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・・・猫を飼うか飼わないかによって決まるのである

「いやああああ!可愛い~~~!!」


 生後1か月の猫なんて、この世で一番愛らしい生き物に違いない。現に麻里奈はすでに子猫達にメロメロだ。


「麻里奈おばちゃまでちゅよ~!」


 ケージの中で突然の来客になんだなんだと動き回る子猫達。そのうちの2匹は扉を開けると勢いよく外に出てくるやいなや麻里奈に向かって突進し、膝の上によじ登ることで麻里奈のハートをロックオンした。


「可愛いわぁ~!食べちゃいたいわぁ~~~!!」

「アンタ達!そこのオバちゃまは金持ってっから何でも好きなモン買ってもらいな!」


 麻里奈と純子が買ってきた人気デリカテッセンのホームデリボックスを広げ、1週間ぶりのまともな食事にがっつきながら子猫に処世術を教える雨季に、友人達は同情を禁じ得ない。


「雨季ちゃん相当辛かったねえ~・・・」

「ほら肉もっと食べな」


 アボカドと枝豆と塩昆布の豆腐サラダをひとしきりかき込み、十穀米ごはんの上にオレンジポークをのせ一緒に食べる。


「あ~、文明の味!」


 響花の差し入れのピノ・ノワールをぐいっと一口飲むと、いくらかの回復が見られた。


「ふだん何食べてたのぉ・・・?」


 つい先日までイケイケに遊んでいた友人の変わり果てた姿には、さすがの梓も困惑を隠しきれない。


「えー・・・?麻婆豆腐とか、うどんとか、冷凍パスタとか・・・」

「野菜は?そういえばなんで洗濯機の上に大根があんの?」

「昨日大根サラダ作ろうと思ったけど大根が立派過ぎて切るスペースなかった」


 痛ましい一人暮らしぶりに一同はだんだんと胸が痛くなってきた。色を付けたご祝儀が献金され、ジャン・ポール・エヴァンのチョコレートケーキは全て雨季の分になり、代わりに皆には麻里奈のフィンランド土産のキットカットが振る舞われた(その後純子の手により大根は無事サラダになった。)


「そもそもママが洗濯物干したりしなければシロちゃんが脱走することはなかったのにさあ!なのになんか全部アタシのせいにされて!てかベリッシマも誘われてなかったし!!」


 しばらく断酒状態だった雨季の体はアルコールをよく吸収し、あっという間に酩酊(めいてい)饒舌(じょうぜつ)になったかと思えばもう家族への愚痴が止まらない。


「やることが陰険なんだよ!二人で共謀して追い出すなんて!」

「まあ~そこは同情するわあ~」


 サラダにしなかった大根の半分をスティック状に切りマヨネーズを付け、麻里奈はポリポリ(かじ)る。


「この物価高でいきなり一人暮らしってのはキツいよねえ」

「猫ちゃん本当に里親にあげちゃうの?」


 現在、雨季に代わって子猫にミルクをあげているのは梓だ。


「当たり前でしょ、あたし一人で6匹は無理、ましてこんな狭いワンルームでなんて」

「そっかぁ~・・・」


 梓はミルクを飲み終わった子猫と見つめ合う。


「梓ちゃんとこの豪邸では飼えないのかい?」

「ウチはパパが動物嫌いなの。アレルギーもあって」


 飼えたら良かったんだけどねぇ~と呟いて、お腹が膨れた子猫をケージに戻した。意外に手際よく器用に排泄の世話までする梓を見て、20年以上一緒にいても知らなかった一面だ、と雨季は思う。


「それで名前は決まったの?」

「名前?」


 チョコレートケーキに飽き、麻里奈を倣って大根を齧っていた雨季のポリポリが止まる。


「名前なんて付けてないよ」

「いや、さすがにそれじゃ不便でしょ」

「病院行くときとか必要だって言うしねえ」

「そうなの?だって里親さん見つけるならいらなくない?」

「いつ見つかるかも分かんないんだからとりあえず仮でいいから付けなよ」


 友人らからのアドバイスを聞き、ふうん、と鼻をならすが、雨季は再び大根を齧り


「まあ当分は1号2号でいいよぉ~・・・」


 と、全世界の動物愛好家から袋叩きにされそうな返答と共にそのままずるずると雪崩れ、床と一体化した。


「こりゃー重症だ」

「まあ、可愛い可愛いで動物の世話なんてできないって言うしね・・・」

「雨季疲れてるんだもん、今日くらいはダラダラしなきゃ」

「よし、もっと飲むわよ!あたし酒追加で買ってくるわ!」


 麻里奈が勢いよく立ち上がりカバンを肩に掛けた。


「雨季鍵貸して。なんか飲みたいものある?」

「下駄箱の上ー、白追加ー」


 おっけ、と言ってキャリアウーマンらしく颯爽と部屋を出る麻里奈のその後を、荷物持ちのために響花と純子が付き従った。


 突然3人いなくなれば、7帖の部屋だって広く感じる。梓は改めて部屋の中を観察した。


 窓際には大きなケージと猫用キャリーケース、部屋の中央にローテーブル、ベッドはなく3つ折りに畳める白いマットレスが部屋の端に寄せられそこはさっきまで響花と純子が座っていた。ドアの横にクローゼット収納と見られるこれまた所々塗装の剥げた扉があり、その扉の前にはスーツケース、その上に大きめのボストンバッグがファスナー全開で置かれている。


「とても女の住む部屋には見えないねぇ」

「・・・しゃーないやん・・・」


 地底から声が響き、梓はクスっと笑った。


「・・・なに笑ってんのよ」

「えぇ~?」


 雨季はなおもクスクス笑い続ける梓をジト目で(にら)むが、睨まれている本人は意に介さず


「にんげん、ばんじ、さいおーがうまっ」

 と、楽しそうに一言呟いた。

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