表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/12

11

 身体が重くて堪らない。寝返りを打とうと試みるが、なにかが巻きついてくる。

 縛られているのか。もがくほどに、ぎゅっと全身に絡んできた。


「んん、っ……くるし……」

「おはよう、エレノーラ」

「!?」


 視線の先に飛び込んできた美貌。寝起きの思考には威力が凄まじく、すぐさま顔を覆った。

 美しさで殴ってくるとは、視界の暴力であろう。しかも、純白のドレスシャツがはだけている。

 すぐさま逃げ出そうと試みた。距離も近いし、心臓に悪い。だというのに、殊更腕の拘束が強くなる。

 仕方なく、薔薇色に染まる頬を隠しつつ、上目遣いに覗き見た。


「……お、おはよう、ございます……」


 柔らかく細められた瞳、薄く弧を描く唇。整った顔立ちに乱れはなく、緩く流れる銀糸から色香を放ち、エレノーラの反応を面白がっている様子だ。

 過剰に意識しているのがエレノーラだけみたいで、羞恥心に襲われる。

 恥ずかしいけれど、キリアンの腕の中は夢のように気持ちがいい。心はとても満たされていた。


「ずっと傍にいたのですか……? 嬉しい、です……」

「そうか………………く、っ……!」


 微笑みをこぼしたかと思えば、心臓を押さえて苦しみだす。エレノーラは顔面蒼白だった。

 よほど辛いのだろう。キリアンは荒い呼吸を吐きながら、シーツの上にふせって汗を滲ませている。首まで真っ赤だ。


「キ、キリアン、すぐにわたしが治して」

「今すぐ、愛してると……言ってくれないか?」


(どういう意味……?)


 今、求めるべき言葉ではないだろう。苦しくておかしくなってしまったのか。

 考えあぐねていると、潤んだアイスブルーの瞳が向けられる。真っ青に輝く眼差しで乞われたなら、エレノーラは跳ね除けられない。

 滑らかな頬に手をそえて、キリアンの相貌を正面から見つめる。


「わかりましたから、少し待っ」

「エレノーラ……死にそうなんだ……はやく」

「愛してます、愛してますからね、キリア、っん」


 声をかけた途端に、視界が反転した。気づけばベッドに押し倒されて、ぬくもりが重なっている。

 銀糸のカーテンに囲われる中、顔のいたるところに唇が触れて、華やかな香りが鼻先をつく。

 くすぐったさに吐息をこぼすと、腕の拘束が強くなった。


「きゃっ、キリアンっ、な、なにして」

「君と朝を迎えるのは、こんなに気分がいいものなんだな」


 小さな花をポンポン飛ばしてエレノーラの髪を弄び、全身で喜びを表現している。よく見ると、寝癖で毛先が跳ねていて可愛らしい。

 思えば、じっくりとキリアンの顔を見るのは初めてだった。高い鼻梁と滑らかな肌。崩れのない型の中に浮かぶ、透き通った高貴な輝き。

 薄く冷やかな海の色でも、エレノーラを熱っぽく映している。瞳にいる自分自身に笑いかけると、キリアンが感極まったように、エレノーラを胸の内に閉じ込めた。


「エレノーラ、ずっと私の傍にいてくれ……」

「わたしは何処にも行きません、けど……まだ、具合が悪いのですか?」

「うん、すまない……今は、このまま抱き締めさせてほしい」


 片時も離れたくないとばかりに、力強く腕が巻きつく。首筋に顔をうずめて、愛らしくすり寄る姿は、エレノーラの心を虜にした。

 銀糸の手触りを愉しみながら、あやすよう指先を滑らせる。


「もしかして、わたしが言ったことを気にしてますか?」

「君に傷痕を残してしまった罪は私にある」

「キリアン、わたしは責任を取ってほしいわけじゃないんです。正直に言葉にしてくれたら分かり合えますから」


 好きなこと、嫌いなこと。相手に望むこと、口に出して伝えたなら、理解し合える。

 完璧な人間なんていないのだから、足りない部分は互いに補えばいい。妻として、キリアンを支えるのがエレノーラの役目だ。


 さらりと銀糸を梳きながら、キリアンに言い聞かせる。キリアンは悩ましい表情を浮かべていたが、ふと口許が和らいだ。

 目の前にいるのは、皇弟でもグランドマスターでもなく、公爵当主でもない。単なるキリアンという男なのだろう。


「ああ、そうだな……私のかわいい(エレノーラ)




