魔王と魔国
ある大陸に、魔国と呼ばれる国があった。ここにはいわゆる人間族以外の、人間族に魔物と呼ばれる生き物たちが住み着いていた。
小さいものはスライムから、大きいものはドラゴンまで。エルフやドワーフ、オークにゴブリン、動物・両生類・爬虫類タイプのものなど、いわゆる魔力と知識を保持するもの、をこの世界では人間族が魔物と呼んでいる。
彼らは魔国の中にそれぞれ棲み分けたり、共存しながら『魔王』を頂点に国を形成している。
とはいえこの魔王は、前の魔王が没したのち80年以上たたないと次が生まれない。
そんな魔王が80年ぶりに誕生した。
王城ではリザードマンの宰相を中心に魔王担当の子育て班と教育係を結成し、それはそれは愛情たっぷりに育てた。人間族とは違い、魔国では赤子として生まれても3か月で歩くようになるし、半年で普通に歩けるようになる。また2か月ごろにはたどたどしいながらも会話もできる。要するに成長が早いのだ。そして今回の魔王は、エルフと鬼族のハーフで、頭に二本の角を持ち、耳はエルフの特徴であるとがった長い耳をしている。体つきは大きくならないとわからないが、鬼族側に寄るか、エルフ側によるかのどちらかになる。まだこの子供魔王はどちらでもないムチムチのお子様体形で、教育係たちの顔を綻ばせている。
魔物の特徴として、生まれた時から知識を有している点があげられる。これはいわゆる魂と言われるものが引き継がれるからで、スライムでも生まれてすぐに親から離れて一人でエサを取り、生活していけるのだ。
魔王は生活面だけでなく今までの魔王の知識も持ち合わせており、年齢と共に徐々に思い出していくのではあるが、魔王の臣下も同じように生まれた時からその役割を理解している。
魔王は3年程度はひたすら甘やかされて育てられる。もちろん王にふさわしい教育は受けるが、もともとその知識もあるため、教育に苦労することはほとんどない。王としてのマナーを思い出すための教育とでもいおうか。
なので教育時間以外はのびのびと育てられており、3歳になった今日も王城の裏手の草原を、侍従のリザードマン宰相の息子と共に走り回って遊んでいる。
それを見ながら宰相は、そろそろ本格的な教育に入るように、と教育係に告げた。
今までは1日に30分程度だった勉強の時間が、午前中いっぱいに増やされた。とはいえ1回の授業は30分、15分の休みを挟んで次の授業で3科目だけだが。
魔王は知る事は楽しいと、喜んで授業を受けた。特に本を読むのが好きで、言語学も面白いと積極的に学んだ。6歳でほとんどの講義を終え、体術、剣術、そして魔法の使い方を学び始めた。
それ以外の時間は自由で、魔王は城に集められた、歳の近い魔族の子供たちと楽しく遊んですごした。大人たちも積極的にかかわり、魔王と言えど間違えた行いには厳しく叱り、抱きしめ、全員が愛情をたっぷりと注いで過ごした。
魔王はペットとしてスライムと飛び跳ねウサギを可愛がり、一緒にベッドで寝るほどだった。大人たちはその姿を可愛いと、絵師を呼んで何枚も描かせた。
魔王の可愛い絵画は、その複製を市井のものにも販売し、売り上げはすべて国と国民のために使われた。
8歳になると魔国内の各種族を周り、長と種族たちと交流を深めた。小さくても礼儀正しくすでに魔王の貫禄もある子供に、おおむね好意的に受け入れられ、魔王も宰相も侍従も楽しい日々を一緒に過ごした。
12歳になると少しずつ国政にかかわり始める。魔族は成長が早いとはいえ、この年での国政へのかかわりは魔王以外は行わない。元々魔族は成長も早いが寿命も長い。ドラゴン族に至っては寿命が良くわからないほどだ。宰相のリザードマン族でも100年ほどは現役だ。魔王と友達のその息子が自分の跡取りとして仕事を始めるのは、普通なら早くても30年ほどしてからだろう。
