天は、猫の上に人を作らず・・・
猫は家につく、その諺が本当かどうかを知りたいなら猫の俺が教えてやろう。
それは真実だ。
俺達非営利ブローカーが属するJANIA(Japan All Nekochan Ienekoka Association:通称ジャニア)は常日頃、脱ノラを目指す同胞を迎え入れるにふさわしい家を探している。
我々の手段は人間が思うよりもずっとハイテクで洗練されていて、市役所や年金事務所、銀行のデータベースから引っ張ってきた情報及び猫肉操作を基に調査している。世帯構成、年収、資産、亭主の浮気歴、ご近所付き合いの程度から子どもの習い事の状況まで細かく調べ上げ、優良家庭を見つけ出すのが仕事なのだ。
そんな俺が今目を付けているのはここ、橘家。
家主は橘正敏、71歳。新卒で入社した(現)東証プライム上場ゼネコン企業では秘書付き本部長まで上り詰め、定年後に再雇用契約で働いたのち完全引退。職場結婚の妻は育子、68歳。寿退社後は専業主婦、現在は自治会役員をやっている。
目の前に建つ庭付き輸入住宅はその見た目こそ年季が入った様には見えるが、庭の手入れ具合などから住人の生活意識の高さが伺える(おっ、あれはヤモリ?)。
東京都下多摩地域のまあまあ高級住宅地・小深山、人呼んで小深山カウンティ、略してOC。この地に建てられたこちらの物件、固定資産税額は年間20万、土地の簿価は推定2000万、上物の家屋と併せ新築時の土地建物の取得額を5000万と見積もれば、世帯主の現役時代の年収および年金額が計算でき、一つの解に辿り着く。
この家、猫の飼育に理想的・・・!
ふと、耳に入り始めたコツコツという音に、俺は反射的に電柱の陰に身を隠しながら首を伸ばして音がする方を凝視する。時刻はもう23時になろうとしている中、ハイヒールとおぼしき靴音を鳴らしながら歩いてくる人間の女を確認。おぼつか無い足取りで不規則なステップを踏みながらも、どこかご機嫌な様子の女は橘家の前でカバンの中を探る。
俺はすぐさまスマホでその人物を撮影しアプリを起動。やがて女はカバンから取り出したキーケースを片手に迷うことなく橘家の敷地に入り、鍵を回し玄関ドアを開け家の中に入って行く。その姿を見送り手持ちのパソコンのデータベースにアクセスした。
橘家の一人娘、橘雨季、41歳。
慶應義塾大学政治経済学部卒業、大手飲料メーカー勤務の家付き娘、か。
俺はスマホに目を移しアプリ画面を見入る。このアプリは人間の写真をアップロードすると洋服などの持ち物がどのブランドかをAIが自動識別してくれる優れもので、ターゲットの経済状況を判断する材料となってくれる。
ブラウス:バナナリパブリック
スカート:ピンキー&ダイアン
パンプス:セブン・トゥウェルブ・サーティ
バッグ:エルメス(バーキン)
おお・・・なんとおハイソな・・・。金の匂いがしてしょうがねえ。
5月も終わりに近づき空気が生暖かくなり始め、猫でさえ夜遊びが楽しくなる季節だ。平日の夜からブランドバッグを腕にぶら下げ、合コンだか女子会だかで酒をしこたま飲んでのご帰宅とはなんとも景気のいいことである。
スマホをしまい俺はそっと玄関に移動し、ドア下のわずかな隙間に超小型盗聴ファイバーを差し込み、ヘッドフォンを被る。
「うーん・・・あれはちょっと焼きすぎじゃないかなー。私ステーキはレアがいいからさー」
「そおーう。それで一人いくらだったの?」
「まあ大体、8000円くらい?」
「あんた達ちょっと食べすぎじゃない?」
「純ちゃんと響花がザルなんだもん!今月でもうワイン12本は空けてるんだよ?!肝臓やられるよー!!」
・・・今月ワイン12本・・・なんと贅沢な会話が聞こえるだろうか・・・。
その後も、夏のバカンスでは何をするだとか、どこのレストランを予約するだとか、旅行カバンはどのヴィトンを持っていくだとか、庶民お断りと言わんばかりの会話が延々聞こえてきて、空しくなってきた俺はヘッドフォンを外し天を仰ぐ。
この世界は不平等極まりないのだ・・・。
出自で一生が決まるのは人間も猫も変わらない。しかしノラという境遇がある以上、俺達猫は人間よりも過酷な運命にある・・・。
裕福な家の飼い猫になれれば1日3食ちゅーる付き、片や迷い子猫はカラスには狙われるはネズミ捕りには引っ掛かるはの危険な世界で運よく生き延びても、タバコの吸い殻が落ちた水たまりの水を飲んでしまえばそのまま誰に看取られることもなく死んでしまう・・・。
こんなことがあっていいものか!
なんのために資本主義が誕生したんだ!!
経済拡大の恩恵は猫に還流すべきであり、国債でもなんでも刷りまくり国家及び金がある人間はその財産の限界まで猫を慈しみ猫に奉仕しやがれ!!!
・・・俺は決めたのだ。
この家族、白猫のアンジェラ姐さんに捧げよう!!!