坂崎竜太
「竜太、たまには飯でも行くか?」
「うん、悠にぃとおじさんも誘う?」
「そうだな、そのメンツで行くのも久しぶりか。」
竜太が三十一歳になって、NPOでも中堅になった頃。
会長であるディンが、たまには食事でもと誘う。
竜太は、デインと悠輔に連絡を入れ、今は転移を使って相談先に行っている二人は、後から合流するという形になりそうだ。
「それじゃ、締め作業しちゃおうか。」
「うん。」
戦った頃のまま大きくなった竜太、坊主頭のままが楽だ、と言ってずっと坊主頭のままな竜太は、右腕に包帯を巻いていた。
竜神の紋章、それを隠す事が出来ないデインと竜太は、基本的に外にいる時は包帯を巻いている、安易にそれに気づかれるのも面倒だろう、というディンの言葉に従った結果、それが癖になった、と言った所だろう。
今では所帯を持ち、ディンとは別々に暮らしているのだが、仕事で平日は顔を合わせる、だからではないが、竜太は安心していた。
ディンは結婚するつもりはないと言っていた、だから、一人きりにしてしまっている事に、少し申し訳なさを感じていたのだ。
逆に、デインが結婚した時には驚いた、デインも竜神の身、結婚して子供が生まれた場合、竜神の系譜を継ぐ事になるのではないか、と考えていたが、ディン曰く、竜神は竜神として子を持たない限り、人間として生まれてくる、という話だった。
「さ、行こうか。」
「うん。」
ディンが子供をもうけた場合、は話が変わってくる、竜神王としての能力と言うのは、母体にも子供にも影響を及ぼす、そして、竜神王の系譜は竜神王の系譜からしか生まれる事はない、という事らしく、結婚はしない、と決めていた様だ。
「かんぱーい。」
「乾杯。」
「今日も疲れたなぁ。」
「ね、でも、沢山の人を助けられるって、素敵な事だよね。」
順調に成長を重ねていた竜太と悠輔、そして見た目がまったく変わっていないデインとディン、というちぐはぐな四人は、居酒屋に来ていた。
デインも年齢としてはアルコールを飲める、意外にも、デインはディンと違って酒を好んで飲む性格をしていて、中でも焼酎がお気に入りだった。
「ディンが一番飲めねぇとは思わなかったな、一番アルコール耐性とか強そうな感じしてたけど。」
「そうだな、竜神の世界では、アルコールなんてなかったからな。逆に、なんでデインは飲めるのか、が不思議だよ。」
「美味しいよ?味覚の違いだっていうけど、どうなんだろう?」
「父さんはずっと飲んでこなかったからね。だから、アルコールの味が苦手なままだったんじゃないかな?」
ディンがカクテルを飲んでいるのに対し、ビールを飲んでいる悠輔と竜太、そして芋焼酎に舌鼓を打っているデインと、三者三様とでも言えばいいのだろうか、意外にも、アルコールに一番耐性が無いのがディンだ。
普段からビールを飲んでいる竜太や悠輔、肴をつまみに焼酎を飲むのが一日の終わりに丁度良い、と言っているデインと違って、ディンは基本的にアルコールを摂取しない、その差があるのだろう。
「でもさ、竜神王として、大体の毒には耐性があるんでしょう?ディン、毒耐性高いって言ってたよね?」
「アルコールは毒に分類されないんだろうな。煙草だってそうだ、吸い始めてから声が煙草焼けしたし、そう言う日常に存在する成分は関係がないんだろうな。」
「そういやそんなこと言ってたな。ディンが酒飲めねぇって知った時には、少し驚いたけど、竜神の世界に無いんじゃしょうがねぇよな。」
「僕は人間の体だから飲めるとして、デインおじさんは何で飲めるんだろう?その理屈でいうのなら、デインおじさんも飲めないはずだよね?」
個室の居酒屋の為、話が外に漏れる事もない、こういう時位しか、そう言う話を出来ないから、と竜太は普段はしない話をする。