宰相は前の魔王とも付き合いがあった。すでに大人であった魔王と短期間ではあったが、仕事もしている。息子は魔王が仕事を始めるなら僕も、と親について一生懸命学び始めたところだ。
まだ年若い魔王は、夕方5時以降と、週に2日は自由時間だ。それまでは仕事にいそしみ、休みの日は子供たちと駆け回って遊ぶ。仕事が出来ないと泣く日もあるが、その時は周りが支え、泣く魔王を抱きしめる。
そんな愛情に囲まれて、魔王は毎日を楽しく過ごしていった。
魔王は時にはわがままも言う。あれが欲しい、これが欲しい、あれをやってみたい、これもやってみたいと。宰相たちはそれが高額でない限り与え、やらせた。楽器に興味を持ち、バイオリンというエルフ族が考えだし、人間族でも流行している楽器を欲しがった時には、エルフ族に専用の楽器を頼み、200年前に作られたという最高の出来の楽器を与えた。本来高額なこの楽器は貸与という形でお安く貸し出された。魔王はそれを非常に大切に扱い、練習に励んだが、残念ながら才能がなかったらしく、しばらく続けても騒音にしかならなかったので泣く泣く諦めて、楽器は返却した。エルフ族も非常に残念がったが、こればかりは仕方がない。
知識は魂が引き継いでいるが、適正はそれぞれによって違うのだ。現に3代前の魔王はバイオリンの名手だったという。
その後いろいろな楽器を試したところ、ピアノと呼ばれる鍵盤楽器には適性があったらしく、すぐに上達したし本人も喜んで練習を重ね、城内でミニコンサートを開くほどには素晴らしい演奏が出来るようになった。
おかげで魔族のピアノ曲作曲家たちが涙を流して喜んだ。指の数が種族によって違う魔族では、ピアノはマイナーな楽器だったのだ。それを魔王が弾いてくれたというので彼らは手に手を取って喜んだし、魔王へ捧げる曲もたくさん作られた。
15歳に成長した魔王は、エルフ族の外見を色濃く残して成長していた。頭の角は鬼族らしく力強いものだが、白い肌、銀色の長い髪、美しい顔、そしてすらりとした肢体。鬼族の血で多少エルフよりはがっしりしているが、しすぎておらずちょうどよい塩梅で、誰がどう見ても美しい外見だった。城のものたちはそんな魔王を飾り立てたり、いろいろな意匠の衣装を着せたりして本人も周りも楽しみながら国政にかかわり続けた。
このころから体術でも成果を出し始め、指南役のオーク騎士隊長にも褒められるようになっていた。剣術も体術も合格点だと、ガハハと笑いながら若き魔王の背をバンと叩き、それでむせる魔王をみて、宰相に怒られ、魔王が取りなし、感極まった騎士隊長が泣くという面白い状況も見られた。
18歳になった時、若き魔王は、正式に魔王となった。
その美しいシルバーの髪に王冠を戴き、魔王の証の杖を持ち、マントを羽織った若き魔王はとても美しく立派で、城のものは皆、むせび泣いた。
そしてエルフ魔導士の指導で学び続けた魔法を撃つことにより、魔王就任の儀式が完了する。
若き魔王は魔王城の屋上に上がった。周りには遊び仲間や教育係、世話係、宰相や騎士団長といった親しいものたちが集まっている。
屋上の所定の位置に付くと、エルフ魔導士に教わった通りに、魔王は全魔力を杖に集め、それを一気に空に放った。
まぶしい光のようなそれは上空高く上がり、ある高さに到達するとそこから円を描くように広がり、魔国を覆った。
エルフ魔導士はそれを見届け、満足そうに若き魔王に言った。
「見事です。これでこの国は100年、あなたの結界で守られます」
「良かった」
若き魔王はそれだけ言うと、そのまま崩れ落ちた。すぐにエルフ魔導士が支え、騎士団長が横抱きに抱え上げた。
「魔王よ、良くやった! お見事ですぞ!」
「倒れてしまって、面目ない……」
「何をおっしゃる。国土を覆うほどの大魔力の放出。意識があるだけでも凄い事ですからな」
