3
萩原清彦が亡くなったのは、ある冬の朝だった。
病室の棚には、見舞客が贈った色とりどりのハーバリウムが並んでいる。
遊馬が贈ったのはオレンジの小さな薔薇が詰まった細長い瓶のハーバリウムだ。萩原が『俺の柄じゃないなあ』と笑ったそれが、朝陽を浴びてきらきら光っている。
夕べ降った雪が溶け、窓を幾筋も流れていく。外はアスファルトも屋根も濡れ、白い日差しを鏡のように反射している。
世界が病室のようだった。どこもかしこも清潔な輝きにあふれている。
萩原はその中心にいた。まっさらなシーツの上で、永遠の眠りについている。
紺のパジャマにベージュのニット帽。覗く腕は痛ましいほどに痩せていた。
夜が明け、山際から全貌を露わにした太陽が雪を焼き尽くさんと輝きだした頃に、彼は息を引き取った。妹が夜通し付き添い、彼を看取った。
今は呼吸器を外され、身体に繋がっていたチューブも取り払われている。
妹の萩原優子が病室に戻ってきた。
仕事の最中に抜けて来たため、スーツ姿だった。緊張と寒さで全身が強張っている。
ドアのそばでふと立ち止まり、ベッドにいる兄を眺める。
もうこの世にはいない。
昏睡状態に陥った時より、医者から「ご臨終です」と告げられた時より、呼吸器を外された時のほうがずしりと胸にきた。
あらゆる命綱がいらないものとして外されてしまう。
病が進行するごとに小さくなっていった兄が、命綱を失って最後のダメ押しのようにまた一回り小さくなったように感じた。
しかし、今は少し違った。
何も繋ぎ止めるものがなくなった彼は、いっそ清々しく見えた。
優子は疲れた足取りでベッドに近付いた。
顔を上げ、外へ視線を投げた。
光が白く、影が優しい。
陽光に目を細め、吐息をこぼした。
兄に視線を戻す。
生気に満ちた人だった。落ち込んでいても目に光を宿しているような。
死んでもなお力強さがみなぎっている。
優子は少し呆れたように微笑んだ。
「兄さん、頼まれたアレは任しといて。お疲れさま」
遊馬は棺桶の中の萩原を覗き込んでいた。
故人がいるのは白い布張りの棺桶だ。暖かな照明の下でなめらかな艶を放っている。
花に縁取られた萩原の上には、生前愛用していたベージュのジャケットがかけられていた。
遊馬は萩原に言った。
「所長、ありがとうございました」
綺麗に飾られた祭壇を見上げた。
遺影に使った写真は遊馬が撮ったものだ。三年くらい前だった。仕事の合間になんとなく暇そうな萩原に声をかけて写真を撮った。
元気だった頃の萩原は痩せているというより、引き締まっていた。
再び、棺桶の中に視線を投げる。
五年かかって友人を見つけてくれた。その間、仕事を教えてくれたし、支えてもくれた。
しかし、彼は遊馬の問いに答えてくれなかった。
五年間、黒崎がどこで何をしていたのか?
