結城明日奈、ピノ・フィッツジェラルド・エヴァンス
「そうか、明日奈は亡くなったか。」
「パパに見守られて逝ったわ。範囲治癒の影響って、こんな風に出てきちゃうのね。……。あたし、もうちょっとでいいから、明日奈と一緒に居たかったな。」
「……。明日奈は、納得してると思う。記憶が無かったとしても、ピノと過ごした日々は、宝物だったと思うよ。」
明日奈が齢三十七になろうとしていた頃、体調を崩して入院した、とは聞いていたが、そこから三か月、回復する事もなく、明日奈は逝ってしまった。
その報告を受けていたディンは、皆を集めるべく連絡を取る、明日奈も仲間だったのだ、葬儀には出てやらないといけない、と考えていたからだ。
「あたしね、ディセントに戻ろうと思うの。ディンが言ってた、女神として覚醒する可能性がある、それが現実になりそうだから。」
「そうだな、ピノの力はどんどん強くなってる、女神としての力を取り戻しかけてる証拠だろう。これ以上は、俺が封印した所で抑えきれない。」
「……。バカね、ディン。あたしはニンフに戻るだけ、森の女神として、生きていくだけ。明日奈の分も、生きていかないとダメだと思うの。だから、能力の封印なんてしなくていいんだ。明日奈が見たかった世界、それを見届けたいから。」
「そうか。なら、取り合えずは明日奈の葬儀を済ませてからにしよう。その後ピノがどういう選択をするのか、に関してはある程度黙認するよ。それじゃあ、俺は皆に連絡をするから、葬儀の日取りが決まったら、すぐに連絡をくれ。」
「うん、わかったわ。」
電話が切れる、ピノは、病院の庭で電話をしていて、今明日奈は、霊安室に眠っている。
ぽたぽたと、涙が零れる。
もっと一緒に居たかった、もっと沢山の思い出を作りたかった、いつかはニンフとして女神に戻るとしても、それでも、今を楽しんでいたかった。
ただ、それは叶わなかった、明日奈の寿命、それは、範囲治癒を発動した時点で縮まっていた、そして、そもそも明日奈は長命な方ではなかった。
仕方のない事なのだ、いつか来る別れが、今来たというだけで、いつかは別れの日が来る事はわかっていた。
ただ、今は涙が止まらない、今は、今だけは、泣いていたい。
「明日奈さん、亡くなったのね。まだ若かったのに、残念ね。」
「リリエル、来てくれたんだ?」
「仲間の死だもの、悼まない理由はないわね。」
数日が経ち、明日奈の通夜が行われていた。
セレンとリリエル、外園とウォルフも参加して、勿論の事、四神の使い達も参加していた。
そして、特例ではあるが、と輝竜クェイサーも、人間の姿になって参加していた。
「クェイサー、久しぶり。あたし、明日奈の事守れたかな?」
「ピノちゃん、人間はいつか死んでいくもの、生命とは、いつか死んでいくもの。私達竜神は、それが長い時間をかけてだから、あんまりそう言う経験をしない、それだけだよ。ピノちゃんは明日奈を守ってくれた、それは、王様が知らせてくれてたから、知ってたよ。ピノちゃんは、ちゃんと約束を守ってくれた。明日奈は、ちゃんと生きる事が出来た。それで良いんだよ。」
「今日は来ていただいて……、そちらの方は?ピノちゃん、お知り合いかな?」
「私はクェイサー、向こうの世界にいた頃の明日奈の保護者だよ。お父さん、明日奈は頑張った、明日奈は、もう大丈夫だって思ったから、逝ったんだよ。」
「……。そうでしたか、貴女が明日奈の……。明日奈が世話になりました、父として、感謝していましたよ。明日奈を立派に育ててくださった、その事に。明日奈は私の子ではない、それは確かでした。ただ、絆はあった、と思うのです。……。貴女もきっと、明日奈との絆があったのでしょう。」
人間の姿をしているクェイサーに驚く明日奈の父だったが、この世界では竜神と言うのは人間の姿を持っている、とディンに聞いていた為、この人物が輝竜かと納得する。
