第1話:宮本玲奈
朝、オフィスに入った瞬間、空気がいつもと違った。
ビジネスチャットの通知が鳴り止まない。
――絶対に“恋愛リアリティネタ”のせいだな。
「Amasonの件って、その後どうなってる?」
麻里はウンザリした表情で、タブレットのニュースサイトを私に見せた。
そこには――。
“Amason Stream”/“The Queen’s Choice Japan Season5”/『滝沢ミラ、唯一の逆指名』。
その下に、世界中でバズっているハッシュタグ。
#NaoyaIchinose
#Queen’sChoice
#GlobalLoveWar
#GAIALINQvsAmason
「……は?」
声が裏返った。
「これ、公式……? ガチ?」
「ガチ。」
麻里の返事は一言だけだった。
「Amason Stream公式が“逆指名先:Naoya Ichinose(GAIALINQ COO)”って出したの。夜のうちに」
(うわ、マジでやったんだ……)
滝沢ミラ。
“日本が世界に誇るミューズ”なんて言われてるけど――
よりによって、直也さんを恋愛リアリティ番組のターゲットにするとは。
「……もう、世界が終わった気がする」
私はコーヒーを一口啜り、頭を抱えた。
亜紀さんが出社してきた瞬間、場の気圧がさらに上がる。
「おはようございます……って、何この騒ぎ?」
麻里と私が顔を見合わせて無言。
代わりに莉子がタブレットを差し出す。
「……これ、見ました?」
画面の中央――笑顔の直也さん。
ダボス会議のスピーチ映像の切り抜きに、Amasonのロゴ。
そしてキャッチコピー。
> “THE MAN WHO MAKES THE WORLD THINK —
> BUT MAKES ONE WOMAN FALL IN LOVE.”
(世界を動かす男、一人の女を恋に落とす。)
――Amason、ふざけんな!
「……」
亜紀さんが深く息を吸い込んだ。
「広報は? コメント出してないの?」
「“事実関係を確認中”ですって」
「この会社、いつまで“確認中”なのよ!? 地球の自転止まるまで確認してる気?」
「ていうか、Amasonがケンカ売ってきてるんですよ! GAIALINQが正式稼働したら、Amason Data Serviceとガチ競合なんですから!」
「広報から“この機会をブランド露出のチャンスに”とかメールきてたけど?」
「――はああああああああああ!?」
オフィス全員が振り返るほどの声だった。
(出た、新堂亜紀、噴火モード。)
「なにが“チャンス”よ! ウチのCOOを恋愛コンテンツに巻き込む気!?」
「“地熱が育む熱い愛”とか、キャッチコピー案まで出てるみたいですよ……」
「誰だ!そんなポエム考えた大バカヤローは!?」
「五井物産広報本部長みたいですよ」
「もう首絞めてやりたいわ!」
そのとき、麻里が静かにノートPCを操作していた。
「……株価、上がっているわね」
「は?」
「五井物産の株、寄り付きから+2.3%。Amasonとの“関係強化の憶測”が海外で出回ってるみたい」
「最悪だわ……!」
SNSはさらに沸騰していた。
Xでは『#Queen’sNaoya』がトレンド1位。
海外メディアもすでに取り上げ始めていた。
> “The gentleman – GAIALINQ COO who may have stolen the world’s heart.”
(世界の心を奪った紳士――GAIALINQ COO。)
「……いや、奪ってないから!」
亜紀さんが画面に向かってツッコミを入れた。
「このままだと、海外から“恋愛データセンターの五井物産”とか言われそう……」
「ほんと、Amasonのコンテンツ部門って悪魔ね」
亜紀さんが唸るように言った。
「GAIALINQのクリーンな理念に“恋愛バズ”を混ぜて、向こうのプラットフォームに引きずり込むつもりなのよ」
「確かに、戦略的にはすごく上手い。敵ながら天晴れですね」
「玲奈、そういう冷静な分析いらない」
「すみません」
「ねぇ、肝心の直也くんは?」
亜紀さんはイライラしながら直也の席を見た。
「今日は午前中、栗田自動車との打ち合わせで、先方の東京本社に直行だって」
私は答えながら、あの広報担当の彩花さんの顔を思い浮かべた。
「絶対、彩花さんのおもちゃになってるね……」
「たぶんね……」
昼前、本社受付が記者で溢れた。
GAIALINQフロアの広報スペースは完全にパンク。
メディアが“RICOへのコメント”を求めたせいで、高田さんと莉子まで『作戦会議室』に避難してきた。
またSNSの通知音。
《Amason Stream公式:滝沢ミラ氏、コメント予告 “It’s not about love. It’s about respect.”》
(愛じゃなく、敬意の話――ですって?)
会議室に沈黙が落ちた。
莉子がぼそっと言う。
「……敬意って、何の?」
亜紀:「ダボス会議のときじゃない?」
麻里:「だとしたら……ちょっとイヤね」
玲奈:「なんか、“裏で会ってたんじゃないか”って流れになりそう」
亜紀:「そんな事実、あろうがなかろうが、もうネットは勝手に作るわ」
莉子:「つまり、もう詰みってこと?」
玲奈:「……詰みです」
窓の外には、薄い雪が舞っていた。
冷たい風がガラスを打つ音がやけに響く。
GAIALINQはAIと地熱を結ぶ挑戦だったはずだ。
けれど今、世界が結びつけようとしているのは――恋愛リアリティと五井物産。
そう思った次の瞬間、
ニュースサイトの更新通知が鳴った。
――そこには、“一ノ瀬直也・公式コメント”の文字があった。