何度尋ねても「約束だから」の一点張り。
黒崎はずっと口を閉ざしている。話す気はさらさらないようだ。
遊馬は小さくため息をついた。
萩原の言葉が蘇る。
「遊馬、恐れず突き進むことだ。そうしなければ得られないものもある」
亡くなる二週間ほど前に言われた言葉だ。
病室の白と棺桶の白が重なった。
「萩原さん――」
仕事以外の時、遊馬は『所長』ではなく『萩原さん』と呼んでいた。
「僕、やれるだけやってみようと思う」
斎場の外の簡易喫煙所。
葬儀を終え、黒崎はひとり煙草を吸っていた。
簡素な屋根の下に二つの灰皿スタンドを四つのベンチが囲んでいる。風を遮るものがないため、容赦なくびゅうびゅう吹き抜けていく。
黒崎はベンチに座り、コートの襟を立てて半ば意地で吸っていた。
先ほどまでいた二人の弔問客が、非喫煙者とはいえ癌で亡くなった人の葬式で煙草を吸うのは気が引けると言いながら喫煙していた。
彼らの雑談に黒崎も内心で同意した。しかし、吸わずにはいられない。
その理由は彼らとは違う。
彼らの喫煙はいわゆる悪習慣。
黒崎の場合は『臭い消し』だ。線香のにおいが嫌いで、それを上書きするために煙草を吸っている。
背後の玄関から弔問客がぞろぞろ出てくる。萩原は広い交友関係を持っていたようだ。老若男女、纏う雰囲気も多様だ。
向かい風が煙草の煙をさらい、斎場に流れる。黒崎はまだ半分ほど残っていた煙草を灰皿に捨てた。
煙草の臭いが消えると、喪服から線香のにおいが再び滲み出したような気がした。
弔問客の中に遊馬を見つけた。彼は誰かと話していた。相手はかつて萩原探偵事務所で働いていた調査員だ。
故人への惜別と互いの近況を話しているように見える。
黒崎はしばらく遊馬を眺めていた。集団にいても目を引く男だ。人形のように整った容姿と、光を全身から放っているような存在感。
コソコソ隠れて浮気調査をするには向いていない。
遊馬朝輝は一応、大企業の御曹司である。
将来を約束されているかと言えばそうでもなく、自社の経営をしたければ平社員として入社し、成果を挙げなくてはならない。それが彼の一族の方針だった。
彼はそんな方針を蹴って、まったく無関係な探偵業に足を踏み入れた。家族との関係は良好らしく、遊馬ビルを譲り受けるのも親戚との会食で「あそこの探偵事務所で働いている」と話したからだった。面白がった叔父が気まぐれに「やる」と言ったらしい。
生まれも育ちも対照的なのに、なぜだか馬が合った。
消える前日、黒崎は遊馬と会った。特に用もなく、喫茶店でだべっただけだ。
別れ際に黒崎は「またな」と言った。あの時にはもうどこかへ行くと心に決めていた。それでも「またな」と言ったのは、うっかりでも嘘でもなかった。
「またな」と言った友人が翌日消えてしまった。そのことをできるだけ長く覚えていてくれたらいいなと思ったからだ。
意味深なことを言って消えるより、真逆のことを言って消えたほうが記憶に残りやすいだろうという打算だった。
恵まれた環境に生まれ、王道を歩いていく男だ。友人の一人が消えたくらいで傷にはなるまい――そう思っていたのだが。
それがまさか、探偵を雇って探しに来るとは。
遊馬からは何度も五年間どこで何をしていたのか詰問された。
何のためにいなくなったのかも聞かれた。
どちらも答える気はない。
諸々が落ち着いたら、またどこかへ消えるつもりだ。
黒崎は遊馬から視線を逸らし、喫煙所の先にある駐車場のほうを向いた。
天気は晴天だった。空の青がどこまでも澄んでいる。
不意に腐敗臭が鼻先を掠めた。
黒崎の周りだけ澱んだ空気が漂っているようだ。
もう一本吸ってしまおうか。黒崎はポケットに手を伸ばしかけた。
躊躇していると、背後に気配を感じた。
「黒崎さん?」
振り向くと喪主の萩原優子が立っていた。萩原の五つ下の妹だ。
ボストン型フレームの眼鏡をかけた、真面目そうな女性だった。喪主として粛々と振る舞い、涙を見せることもなかった。
彼女は手に茶封筒を持っていた。