「……ありがとう」
汗だくの若き魔王は、魔力の放出で疲れ切り、指の一本も動かせない状態だったが、どうにか魔王の杖だけは握り続けていた。それを宰相がそっと指を外し、杖を預かる。
魔王はそのまま騎士隊長に運ばれて自室に戻った。見届けた者たちは皆、魔王と、今張られたばかりの結界を見て涙ぐみ、そして笑顔を周りのものたちとかわし、魔王に続いて階下に降りて行った。
****
「大変です! 魔国にて魔王の復活を確認しました!」
「なんだと!? とうとうこの時が来たか……。 勇者の準備は出来ているのだろうな! すぐに討伐に向かわせろ!」
「はっ!」
大陸全土の人間族は、魔国での大量の魔力の放出で魔王復活を感知した。人間族の国と魔国の間には高い山がそびえて立っており、さらには人間族ののふもと地帯には大型の狂暴な獣が、魔国側には大型の動物型魔物が棲んでいる。そのせいで、一番近い人間族の国から魔国までは、移動するだけでも1年以上の時間がかかる。
人間側のどの国も、魔王の復活による、魔国から人間側への侵略を非常に警戒していた。大体100年おきに起きるそれに対抗すべく、人間側は山のふもとの道を切り開き、整備し、攻め込まれないように門を作り、軍隊を育ててきた。
同時に勇者と呼ばれる魔力にも体力にも知力にも優れたものたちを集め、養成してきた。勇者の力になる仲間も育てるべく、魔術、体術、剣術とそれぞれに必要な学問を教える学校を作り、選抜しつづけてきた。その成果を発揮すべく、各国で勇者一行を魔国に向かわせた。
狂暴な獣が棲む麓を切り開き、整備する際には各国の学校から派遣された生徒たちが命がけで戦った。それが経験になるからだ。それだけでも多くの若者たちが命を落とした。前回の魔王討伐隊から約100年たち、山への道は整備されつつあるがそれでもまだ開発できていない場所も多い。山を越えるのも一苦労だ。幸いなのは、高さはあれどそれほど険しくない山だという事だろうか。それに中腹まで登ってしまえば狂暴な獣はいなくなる。代わりに食料になる動物もいなくなるから、山を登っている最中に空腹で倒れる一行や、毒をもつ草花を代わりに食べて命を落としたり、継続不能になる場合もある。
今回も15か国から勇者一行が派遣された。一番遠い国からは麓に付くまでに3年近くかかる。
できればどの国も魔国に一番乗りをして、一番に魔王を倒したい。そうすれば自国の評価を上げる事ができるからだ。だが長年の戦いで、結局一つのパーティだけでは途中脱落が多すぎて魔国に到達するのに時間がかかりすぎるし、犠牲も多い事を痛感した。
軍隊を出せばよいが、他国を通過しなければいけない場合、その国を攻撃してくる可能性もあり─事実、過去には魔王討伐と称して隣国を襲撃した例もある─、その意思が無い事を表明するためにも少人数のパーティを派遣するしかないのだ。
そうしてその繰り返される歴史の中で、各国の最強のパーティが協力して進むことが一番、魔国への到達人数も多く、時間も短縮されることに気が付いた。
とはいえ一番遠い国のパーティがそろうまで1年も待ってはいられない。そこで魔国から遠い国々は移動手段を開発した。馬や馬車ではなく、歩くより早く疲れないモノ。馬車を小さくして、馬と御者の代わりに方向を決めるハンドルを先頭に付け、馬車のタイヤを前に2つ、後ろに2つ付け、馬車の屋根を取り払い、それぞれのタイヤにチェーンとギア、ペダルなどを取り付けて、4人~6人で漕ぐことでタイヤが回るようにした。
あまり格好良くないという話もあるが、全員で漕げば相当な速さで走れる。道が悪いと速度も落ちるので、そのための道の整備もしてある。
