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・・・人の下に、猫を作らず

 今夜も雨季は飲んだくれているようで、23時を回っても帰ってくる気配はなく俺はヤキモキしながら地面に着いた両手でフミフミを続ける。


「おっせーなあいつ、まさか午前様かよ」


 苛立ちを抑えきれずワンカップを(あお)る俺を、アンジェラ姐さんは|(なだ)めた。


「いいじゃないか、人間にとっちゃ花金はご褒美なんだよ」

「金曜くらい早く家に帰ってホームドラマチャンネルでも見ろよ、そんなんだから嫁に行けねーんだ!」

「いつの時代の考えだい。アンタも古い男だねえ、スカジャン」


 サキイカを(くわ)えながら姐さんはごろんと仰向けになる。


「・・・気長に待てばいいさ。ここが家ならいつか帰ってくる」

「いや、俺は姐さんを早く家に入れたいんだよお!」


 マイペースな姐さんの態度に焦りが募る。


 俺がまだひとりじゃ生きていけない子猫の時から、姐さんは母親代わりとなって俺を面倒見てくれた。無責任に多頭飼育していざ手に余ったらいとも簡単に俺らをポイ捨てした人間に復讐心を燃やす俺に、人間にも苦労があることを教えてくれたのも姐さんだった。この地域でやっていけるように長老への挨拶やこの仕事への就職も取り計らってくれた姐さんに、ようやっと恩返しをする時が来たのだ。金も暇も持て余してなおかつ先住猫もいない掘り出し物件を見つけたのだから!


「チクショウ!とっとと帰って来やがれカモネギめ!」

「・・・あんた普段どんな番組見てるんだい」


 2杯目のワンカップを呷ったその時、ハイヒール音が響いてきた。


「・・・雨季か!」


 急いで曲がり角から顔を出すと、人影がこちらに向かってくる。今日も上機嫌に鼻歌を歌っているところを見ると、ハナキンとやらを楽しんだのは間違いない。


「姐さん来たぜ!あいつだ!」

「ほお、オシャレな子だね」

「バカンス先もオシャレだぜえ・・・盆暮れ正月は軽井沢の会員制ホテルだからな」


 俺は橘家に目を付けた後も念入りに調査を続け、興信所には雨季の交友関係まで洗い出してもらっている。きっと今夜も一緒であっただろう、雨季が毎週のハナキンを楽しむ相手は大学時代からの友人達。


 大手広告代理店主任!

 帰国子女!

 父親が経済産業省事務次官!

 祖父が長野のスーパー大地主!


 揃いも揃って高収入でブルジョワジー、芋ヅル式に優良家庭候補が見つかり俺は笑いが止まらない。


「姐さんも今夜で晴れてセレブキャットの仲間入りだ!」


 首尾良く姐さんが橘家に潜り込めればこっちのもの。俺の任務は完了、明日からの週末移住相談会に安心して出張に行けるということだ。


「姐さん、GOだ!」

「はいはい、ちょっくら行ってくるよ」


 立ち上がった姐さんは尻を右に左に揺らしながら、一歩一歩、橘家に近づく。敷地に入り、駐車スペースを超え、雨季の立つ玄関ドアに続く3段の階段を昇りながらニャーアと鳴いた。


「ん?」


 今まさにドアを開けようとした雨季は振り返りながらきょろきょろしているが、姐さんに体を摺り寄せられ反射的に下を見た。


「えっ?!えー!ねこぉ!かっわいー!」


 すぐにしゃがみ込み姐さんの顎を指でゴロゴロさせ始めた。


「あはは、ちょおかわいー!」


 姐さんはそのままゴロンと寝転がる。


「ヤバいマジかわいー!」


 ・・・語彙力の乏しい奴だな。


「てかおまえデブだねー!」


 雨季は姐さんの背中をなでながら笑い転げ、写真を撮りまくっている。姐さんは姐さんで横たわったり、起き上がって雨季の足元にまとわりついたりイイ感じにアピールしている。


「ノラなのぉ?うちの近所にこんな子いたんだねぇ」


 優しく頭をなでる手つきに育ちの良さのようなものが見て取れ、俺は安堵する。


「そういえば夜中から雨降るかもしれないんだよねぇ」


 そうそう、天気予報で今夜は雨と言ってましたよ!