「なんでしょうか?」
黒崎は立ち上がり、彼女のもとへ向かった。
優子は静かに言った。
「生前、兄からあなたに渡してほしいと頼まれたんです」
茶封筒を渡され、黒崎は首を傾げた。
「これは何ですか?」
「中身については聞いていません。とにかく、絶対に渡してくれと。確かにお渡ししましたよ」
「え、ああ、はい……」
黒崎は釈然としないまま頷いた。
茶封筒はしっかり封がされている。触った感じではハードカバーの本が入っているらしい。
優子は踵を返し、走り出しながら黒崎に言った。
「じゃあ、そろそろ出棺なので、兄を見送ってやってください」
どこか晴れやかなクラクションの音を残し、霊柩車は棺桶と喪主を乗せて去って行った。
弔問客は各々動き出した。顔見知りと話し始める者もいれば、駐車場へ向かう者もいた。
黒崎も数珠をコートのポケットにねじ込んだ。
そういえば、白居団地では死体に手を合わせたことがなかった。ただのバイトだからと冷淡にこなしていた。遺書を盗み見る奴に悼まれたくもないだろう。
指が煙草の箱に触れ、咄嗟に唇を噛む。
いつでもやめられるつもりだったが、自分で思うより依存しているかもしれない。
欲求を振り払い、脇に挟んでいた茶封筒を持ち直した。
「黒崎、それ何?」
いつの間にかそばに来ていた遊馬が尋ねた。視線は茶封筒に注がれている。
「妹さんに渡された。萩原さんに頼まれてたんだと」
「ふうん、中身は?」
「まだ見てない。ところで、お前も火葬場に行くんだよな?」
「うん。親族が優子さんだけだからね。一人じゃなんだからって、誘われたんだよ」
駐車場にはマイクロバスが停まっている。萩原探偵事務所の調査員達がそこに集まっていた。
「うちの鍵持ってる?」
「持ってるよ」
黒崎は中央区に来てからしばらくウィークリーマンションに住んでいたが、萩原のすすめで遊馬ビルに住んでいた。
遊馬があっと声を上げた。
「しまった、足がない」
黒崎は自分の車を持っていない。斎場までは遊馬の車で来た。
「あー、やっちゃった。ま、いいや。僕、他の人に送ってもらうよ。君は僕の車で帰って」
「悪いね」
「帰りは夕方になると思うけど、ちゃんと家にいてね。話がある」
「話? 何の?」
「秘密。とにかく、家にいろよ。じゃっ」
遊馬は車の鍵を投げて寄越すと、マイクロバスへ走って行った。
遠ざかっていく後ろ姿を見送り、黒崎は遊馬ビルに戻った。
遊馬ビルの裏の駐車場に車を停める。
助手席に置いた茶封筒を一瞥した。手に取ってハンドルに乗せて眺めた。
本らしき輪郭。
固い表紙の感触。
ずしりと伝わる重み。
それらがなぜか不安をかき立てる。
黒崎は車を降り、脇に茶封筒を挟んで煙草を吸った。
しばらく無心で吸っていると、遠くでドアが開閉する音が聞こえた。
ビルの裏口から女性が出てきたのだ。
黒崎はその女性を知っていた。
真木夢子。トラウムの店主だ。店の制服の白いシャツと黒いスラックスを着ている。店の名前が入ったエプロンは身につけていなかった。
年は黒崎より四つか五つ上に見える。毛先の跳ねたブラウンのショートカットと大きな目が特徴的だ。
真木はダークブラウンの壁にもたれ、スラックスのポケットから煙草を出した。反対側のポケットをまさぐり、顔をしかめる。どうやらライターを忘れたらしい。
なんとなく様子を眺めていると、目が合った。彼女は煙草を吸っている黒崎をじとっと見据え、手招きした。黒崎はライターを持って彼女のもとへ歩いて行った。
「走って来なさいよ」
真木はハスキーな声で開口一番言った。
真木の煙草に火をつけると、黒崎も隣に並んで二本目を吸った。
「終わったんだ」
真木のひとりごとのような呟きに、黒崎は頷いた。
彼女は通夜にのみ参列していた。
「あの人さあ、良い目してたよね。見つめられるとちょっと怖いんだけどさ」
「そうですね」
「うーん、感傷に浸りながら吸うのってやっぱ駄目だわ。背中がもぞもぞする。あんたはなんで吸ってんの?」
「ただの悪習慣です」
