を蹴り飛ばした。
「え゛っ」と奇妙な声を漏らし、ティーが床に伏す。
「ちなみに、その時に兄とお兄ちゃんは出会ったのだ!」
ルリが補足する。
デュオラスは訪問の際、辛と出会っていたのだ。
「それより肝心なことを聞いてないわ」
ウミリンゴは酒箱を抱えたまま、ため息交じりに口を開く。
「結局神は何が目的な訳よ。狙いが王? なのは、なんとなく分かったけど……その先よ」
ウミリンゴの指摘はもっともだ。
王を狙い、その先に何があるのか。
「本物の神の復活──……」
デュオラスは低く、静かに告げた。
「は? そいつはあの人が──……」
シロホンがティーにプロレス技を決めながら問う。
下からはティーの悲鳴が木霊している。
「この世に現れることが出来なくなっただけで、死んではいないよ」
デュオラスが答える。
本物の神──真の神は討伐されたはずだ。
けれど、まだ生きている。
「本物……? え?」
凪と爪戯は目を丸くし、冷や汗を流して困惑した。
この世界の神は人間だが、唯一一柱のみ、本物が存在する。
「復活させるには王が必要。ただ、それだけではまだ完璧ではない。というか、具体的な方法は判明していないはず……」
デュオラスの表情にも焦燥が滲む。
「でも丁君の件もあるし、何か掴んだのかも……?」
その言葉に、辛の目が見開かれる。
「神が居るなら丁も?」
「どうだろう?」
辛が反応するが、デュオラスの答えは煮え切らない。
その後ろで、ティーはシロホンに完全に羽交い絞めにされていた。
「行って確かめるしかないね」
「……!」
ルリが決断を下す。隣のウミリンゴはルリをじっと見つめた。
次の瞬間──
「モドキさ~ん! 最高級のお肉用意したよ~!」
ルリは緩い笑顔で叫びだした。
「急にどうした!?」
凪がすかさず突っ込む。
隣の爪戯も目を瞬かせるばかりだ。
「肉と聞いて!」
モドキが白いマシュマロのようなフォルムで滑り込んできた。
「ちゃんと働いたらね」
「謀ったなああああ!」
ルリは冷静に条件を突きつける。
モドキが絶叫するが、ただでは肉にありつけない。
「きちんと仕事をこなせたら、好きなだけ食べていいから」
「やったぜ!」
ルリとモドキの間で契約が成立した。
「じゃあ送った後は──……」
「え゛~!?」
デュオラスがモドキに耳打ちすると、モドキは嫌そうに叫んだ。
凪は終始、その緩いやり取りを眺めていた。
「な、なんの騒ぎだ!?」
騒ぎを聞きつけたヒユが扉から顔を出す。
瞬間、シロホンの視線がヒユへ向かった。
そして、どこからか現れた木の板が、ヒユの顔面に直撃した。
「あ」
ヒユの後ろに居たアナナスが思わず声を漏らす。
一瞬、場に沈黙が訪れた。
木の板はもちろん、シロホンが能力で生成し投げたものだ。
「D、怪我人が出たようだ。あいつらは置いていく」
シロホンは腕を組み、床にひれ伏すティーの背中に右足を置いたまま言い放つ。
「DV野郎」
力なくティーが呟く。
「そこまでしなくても、気持ちは汲みますよ?」
デュオラスは苦笑いしながら答える。
あえて気絶させて戦場から遠ざけたのだと、誰もが察していた。
「こんなことしてる場合じゃないよね?」
爪戯も冷や汗をかきながら呟く。
「うん、急ごうか」
モドキが言う。
キルキーがモドキの額に刃の背を当てる。
位置情報の共有だ。
「あ……行ったことないから、近くまでしか行けない」
モドキの能力は、一度行ったことのある場所にしか転移できない。
「うちも兄も行けないから……みんな気をつけて」
ルリは笑顔を消し、真剣な眼差しで送り出す。
凪が力強く頷いた。
そして一同はモドキの能力で空間転移し、姿を消した。
残ったのはデュオラス、ルリ、気絶したヒユ、そしてアナナス。
行ったか……。