「このまま外にいちゃ濡れちゃうよねぇ」


 ビショビショですわ!


「・・・今日だけならいいよねー猫ちゃんだってたまには雨宿りしたいよねー」


 いやいや、ずっとずっと!


「しょおがないなー玄関だけだよぉ」


 いぃえええええっっつっつっつすううううう!!!!


 俺はその場で飛び跳ねながらドアの内側に消えていく姐さんの後ろ姿を見送った後、すぐに玄関に詰め寄り盗聴ファイバーを差し込み、パソコンを開き家の中に仕込んだ定点カメラも起動し、室内の様子を確認する。


 姐さんを家の中に招き入れた雨季は玄関クローゼットの中から畳まれたAmazonの段ボールを取り出し元の箱の状態にしていく。その中に拭き掃除用に橘夫人がストックしていた古いタオルを敷き詰め簡易ベッドにした。


「ほら、ここでなら寝れるでしょー」


 姐さんは段ボールを(また)ぎタオルの中に身を沈める。


「ほんとにデブだねえ、あたしより良いもの食べてるんじゃないのぉ?」


 明日からはな。


「あートイレも必要かあ、ちょっと待ってね」


 もう一つ段ボールで箱を組み立てその中にゴミ袋をかけ古新聞を敷き詰める。


「いい?おしっこはあっちね。うちを汚したらパパとママに弁償するのあたしなんだからきれいにしてよ」


 姐さんがにゃあとだけ答えて身を丸くしたその時、橘夫人が階段を降りてきた。


「雨季ちゃん、帰ったの?」


 夫人は姐さんが寝転ぶ段ボールを見てぎょっとした。


「どうしたのその猫?!」

「あーなんかうちで雨宿りさせて欲しいって来たのー」


 段ボールを覗き込む夫人。


「・・・デブだねぇ・・・」


 お前ら他に言葉を知らんのか。


「この子飼うつもりなの?」

「まっさかぁ、明日になったら外に出すよ」

「でもそれって動物の遺棄になるんじゃないの?」

「え?」


 そうです遺棄です犯罪です!法律で禁止されています!


「えーじゃあ保護団体に連絡してみるわー」

「朝一でね、うちの中歩き回って汚さないうちにね」

「はぁーい」


 二人はそのまま階下の電気をすべて消し2階に上がっていった。


 雨季はスマホを片手に風呂に入り、友人達とのグループLINEに「雨季meetsデブ猫」とコメントを付けた写真を送信しチャットを楽しんだ後、何事もなかったかのように床に就いたが翌日早朝夫人に叩き起こされる。


「ちょっと雨季ちゃんなんなのよアレ!!」

「ふぁ?」

「ふぁじゃないわよ見なさいよ!!」


 鬼の形相の夫人にベッドから引っ張り出され階下に降りてきた雨季が目にしたのは、玄関の段ボールの前で立ち尽くすパジャマ姿の橘氏。


「あー昨日猫がいてー・・・」


 勝手に野良猫を招き入れたことを怒られていると思った雨季は弁明を始めようとしたが、夫妻の怒りのポイントはそこではなかった。


「雨季、これ見てみろ」


 父親の険しい表情につられ、恐る恐る姐さんの寝床にした段ボールの中を覗き、雨季は言葉を失った。


「お前、これまとめて面倒見るつもりなのか?」


 段ボールの中には、産まれたばかりの子ども達6匹におっぱいを飲ませながら横たわる姐さんの姿。


 そう、姐さんはデブ猫などではない。

 妊婦猫だったのだ!


 そして俺は姐さんとチビ達が安心して暮らせるずっとのお家を探していたのだ!

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