この移動装置の名を自力でタイヤを転がして走る車、自転車と名付けた。遠い国の者はこれに乗って移動する。今までも何度も計測したが、これにより移動がなんと5か月に短縮されたのだ。
ただこの自転車には、一行にとっての欠陥がある。まずは移動を優先とするために、途中で大物動物と戦って経験を重ねることがしにくい。
また足が疲れて戦えない。しっかりとした休養が必要で、しかしこれで魔国に近い国まで到着したころには、非常に足腰は鍛えられている。
経験と足腰、どちらが必要かという話になるが、自転車は山越えでは使えないが、足腰がそこで威力を発揮する。しかし魔物を倒す経験が他よりはすくないので、山を越えた後に倒されてしまう可能性が高い。
近くの国の勇者一行は麓で経験を重ねて遠くの一行が到着するのを待っているが、気の短いパーティは国の命令を無視してさっさと進んでしまう者たちが必ず出る。だが山越えで苦労し、越えた先でも初めて見る魔物に苦戦する。
他の一行が間に合えばいいが、そうでないとたいがいここで怪我により脱落する。
結局2年後に魔国までたどり着けるのは、2~3パーティだ。その上魔国に入れば、魔国側の騎士隊長や魔導士といったつわものが彼らの相手をする。人間より大きく、力も強い騎士隊長に1パーティは潰され、膨大な魔力と魔法を操る魔導士に1パーティがつぶされた。
そうして最後まで残ったパーティが今、魔王城にたどり着き、謁見の魔の壇上に座る魔王と対峙している。
「我々はテスラ王国から来た! 私は勇者ニコラ! 悪の権現、魔王を打ちとり、平和を勝ち取りに来た!」
魔王は後ろに控えていた宰相を、手を振って下がらせた。
「ようこそ、勇者一行。よくぞここまでたどり着いた。敬意を表して、私が自ら相手をしよう」
魔王はそういうと、腰に剣を差し、片手に魔王の杖を持ち、優雅に階段を降り始めた。
それを見て勇者一行─勇者ニコラ、剣士シン、魔導士マドウ、聖女ドンナ─はそれぞれに構える。
「まあまて。ここでは狭くて戦いにくいだろう。その扉から進むと中庭にある決闘場に出られる。いくらでも暴れられるから、そこへ移動しよう」
「何故だ! 逃げる気か!」
叫ぶ勇者に魔王はゆっくりと頭を横に振った。
「城で暴れられたくない。ここには私だけではなく他のものもいるんだ。─まさかとは思うが、お前たち、私だけでなくここに居る全員を虐殺するつもりか?」
「そ、そんなつもりはないわ! 必要のない戦いなんて、お前たちと違って私たちはしないわ!」
震えながらも甲高い声で叫ぶのは聖女と呼ばれる回復役だ。アレの出す浄化魔法とやらは魔国のものたちに悪影響を及ぼす。
「私も被害を最小限に抑えたいだけだ。ついてこい」
階段を降りてくるにしたがって魔王の顔がはっきりと見えるようになる。その美しさに勇者一行は唖然としたが、体から出る魔力の大きさに同時におののいた。
優雅で美しい魔王は、歩き方も美しかった。自国の太りに太って転がったほうが早いのではないかと思う王よりも、よほど王らしい。
「見た目に騙されてはいけません! あれはきっと、魅了魔法を使って我々を陥れようとしているのです!」
「そ、そうね!」
「もしかしたら、そこに行くまでに魔物が襲ってくるんじゃないか?」
「そうかもしれない。魔王を逃がさないためにもついて行くしかないだろう。用心しながら進むぞ」
勇者一行は敵意を隠さず、油断しないよう剣や杖を構えたまま、魔王について行った。
階段を降り切った魔王はそのまま左手の扉を目指し、進んでいく。背の高さは勇者の頭が魔王の腰当たりだろうか。がっしりしているというよりは程よく筋肉が付いているように見える。
扉に近づくと手をかざしてそれを開け、ちらりと振り返って勇者一行が付いてくるのを確認して、謁見の間を出て行った。勇者一行が慌てて後に続く。