「銘柄は? なんか煙くない?」
「それがいいんですよ」
「なんか後ろめたいことでもあんの?」
黒崎は目を見開いて彼女を見た。
真木は煙を吐いてから続けた。
「誰かのにおいを消すためでしょ。香水とかボディーソープとかさ。下手な遊び人がよくやる」
黒崎は沈黙で誤魔化した。
真木は話題を変えた。
「二階、どうなるんだろう。朝輝君、何か言ってた?」
「遊馬が事務所を引き継ぐそうですよ」
「ビルオーナー兼探偵事務所所長かあ。たくさん調査員雇ってほしいな。二階は良い客だったから」
萩原が入院する前、トラウムで食事をした。
萩原と黒崎はホットサンド、遊馬はホットサンドとナポリタンのサラダセットを食べた。初めて食べたのに懐かしさを覚える味だった。萩原が「最後の晩餐はこれがいい」と笑っていたのを覚えている。
ふと、空腹を感じた。
「トラウムは安泰ですよ」
黒崎はぽつりと言った。
「どうして?」
「料理を思い浮かべると腹が減るから。俺、大人になってから腹が減らなくなったんですけど、トラウムで食ってから腹が減るようになったんですよ。正確には空腹っていう感覚を思い出したって感じかな」
黒崎は前を向いたまま、ぽつぽつ喋った。
真木は意外そうに黒崎を見つめた。
「……だったらもっと食べに来なさいよ」
黒崎は苦笑した。
真木はまだ半分残っている煙草を落とし、踏んで火を消した。吸い殻を拾い上げ、黒崎が差し出した携帯灰皿に捨てる。
「あんた、お昼は?」
「まだですけど」
「ちょうどいいからうちで食べて行きな。あんたは表から入って」
言うや否や裏口に引っ込んでしまった。
黒崎は閉じられたドアをつかの間眺め、思い出したように煙草の火を消した。
表に回り、トラウムの入り口の前に立つ。
ガラスが嵌め込まれたドアには『close』のプレートが掛かっていた。
真木がやってきてドアの鍵を開けた。
黒崎は店に入った。
トラウムは真木の祖母の代から続いている。メニューも内装もほとんど変わらない。
アンティークの照明はついておらず、店内は窓から射し込む陽光に照らされていた。ソファーの真っ赤なベルベットが白々とした艶を放っている。
窓際のテーブルの椅子はまだテーブルの上に乗ったままだった。
「今日って定休日でしたっけ」
「昨日は休みだったんだけどね、今日は違うよ。開けるつもりだったんだけどさあ、今日はもういいや。あんたに食べさせて仕事したってことにする。何食べたい?」
「ホットサンド」
「適当に座って待ってて」
真木が厨房に引っ込む。
黒崎は壁際の席に向かった。テーブルに茶封筒を置いて固めのソファーに腰を下ろす。
絵画が並ぶ壁は灰がかったグリーンだ。くすんだ色で植物が描かれ、黒崎のそばには蔓と薔薇があった。
黒崎は諦めたように茶封筒を見た。
封を開け、中身を取り出す。
マットな白いカバーに箔押しのタイトル。
『ウィリアム・ブレイク詩集』
知らない詩人だった。
装画は宗教画だろうか。天使や神らしき老人が描かれているが、最も目を引くのはサイに似た怪物と蛇か竜に似た怪物だった。二体の怪物は円の中で睨み合っていた。
表紙を開き、カバーの袖を見る。装画の作者とタイトルが記されている。
『装画William Blake 〝Behemoth and Leviathan〟』
ウィリアム・ブレイクは画家でもあったようだ。
ベヒモスとリヴァイアサン。
神が天地創造の五日目に生み出した二頭一対の怪物だ。
陸の怪物がベヒモス。
海の怪物がリヴァイアサン。
それぞれ最高の、そして最強の怪物と称されている。アルマゲドン――世界の終末に死ぬまで戦い、その屍を生き残りが喰う。
黒崎は首を傾げた。
なぜこんなものを。
萩原と本の話をしたが、ウィリアム・ブレイクの名は出なかった。
萩原がよく口にしていた作家といえばアガサ・クリスティだ。
黒崎がミステリーは苦手だと知ると、ミステリーの話題はなくなった。
違和感がよぎり、本の側面を見ると何か挟まっている。栞にしては厚い。出版社の広告だろうか?
