猫は楽の種で・・・
これは一体どういうことなんだ・・・?
盗聴ファイバーで音を拾っても、全ての定点カメラを起動しても、家の中に姐さんの姿がない。カメラを切り替えても見えるのは、段ボール、散らかった部屋、夫人とバッグの取り合いをしているダメ娘の雨季、玄関のケージ・・・。
「なんで姐さんがいないんだよおおおおぉぉぉぉ!」
俺は頭を抱えながらぐるぐる回る。
俺は確かに姐さんがこの家に入って行くのを、寝床を用意してもらったのを見届けた。
それに安心して週末移住相談会に行くために八王子に向かい多摩地区の猫の保護状況等を八王子のブローカー猫達と共有していると、立川で大々的なイベントがあるからみんなで行こうということになり出張ついでに足を伸ばしたらなんとそのイベントというのが『ニャー産党宣言』で有名なカリスマ思想家、ニャルクスとニャンゲルスの登壇イベントだったもんだから大いに盛り上がり、かの有名な「万国のノラ猫達、団結せよ!」の掛け声で昭和記念公園に集った2万匹のノラ猫達と熱狂、その後はパリコレモデルトレーナー・パメラ先生の“SNS映えするキャットウォーク講座”を鑑賞したりDJブースでノリノリに踊ったりと夜更けまで楽しく盛り上がった。
本当はそれで出張を終わらせ帰ろうとしていたのだが、博多から来たというでん助が都会の飲み屋で一杯やりたいと言い出しそれに付き合ってしまったのが運の尽き、2軒目で入ったキャバクラで席に着いてくれた超タイプのプリンちゃんのアフターで連れていかれたのがなんとボッタクリバー、でん助共々身ぐるみ剥がされ売られた先が国分寺の猫カフェ、開店してお客が出入りしたドアの隙を縫ってでん助と命からがら脱走したのだった。
疲労困憊の俺らは休み休み新横浜駅を目指し、でん助が帰りの新幹線に乗ったのを見送ってから伊勢佐木町の知り合いのスナックに身を寄せそこの奥さんが見ていた『ダウントン・アビー』にうっかりハマり最後まで見ていたらこっちに戻るのが遅くなってしまったのだ。
「何があったんだ????!!!!」
家主の正敏は知り合いらしき男と家の前に停めたアルフォードに段ボール箱を積んでいく。これではまるで引っ越しだと玄関のそばまで忍び寄ってみても半開きのドアからは金切り声が漏れ、あまりの不快さに身じろぎしていると正敏と男が二人がかりで運び出したのは猫用ケージではないか。中からはチビ達の不安げな鳴き声が聞こえる。後部座席にケージは置かれ、スライドドアが開きっぱなしになった車内に向かって俺は力いっぱい叫んだ。
「おいお前ら何があった!ママはどうした!」
「おじちゃんだれぇ・・・?」
ケージから顔を見せた子猫の顔は可哀そうに怯え切っている。
「おじちゃんはママの舎弟だ!」
「・・・しゃてえってなに・・・?」
「え?舎弟ってのは、えーと・・・」
「しゃてえってなにー!!」
「うぅ~ママぁぁぁぁ!」
一斉に子猫達は大号泣し始める。
「ああああ!泣くな泣くな、な!」
「ままどこぉぉぉぉぉ!!」
「おおおお、おじちゃんがいるから!」
俺が泣き喚くチビ達を慰めようと車に乗り込むと
「あ!コラぁノラ猫!」
男に見つかってしまい俺は車から追い払われた。
「お前ら待ってろ!必ずママを見つけてやるからな!」
ドアが閉められる寸前、俺がブン投げた発信機はケージの足元にくっついた。
「ちょっと橘さん、この辺りの野良猫民度低いですよ。今も子猫を食べようとしてましたよ」
「それはいかんな、地価が下がる」
俺を迷惑そうな目つきで見つめる男達。
そいつらにガン飛ばしてからひとまず俺はその場を離れ、住宅地の区画を一回りしてまた戻ってくると、橘家の車に大型のボストンバッグを雨季が泣きながら積み込んでいるところだった。
そういえば何かがおかしい。
引っ越しにしては荷物が少なすぎるし、普通大型のトラックが来て業者が出入りするはずだ。
「おい雨季!姐さんはどこだ!」
俺が精いっぱい叫んでも全く反応がない。
なぜこんな廃人のようになっているんだ?
「チクショウ!覚えてろ!」
念のためこの車にも発信機を付け追跡アプリを起動し、発信機の追跡を録画モードにしてから俺はある場所へ向かって走り出した。