 ◆




 レティノアール公爵邸は城ほどの広さがあり、屋敷の修繕には時間がかかる。

 なにか手伝えることはないかと、皇宮の中を探し回っていたのだが、何処へ行ってもキリアンが現われた。

 眉間に皺を刻み、不愉快さを隠しもしない。


「何故、料理を? 手が荒れたらどうする!?」

「暇だと落ち着かないのです」

「そんなに重いものを持って怪我をしたら……いや、骨が折れるかもしれないだろう……!」

「わたしはそんなに貧弱ではありません」


 皿を持った程度で骨が折れるわけがない。意外にも、キリアンは心配性であった。

 キリアンから見れば小柄で頼りなく見えるだろうが、見た目に反して力仕事は慣れている。


 メイドたちと仲良くケーキを作り始めて数十分後。あとは盛りつけるだけの、完成まで目前という時だった。

 急に皇弟が登場したのだから、周りが萎縮するのも無理はない。

 どういうわけか怒っているし、じりじりと壁際に追い詰められては、エレノーラも諦めるしかなかった。

 先日のお礼も兼ねて、キリアンにプレゼントをするつもりだったけれど、またの機会にしようと思う。


「わかりました、部屋で大人しくしています」


 仕方なく厨房から離れようとしたのだが、キリアンはじっと見下ろしたまま動かない。人目のある場所で叱責されては、居たたまれなさが勝る。

 冷や汗を滲ませていたところ、腕の檻で捕らえていたキリアンが、耳元でそっと囁く。


「エレノーラ。一体、誰のためのケーキだ?」

「えっと、その、キリアンに」

「そ、そうか……ならいい」


 キリアンはボソボソと呟きを漏らすなり、サッと口許を押さえながら視線を逸らす。首を傾げて覗き込むと、目尻が赤く染まりきっていた。


(まぁ、どうしたのかしら……熱?)


 具合が悪くて苛立っていたのだろう。熱ならば、エレノーラは癒してあげられる。

 キリアンに近寄り額に触れようとしたものの、するりと避けられた。猫のような見事な動きに、エレノーラも意地になる。


「熱があるのでしょう? わたしが治しますから、じっとしててください」

「いや、ちが……いいからッあ、ちょっ、な」

「っ、あ……」


 背伸びをして迫ったとき、バランスを崩しキリアンの上に倒れてしまった。

 すぐさま起き上がろうとしたものの、腰にぎゅっと腕が絡みつく。


「こんな、場所で、私を襲うなんて……」

「ち、違います……っ」


 周りで成り行きを見守っていた使用人たちが、一斉にザワつきはじめた。背中にたくさんの視線が突き刺さる。

 羞恥心を煽られたエレノーラは、キリアンを押し退け逃げ出していた。顔が熱くて堪らない。

 遠ざかるエレノーラの背を眺めつつ、キリアンは床にふせっていた。


「ふ、ふふっ……か、かわいいな……エレノーラ……」


 顔を覆って身悶えるキリアンを、目を見開いて見つめる使用人たち。異様な空気が漂いはじめる。


「殿下が笑っていらっしゃる……」

「はじめて見たわ……いつも無表情で近寄りがたい印象だったのに」

「ねぇ、奥方さまを監禁してるって噂……本当なんじゃないの?」

「ああ、毎日薔薇をかき集めてたって話もあったぞ」


 一同が隅に固まって、恐る恐るキリアンの様子を窺う。ふとキリアンが立ち上がり、ジュストコールを(はた)いて身なりを整えた。

 さっきまで笑みを浮かべていたのが嘘のようだ。乱れた髪を掻き上げたかと思えば、真顔で使用人たちに冷ややかな眼差しを向ける。


「ねぇ、君たち。エレノーラが作ったケーキ、厳重に保管しておいてくれ」

「は、はい……かしこまりました……」


 足早に立ち去る背中を眺めながら、使用人たちは呆然と立ち尽くしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