そのページを開くと、白い封筒が出てきた。
封筒を取りながら、視界に入った詩を読んだ。
それは『無垢の予兆』という詩だった。
ある一節に目が釘付けになる。
夜ごと朝ごと
惨めに生れつく人もいれば
朝ごと夜ごと
甘やかな喜びに生れつく人もいる
甘やかな喜びに生れつく人もいれば
終りなき夜に生れつく人もいる
――終りなき夜に生れつく
澱んだ臭いが鼻先を掠める。
黒崎は詩集を置き、白い封筒を開けた。
縦の罫線の便箋が一枚入っていた。
便箋には黒いインクでたった一文だけ。
深淵の鏡に映らない顔は?
黒崎のもとへ、真木が二人分の食事をトレーに乗せてやってきた。テーブルにホットサンドとアイスティーを並べ、黒崎の正面に腰を下ろした。
真木は黒崎の顔色の悪さに気付き、尋ねた。
「どうしたの」
黒崎は答えられなかった。
真木は身を乗り出し、開いたままの詩集を覗き込んだ。
「ウィリアム・ブレイク?」
「知ってるんですか?」
「海外の映画とかドラマで引用されてたりするからね。『虎よ! 虎よ!』とか聞いたことない?」
「テレビも映画も見ないから……」
「ふうん」
真木はアイスティーを一口飲んだ。氷がカランと軽やかな音を立てる。
「それ、『無垢の予兆』でしょ。アガサ・クリスティの小説にも引用されてるし、タイトルにもなってる」
「アガサ・クリスティ?」
「そう。『終りなき夜に生れつく』」
黒崎は絶句した。
「それ、どうしたの?」
「さっき、萩原さんの妹さんから渡されたんです。萩原さんから頼まれてたみたいで。それで、これが挟まっていたんです」
黒崎は真木に便箋を見せた。
「深淵の鏡に映らない顔は?」
「意味、分かりますか?」
真木はしばらく考え、小さく唸ってから「さあ」と答えた。便箋を黒崎に返す。
「萩原さんはあんたにそれを渡したわけだから、あんたが考えないと駄目なんじゃない?」
「そうですね……」
便箋を封筒に戻す。本に挟み、本を茶封筒に入れた。
腐敗する喪服の女が脳裏に浮かぶ。
首を吊るには不自然なロープ。まるで括り付けられたような首。
しかし、遺書があった。
棺の底に生まれつく
これは俺の言葉だ。
それなら、
ヒツギノソコニウマレツク
これは誰の――、
突然、ぱんっと音が鳴り、我に返った。遅れて真木が手を叩いたと気付いた。
彼女はまっすぐに黒崎を見ている。
萩原の目も印象的だったが、彼女の大きな目にも引力があった。
「ま、あの人のことだから悪い意味じゃないと思うよ。ほら、冷める前に食べな」
黒崎は言われるがままに茶封筒をテーブルの端に寄せた。
スクランブルエッグのホットサンドと、野菜とベーコンのホットサンドが大きな皿にどんっと盛られている。チーズ入りのスクランブルエッグや細かく刻んだトマトがこんがり焼いたパンの間からこぼれていた。トラウムは少なめと言わない限り大盛りで出てくる店である。
真木がホットサンドを頬張る。満足そうに頷いた。
「うん、これなら祖母ちゃんも文句言わないわ」
黒崎も食べ始めた。野菜とぶ厚いベーコンがぎっしり詰まったホットサンドは咀嚼に時間がかかる。
「おいしい?」
「うん」