77話:インフィニスの地
怪訝そうに、ふと空を仰いだ。
「『いたずらっ子の脅威』の闇が吸収されている…?」
四方に視線を配りながら、リリーは眉間に力を込めて顎を引く。
「何かしら…」
チラッと下へ視線を向ける。そこには、メイブを通して『いたずらっ子の脅威』の闇を吐きだし続けるダーシー。天空の拡散用魔法陣を維持し続けながら、『いたずらっ子の脅威』の闇を吐いているメイブがいた。計画発動時から微動だにせず変わらない。
『ヴォルプリエの夜』効果と龍穴から力を吸い上げているため、ダーシーの『いたずらっ子の脅威』は現在無尽蔵状態と化していた。いくらでも闇を吐きだし続けていられる。
リリーは眉を顰めたまま、腰のポケットから通信用の水晶球を取り出す。
「シエナちゃん」
少しして、だるそうな声が応じた。
「リリーか、どうしたの?」
「なんだか『いたずらっ子の脅威』の闇が、何かに吸収されてる気がするんだけど、そこから状況見えるかしら?」
数分して、
「空にある闇が、何かに勢いよく引き寄せられてる。うわあ…なんだか凄い光景だよ」
「なんですって!?」
シエナは人間で、リリーの手下のような存在の女だ。大陸の西のほうにあるクローバー王国に、シエナは住んでいる。
リリーは世界中に人間の手下を抱えている。もちろん手下たちは『いたずらっ子の脅威』の影響を受けずにいられるよう、リリーの張った〈領域〉で守られていた。
「ありがとうシエナちゃん。眠いだろうけど、もう少し様子を見ていてちょうだい。また後で連絡をするわね」
「了解」
シエナとの通信を切り、リリーは険しい顔で親指の爪を噛む。
「『魔女の回覧板』にわたくしだけ見えない、グリゼルダからの通達が流れていたわね。そこでなにかしら指示が出ていたんだわ。
相変わらずわたくしを見下して、のけ者にして…ホント嫌いだわ、あの女狐!」
大きく舌打ちする。
その時、背後に殺気を感じて慌てて振り向いた。
「リリー・キャボット!500年前の恨みつらみを晴らしに来たわよ!」
”覆しの魔女”アデリナ・オルネラスが立っていた。
リリーに気取られないように、姿や気配を消す魔法を自らに施して、ロッティはアデリナから離れていた。
(アデリナってば…。猪突猛進するほどバカじゃないんだけど、戦闘に関しては正面からメンチきらないと気が済まない性格なのよね。
リリー相手なら不意打ちしたって、卑怯のレッテルは貼られないと思うケド)
アデリナとリリーが対峙する様子を離れたところから見て、ロッティは心の中で特大のため息をつく。
(グリゼルダ様からの指示で、アデリナはリリーを連れて場所を変える。私はそのすきにメイブを助けて、あの女の子も助けて『いたずらっ子の脅威』を止める。
『ヴォルプリエの夜』の間に世界中に癒し魔法を施して、人間たちに滲みこんだ『いたずらっ子の脅威』の闇を祓う。
もお…、働かせ過ぎよグリゼルダ様!)
声は出せないので、ロッティは拳を握って震わせた。
『ヴォルプリエの夜』効果で本調子を取り戻したものの、病み上がりであることに変わりはない。
(はあ…。さて)
リリーの傍にいるダーシーとメイブ。
(メイブにあんな酷いことをさせて!あの女の子の『いたずらっ子の脅威』の力を、メイブ経由で空の魔法陣へ送り出しているのね。
あんなことをしたら、メイブの心が闇に蝕まれて壊れちゃうかもしれない)
心優しいメイブに、あんなことが耐えられるだろうか。
小夜啼鳥という鳥類だったメイブは、しかし美しい声ではなく、怨嗟のように悍ましい闇を嘴から吐きだしている。おそらくリリーによって意識は閉じられていて、小夜啼鳥としての潜在能力だけを引き出されているのだろう。
「ロッティ!今よ!」
アデリアから合図が飛び、ロッティは迷わずアデリナとリリーの足元に移動用魔法陣を描いた。
「ちょっ」
「あとは任せて!」
そういうと2人は何処かへ消えた。
「任せたわ、アデリナ!」
2人の姿が消えると同時に、ロッティはメイブとダーシーの元へ駆け寄った。
「メイブ!」
何も耳に入らないのか、2人は動かない。
「ええと、ダーシー・スライね?この子を先に何とかしないと、メイブを助けるのは無理ね。
ダーシー、聞こえる?ダーシー」
うんともすんとも反応がない。
「無理に『いたずらっ子の脅威』の出力を止めると危険そうだし、どうすれば…」
ロッティは虚ろなダーシーの顔をしばらく見つめた。
「そだ」
提げていた巾着袋をゴソゴソとして、小さな包みを取り出した。
「これで意識を引っ張り戻せるかしら…ダーシー、これ食べる?」
ダーシーの顔の前に、ジンジャークッキー数枚を差し出した。ショウガと甘い匂いが辺りにほのかに漂う。
少しすると、クン、クン、とダーシーの鼻がひくつきはじめた。
「ダーシー・スライ、聞こえる?ダーシー!」
やがてダーシーの目の焦点が戻ってきて、ピクっと身体を震わせた。
「…だれ?」
「初めましてダーシー。私は”癒しの魔女”ロッティ・リントン。メイブの主よ」
「メイブの?」
ダーシーは上にあげていた手を下ろす。
掌には嘴を開けたまま、闇を吐きだし続けるメイブが座っていた。
「お願いダーシー、『いたずらっ子の脅威』を止めてくれる?このまま続けていたら、メイブの心が壊れてしまう」
「メイブが壊れる…」
ダーシーはメイブの後頭部をじっと見ていたが、ふるふると首を横に振る。
「ダメ!」