しばらく廊下を進む。魔王城は人間の国の富豪の家程度の大きさだった。勇者一行はまずそれに驚いた。自国の城の方が数倍大きい。しかも内部には置かれているものは多分非常に高価な品なのだろうが、物があまりない。魔物もほとんどいない。先ほど見た魔王の後ろに控えていたものと門番位だ。門番は倒そうとしたがその前に逃げられたのだが。
暗い廊下をしばらく進むと、突き当りに扉があった。魔王がまた手をかざすと自動的に開く。
開いた扉から明るい光が差し込んだ。外だ。
魔王は迷わずに外に出る。勇者一行も外を用心しながら進んだ。
馬車が通れそうな広さの通路で、両側には植え込みが広がっている。そこをしばらく進むと、いきなり広い草原が現れた。
さらに魔王は進むと、くるりと振り向いた。勇者一行はすぐさま身構える。
「ここはただの草原だ。だが見ての通り何もないから、お前たちも遠慮せずに大技を放つといい。もちろん私も放つが」
「……」
「お前たちは私を倒しに来たのだろう? であれば、お前たちが私を倒せた後、他のものたちには手を出さないでほしいのだが?」
「それは……」
「先ほども訊ねたが、この国の国民を虐殺しに来たのでなければ、私だけで満足だろう?」
「……俺たちは、魔王を討伐に来ただけだ。我々に戦いを挑んでこないのであれば、我々も手を出さない」
国からの命令はそうだ。それに自分たちは物心ついた時から、魔王を倒すためだけに日々を費やしてきた。だが魔王を倒した後は考えていなかった。国からも命令されていない。
魔王を倒すために立ちはだかった者たちは倒してきたが、そのほかのものは考えていなかった。だが魔王が『虐殺』という言葉を使った事で、もし「そこにいる」だけで切り捨てたりしたら、自国で叩き込まれてきた『魔王は冷酷無比の殺戮者』と同じ者になってしまう。
勇者は一行を見回し、全員が頷くのを確認した。
「我々は、魔王以外で、我々に挑むものがいなければ、一切手を出さないことを誓おう」
「よし。まあそれは私を倒せたらの話だがな」
「魔王も人間に手を出さないと誓ってくれれば、私たちもあなたを殺さないで済むのだけど」
聖女の言葉に、魔王は方眉を上げた。そんな仕草も美しい。
「勝手にこの国に攻めて来たお前たちが言う言葉とは思えないな」
「な、なんですって……!」
「我々を攻撃してきたのは、お前たちだろう!」
剣士に魔王が返す。
「この国に勝手に入ってきた者、しかも武装して王を狙おうというものを排除するのは当然の権利だ」
「なんだと!」
「まあいい。何にせよ、お前たちは私と戦いに来たのだろう? 余計なおしゃべりはここまでにしてようか」
その言葉をきっかけに、魔王対勇者一行の戦いが始まった。
魔王は強かった。右手の剣と左手の杖で応戦した。勇者が切り込めば剣で防ぎ、魔導士の魔法を魔法で撃ち落とし、剣士の剣は魔法防御で防いだ。剣も魔法も魔王の方が強く、勇者と剣士は何度も切られた。そのたびに聖女が回復魔法を掛ける。
魔導士も大技の魔法攻撃を、二人の攻撃の合間に仕掛けてくる。
「いい連携だな」
「俺たちの一生をお前の討伐に掛けてきているからな!」
力尽きた他のパーティの分も、自分たちが頑張らなくてはいけない。脱落したパーテイは自分たちに必要最低限のアイテムを残し、他は自分たちや他のパーティに託していった。
最後に魔導士と一緒に戦ったパーティも、装備も含めて自分たちに託してくれている。
魔導士と聖女が回復魔法と支援魔法を躊躇せずにかけ続けられるのも、魔力ポーションを大量に持っているからだ。もちろん勇者も剣士も回復ポーションを持っているが、彼らの回復魔法の方が効き目が早い。
身体強化と速度効果の魔法で、人としてあり得ない速度で勇者と剣士は魔王に切りかかっている。それを簡単にさばく魔王。
どれだけの時間、戦い続けただろう。高かった太陽が傾き始めている。