そう思いながら、デュオラスはその場に座り込んだ。
体力の限界が来たのだ。
息が荒くなる。
「で、兄は何を心配しているの?」
ルリが気絶したヒユを介抱しながら尋ねる。
アナナスが手際よく救急箱を取り出した。
「心配? してないよ。ただ……何故わざわざ一般人を利用しているのかが分からない。襲撃させるにしても、神本人がやった方が早いし確実」
デュオラスは息を整えながら答える。
額には汗が滲んでいた。
何か見落としている気がする──……。
そう思いながらも、その正体には辿り着かない。
◇
玖の国、城近くの森の中。
崖の上にモドキの能力が展開され、凪たちが現れた。
「!」
全員の目が見開かれる。
城の近くでは、王直属の兵と玖の国の軍人が激しく争いあっていたからだ。
刃が交じり合う音、血の匂い、もうもうと立ち込める土煙。
蒼穹と緑の木々にはあまりに似つかわしくない、凄惨な光景が広がっていた。
「何が起きて……? 争ってる?」
凪が崖から身を乗り出し、戦場を見下ろしながら言う。
背後で、ティーが頭の羽をわずかにピクリと動かした。
「人が操られて襲撃してるっぽい。もう片方は護衛かな?」
ティーが低く告げる。
軍人は何者かに操られ、襲撃を仕掛けているようだ。
応戦するのは王の直属兵。
「じゃ、おれは行くぜ」
モドキは別の目的の為に離脱した。
能力の応用で空間転移し、姿を消す。
「この音で操ってる」
「え? 聞こえないけど?」
ティーは頭の羽を動かしながら言う。
それに凪が疑問を返す。
「あの時聞いた音は、洗脳でもしている時の音だったか……今はオレにも聞こえんが」
シロホンも眉をひそめる。
撃神戦の前に聞いたあの音の正体は、軍人を洗脳するためのものだったのだ。
今は、聴覚の優れた蝙蝠であるティーにしか聞こえていない。
「どどど、どうすんの?」
凪が慌て、爪戯も冷や汗を流す。
ティーが一歩前に出る。
崖の上から、特殊な音波を発した。
瞬間、軍人たちの動きがピタリと止まる。
「止まった!?」
爪戯が目を丸くする。
「音で音を相殺してみた」
ティーが淡々と言う。
逆位相による音の打ち消し。
しかし、一部の軍人は止まらなかった。
「止まってないのもいるけど?」
爪戯が指摘する。
凪もティーも驚きに目を見開く。
「んんんんん?」
「一部動きを止めてるから、また別の能力で操作してるとか?」
ウミリンゴは酒箱を背負ったまま推測する。
「相手が音で操れるなら、あんたの音で操り返せないの?」
「無理」
爪戯の問いに、ティーは即答した。
「今動いてる奴らって、聞こえてなさそうなんだよな」
ティーが続ける。
一部の軍人は止まった。けれど残りの動いている軍人は、そもそも音が聞こえていないようだ。
音の能力は「聞かせる」工程が必要だ。聞こえていない相手には効果がない。
その時、辛が何かに気づく。
「なんて言うか、心がないって感じ──……」
ティーが呟く。
軍人の中には心を無くし、光で無慈悲に敵を葬る真白の姿もあった。
「あっ! 辛君!!」
凪の制止をよそに、辛が一気に崖を駆け降りた。
何かに向かって一直線に駆ける。
「待って!」
爪戯と凪も後を追う。
「おい、勝手に行くなよ!」
その姿にティーが声を荒らげる。
「仕方ない、動いているのはオレが印で封じるか」
シロホンがため息交じりに前へ出る。
印なら、触れさえすれば動きを封じられる。
その時。
少し離れた位置から、強烈な光が輝いた。
光線が一直線に空を切り裂く。
ウミリンゴの横を通り抜け──
シロホンの頭部が、貫かれた。
「あ」
ウミリンゴは振り返りざまに、間の抜けた声を漏らす。
ティーも目を見開き、振り返る。
シロホンの鮮血が、鮮やかに宙を舞った。