金色の髪の毛に黄金色の瞳、少女然としているが、確かに長きにわたる年月を生きてきたのだろうとわかる知性、それらを統合して、竜神である事は間違い無いのだろう、と。
「神主さん、今日はご愁傷さまで。明日奈は、頑張ったな。」
「竜神王様……。ありがとうございます、皆さんを連れてきてくださって、明日奈を見送る為に、手配をしてくださったのでしょう?明日奈も喜んでいると思います。」
「いえいえ、それ位の事はしてやらないと、明日奈に申し訳ないからな。それで、ピノの事なんだけど……。」
「はい、伺っています。女神として生きていくと、ピノちゃんは言っていましたから。決別になるのでしょう、ピノちゃんには、ピノちゃんの生きる道があり、私には私の残された道がある。また重なる時があるかもしれない、それを願って生きるのでしょう。……。竜神王様、貴方には感謝してもしきれません。私は、貴方が知らせてくれたお陰で、明日奈が生きている事を知り、そして、十数年と言う短い時間でしたが、明日奈とまた一緒に生活が出来たのですから。」
通夜に参加している面々、俊平達やセレン達を見て、明日奈の父は喜んでいた。
明日奈を思ってくれる人が、こんなにもいた、それはピノを通じて知っていはしたが、実際に会ってみると、どの人も優しく、礼儀が正しいのだ、と。
皆に挨拶をしながら、明日奈の父は、明日奈が守ろうとした世界、それは間違いではなかった、と感じていた。
「それじゃあパパ、あたしは行くね。」
「いつでも帰っておいで、ピノちゃん。ここは、君の家でもあるのだから。」
「……。ありがとう、パパ。」
「それじゃ、ピノ、行くか。」
「うん。」
明日奈の四十九日の法要が終わり、ピノはディセントへと向かう準備をしていた。
ディンが手配していたのか、女神として過ごせる森を用意していた、という話を聞いて驚いたピノだったが、それ位の事ならディンなら簡単に出来るだろう、とも考えていた。
「……。ここが、あたしが女神として生きる森?」
「そうだな。ピノの魂に刻まれた心象風景、それを基に用意した、神域だ。人間の出入りが出来るかどうか、なんて事は、ピノが決めてくれ。」
ディセントはノースディアン、その中央付近の森林、そこをディンは神域とした。
ピノが生きていくうえで必要なものを用意し、またピノが完全に女神として覚醒した場合にも、問題がない様に調整していた、そんな事をディンが出来た、というのがピノにとっては驚きだったが、ディンなら何が出来てもおかしくはなさそうだ、と認識を改めた。
「結界の調整、なんかはやり方を教えなきゃだな。」
「うん、お願い。」
女神として覚醒しつつあるピノは、見た目の年齢に変化がなかった。
十何年間とセスティアで人間として過ごしたはずだったが、女神としての素養が開花しつつあったのだろう、長い時を生きるうえで、身体の年齢が止まったのだろう、とディンは言っていた。
「じゃあ、俺は向こうに戻るから。何かあったら呼んでくれ。」
「分かったわ。」
ディンがセスティアに帰る、そしてピノは、最初に何をするべきかを考え、答えを出していた。
「ねぇ、ドリュアス。ドリュアスは、こうなる事を知ってたのかな?」
無限の若木の種、それを神域の中央に植えるピノ。
いつか、ドリュアスにあえたら、会う事は無いだろう、とディンは言っていたが、ピノは何処か確証めいたものがあった。
いつか、ドリュアスが現れる、この種は、その為にあるのだ、と。
「女神に戻ったとしても、あたしはあたし、だよね。明日奈。」
女神として生きる道を選んだ、それは後悔はない。
そもそもこの世界にいる事自体がおかしい自分は、どう生きた所で世界に影響は与えないだろう、だから、自分らしく生きていこう、と。
「明日奈、ずっと友達、だからね。」
ピノは、生涯明日奈を忘れないだろう。
特別な運命を持った者同士だとか、そう言う事ではない、ただ、友として、忘れないだろう、と。