いくら回復魔法があっても、ポーションを飲んでも取れない疲労が人間側に溜まり始めた頃、気力を振り絞って勇者と剣士は同時に魔王に切りかかり、魔王は一振りで二人を弾き飛ばした。
その時だ。
後ろで魔力を温存しながら遠距離魔法を撃っていた魔導士が、長い呪文を唱え終えて大技を魔王に叩き込んだ。このタイミングを作るために、勇者と剣士は魔王が気が付かないように攻撃を重ね、しかも魔王の反撃で飛ばされるようにしたのだ。
魔導士が編み出した、特大の火球と最強の電撃を合わせた技が、見事に魔王にさく裂した。
その爆風が一行をも襲うが、それは聖女の防御魔法で防いだ。
そして爆風と爆発が収まると、魔王がいた場所だけはそのままだが、その周りは深い穴が出来ていた。
「あれでも倒れないのか!」
魔導士マドウの叫びが上がる。このために温存してきた魔法だが、これよりも威力を下げたもので直前に対峙した魔国の魔導士を倒したというのに。
その叫びに魔王がギロリと一行を睨みつけた。美しい顔は煤で黒ずみ、美しい髪も黒く焦げている。それでも魔王は美しかった。
「死ねええ!!!」
叫んで剣士が切り込む。魔王は左手の杖で剣士を払った。
ドムッ!
その直後に突っ込んできた勇者に胸を貫かれる。
勇者の剣は魔王の胸を貫通した。魔王が無表情で勇者を見下ろす。そしてその右手が動いたのを感じ、勇者は剣を引き抜きながら、飛びずさって叫んだ。
「とどめを!」
ザシュ、と魔王の背中から血が吹き出す。弾き飛ばされた剣士が後ろに回り込み、魔王の背中を切りつけたのだ。
さらにとどめとマドウが残りの魔力を使って電撃攻撃を浴びせる。
電撃攻撃が消えると、魔王はゆっくりと膝をき、その後うつ伏せに倒れた。
魔法攻撃の余韻で風が吹き、それが止まっても、魔王は動かなかった。
「勝った……のか?」
「確かめてみよう」
勇者ニコラは火球を魔王に向かって投げた。中級魔法の火球は速度を伴って倒れている魔王に命中する。その体が一回だけ跳ねたが、それ以上の反応はなかった。
さらにニコラが近づいて、剣でつつくが反応はない。剣士も近寄り、魔王の体を足でけって仰向けにした。
「念のためだ」
ニコラは魔王の腹に剣を突き立てた。反応はない。剣士は魔王の足を切り落とす。
「反応がないわ。魔王は死んだわ!」
「魔王を倒せたのか……」
「ああ……!」
一行は疲労困憊だったが、倒せた喜びで全員で抱き合い、喜んだ。
「長かった旅もこれで終わりだ!」
「早く国に帰りましょう!」
「ああ。その前に証拠をもっていかないとな!」
ニコラはそういうと、魔王の首めがけて剣を振り下ろした。
**********
勇者一行が去った後、宰相が草原に現れ、魔王の元に駆け付けた。
「……魔王」
そこには首を切り落とされ、魔王の証である宝冠や、両手、両足に付けていたアクセサリを取るために手足を切り落とされ、腹部をめった刺しにされた姿の魔王の遺体があった。
立ち尽くす宰相の元に、魔王の従者や宰相の息子、魔王にかかわったすべての者たちが泣きながら集まる。
そこには倒されたはずの騎士隊長の姿もあった。
「ひでえ……。せめて倒しただけで終わらせてくれれば、俺みたいに回復もさせられたのに……」
「王冠だけでなく、魔王の杖と剣も持ち去られた」
「それらがあれば魔王を倒した証明になるだろうに、どうして、魔王の首までもっていかなきゃいけないんだ!!」
傷だらけの騎士隊長の押し殺した叫び。それは全員の想いだった。
宰相はその場に膝をつき、涙をこぼす。
「魔王、最後のお勤め、ご立派に果たされましたな」
「どうして人間ってやつらは、ここまでひでえことをしやがるんだ……! どうして何もしない俺たちを勝手に敵に認定して、何もしていない魔王を殺すんだ!!」
「それでもこれで、80年は平和が保たれる」
「こんな犠牲を払って、たった80年かよ……!」
*****
「魔王様。魔王様の使命を、覚えていますか?」
魔王がまだ4歳の頃。宰相は尋ねた。
「うん」
「それはどのようなものでしょうか」
「魔王は、魔国のために、勇者一行に倒されなければならない」
いつもの微笑みを浮かべたまま、魔王が答えた。
「……その通りです」
「今回もまた、勇者一行がくるのかなあ」
「残念ながら、確実に来ます」
「そっかあ。僕はそこで、勇者一行が全滅しないように戦って、かれらに倒されなければいけない。この国のために」
「はい」
「それでこの国の平和が保たれるんだよね」
「その通りです」
「うん。僕の魂は僕が死んだら、80年くらいかけて次の魔王として生まれ変わる。だから、死は悲しいものではないんだよね」
「……我々は、魂で情報を引き継ぎます。私も死んだら、しばらくして適性を持つ我らの中に転生します」
「うん」
「ですから、私の魂は歴代の魔王様を覚えています」
「うん」
「あなた様のことも、ずっと覚えていますよ」
「……うん」
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人間の国はある時から何故か魔国を敵視し始めた。そうして魔王が結界を張る魔力を感知して、少人数で攻め込んでくる。
これは、人間国にとって共通の敵がいた方が都合が良いからだった。人間国同士、どうしても争いが起きる。だが魔国という共通の敵がいたらどうか。
魔王を倒すべく国内で『勇者一行』を育てようという風潮が生まれる。どこの国よりも早く魔王を倒すべく、いろいろな学校が作られ、子供のうちから打倒魔王に向けての訓練をすることで、国民全体に魔王が敵であるという意識が植え付けられる。
力だけでは無理なので遠距離攻撃の出来る魔法使い系や、そこから発展した回復系、更には飲んだだけで回復力を高める薬を作る製薬部門などが発展した。そしてその成果を確かめるために、約100年ごとに訪れる魔王復活を利用する。
勇者たちを育てるために他国と戦争などしている暇はない。そして魔王を倒せた勇者を育てた国は、次の魔王復活まで多くの支持を受けられる。
人間国同士の争いも避けられる共通の敵、魔国。それが本当に人間を敵視しているかなど、正直どうでもいい。人間たちにとって魔王はただの討伐対象であり、褒美がもらえる宝なのだから。
そんな風に勝手に脅威だと断定して、勝手に攻め込んでくる人間族だが、それに魔国がいちいち付き合う必要がない。魔国は元々がそんなに好戦的ではない国なのだ。そこである時の魔王が考え出したのだ。『自分が犠牲になれば、人間は満足して帰っていく。それが一番魔国の被害が少ないやり方だ』と。
山を越えてきた人間たちは、魔国側山のふもとに居る魔動物や魔物が平時より少ない事に気が付くことはない。それは人間が出撃した連絡を受けたら、すぐに避難させているからだ。
逃げ遅れた魔動物や、歳をとって移動を諦めているものたちが山を越えてきた勇者たちと戦い、犠牲になる。これも全員が逃げていたら人間側が不審に思うから、必要な犠牲だ。
その後、森を超えた勇者たちに気が付かれないように、さびれた街へと誘導する。その際に騎士隊長と魔導士らが待ち構え、一行の数を減らす。この時に本当に強いパーティ相手だと騎士隊長たちも殺されることがあるが、一行は倒せたと思うと次に進んでくれるので、彼らが命を落とすことはまれだ。パーティの数が多ければ、さらに多くの臣下が立ちふさがって数を減らす。
そうして本物の王城ではない、勇者たちと対決するためだけに作られた簡易の屋敷を王城と偽り、彼らを誘い込みむのだ。王城内で戦うと建物が崩れて他のものを巻き込むことがあるから、平原で対決することにしている。
魔王はその強大な魔力のほとんどを襲名の際に国を守る結界を作るために放出しているので、そこから2~3年程度では魔力は半分も戻っていない。
もともと体力がそれほどあるわけでもなく、勇者に倒されるために鍛えていないし、防具も最低限にしているために、直接切られたり刺されたら終了だ。
ちなみに最低限の魔術や体術は教わっているが、魔王の一番の仕事は結界を張る事なので、訓練の大半はそのために使われていた。
今回の戦いでも、魔王は首を切り落とされる前までは生きていた。手足を切られて反応がなかったのは、電撃攻撃でしびれていたからだ。それで勇者一行が満足してくれていたら、魔王は死ななくて済んだかもしれない。その為に杖や剣を持ち帰りやすいように用意しているのだ。
だが毎回、勇者たちは魔王の死体を持ち帰る。全身は無理だからとその首を切り落とすことが多い。そうしてその首は、その勇者たちの出身国で無残にもさらされるのだ。
勇者一行は気が付かない。勝手に敵認定して、他国に侵入する行為が、本来ならば人間国から魔国に対する宣戦布告行為であり、勇者一行が返り討ちにあうだけではなく、人間国側に魔国が合法的に攻め入る原因になる事を。
魔国が団結して人間国に攻め入れば、せん滅することなど容易い事を。
あの山でさえドラゴン族がいれば一気に魔物を運んで越せるし、飛べる系の魔物や魔法系の魔物が飛んで超えることもできる。
人間のちっぽけな魔力など、下手をすれば高位のスライムにもかなわない。あの聖女とやらの防御魔法程度なら、高位スライムの方が上かもしれない。
しかし魔国は戦いを好まなかった。様々な種類の者たちが平和に共存している魔国では、争いよりも共存、そして発展を望んでいた。
勇者たちに見せなかった「本当の魔国」は、非常に豊かな国で、技術も人間側よりも数段進んでいる。必死に人間が開発したという自転車など300年ほど昔に開発され、今は自動車という漕がなくてよい自動で走る、さらに速く快適なものが使われている。道も平らに整備されているし、食料も豊富にしかも美味しいものがたくさんそろっている。
魔国ではそれぞれの種族のそれぞれの地を尊重しているから、それぞれに工業も持ち、どの種族も不自由なく暮らせるだけの技術がある。
たまに人間国から「魔族と仲良くなりたい」「理解したい」などという人間が単身でやってくることがある。その人物に危険がなければ、魔族は人間族という一つの種族として接し、人間はあまりの発展ぶりに仰天し、その後、魔国で暮らすのだ。
たまに人間国に戻り魔国の真実を伝えるも、魔王を勝手に敵視している人間たちは耳を貸すどころか、スパイ扱いされて殺されてしまう。
魔国の平和を守るため、魔王は自分の命が20年程度と知りながら、その間、魔国のために尽くす。魔王が作る結界は、魔国に敵意を持つものがふれると、その侵入をすぐさま感知するためのものだ。魔王継承の儀式で新しく張られ、その感度を保っている。
そしてそれが魔王復活の合図として人間に察知され、乗り込んできた人間に惨殺され、その首が晒される。
それがわかっているから、その20年、魔国のものは気の毒な魔王のため、魔王を大切にし、甘やかし、全力で愛するのだ。
切り刻まれた若き魔王の体に宰相や騎士隊長、魔導士や侍従が取りすがって泣いている。
魔国全土で喪に服した後、その体は本物の王城の敷地の奥にある王の霊廟に安置され、人間側が晒すだけ晒して飽きて放置された頭部を、こっそりと侵入した魔鳥が回収し、魔国で手厚く葬るのだ。
今日も魔王と親しかった者たちは、霊廟に行って歴代魔王の墓を前に涙を流す。
死ぬためだけに生まれてきた、真の勇者である、かわいそうな魔王のために。
面白かったらイイネなどくださいませ。
感想もお待ちしております。