ディンが何時だったか掛けた忘却魔法、それはもう効果を持っていない、ディンが解除した為何の効力も持たないのだが、普段から気を使って生きているとでも言えば良いのだろうか、普段はこういった類の話はしない、が決まり事になっている。
「悠にぃ、そう言えば英治さんは元気?今は育休取ってるでしょ?会いに行こうか悩んでるんだ。」
「ん?そうだな、俺達にしか転移は使えないし、英治さんは施設の方の担当だから、竜太はあんまり会う事が無いのか。元気してるよ、悠人ももう二歳になるから、そろそろ保育園に預けて復帰するか、なんて話だ。」
悠輔の恋人、というよりパートナーである英治は、悠輔が精子を提供して代理母主産した子供を育てていて、現在は悠輔と三人で暮らしている。
元々英治は施設に泊まりきりで仕事をしていたのだが、施設長である飯島から、所帯を持ったのなら別で暮らした方が良い、と言われ、悠輔と一緒に家を買った、それが悠輔が高校を卒業してすぐの話だった。
本当なら子供を授かるつもりはなかった、と悠輔は言っていたが、陰陽王の末裔は必要だろう、という話を皆からされていて、いつか血筋として必要になる日が来るかもしれない、血を絶やしてはいけない、と子供を授かった経緯があった。
という割には子煩悩で、こうして飲みの場に出てくるのもまれで、普段は直帰している、それ位には、子供が可愛いのだろう。
「デインおじさんは、子供欲しいなとか思わないの?」
「んーっとね、結局さ、僕達竜神って何百万年と生きる種族でしょ?子供には遺伝しない、子供は人間として生まれるってディンは言ってたけど、でも、子供に先に死なれちゃうのも嫌だし、そのうちこの世界を離れるかもしれない、って考えると、子供を作るって言うのも無責任かなって思うんだ。郁美ちゃんが結婚してくれただけでも十分だよ。」
「デインは子供好きだから、良いと思うんだけどなぁ。でも、結局種族の壁があるんだもんな。ディンは、竜神王には竜神王なりの事情がある、って言ってたしな。」
「そうだな。俺が子を授かるってなると、竜神王の力と血に耐えうるだけの母体じゃないといけないからな。昔は母さんがそうだった様に、今じゃ竜神自体が残ってないから、俺は子供はもう作れないな。竜太がいてくれるし、それでも構いやしないけど、そうだな。竜太は人間としての寿命を生きる事になるだろうから、俺も遺される側になるんだろうな。」
名物だという烏賊の一夜干しを食べながら、四人はそんな話をしている。
デインは子供を授かるつもりがない、そしてディンは、子育ては一通り終えた、だから良いのだ、と。
ただ、デインが何百万年という年月を生き、そしてディンはどれだけ生きるのかもわからない、待っているのは孤独だ、それは間違いではない。
「本当は、僕がずっと支えたかったんだけどね。でも、人間の体に育ったわけだし、父さんがそうして欲しいって母さんに言ったんでしょ?リュートと僕の魂を一つにしてほしい、って。だから、僕は僕として人間の寿命を全うするべきだ、って思うんだ。」
「俺も、陰陽王なんて大仰な存在の生まれ変わりなんだから、寿命が人間と違ったとしてもおかしくない、と思ってたけどさ、結局、人間の成長の仕方何だもんな。陰陽王は人間だった、って言ってたな、そういや。」
「陰陽王、一万年前の、世界分割の時にこの世界に残った、守護者。悠輔がその生まれ代わりだって知った時には、驚いたよ?母ちゃんから聞いてたんだ、陰陽王の血族を頼りなさいって、ずっと言われてたから。その統率の生まれ変わり、ってなんだか不思議だなって思うんだ。でも、悠輔も竜太も、あの人達によく似て来たね。」
「あの人達、って、デインおじさんを封印した人達?」
「うん。陰陽師の血族、その中でも一番の使い手って言われてた、二人のご先祖様。確か、二人と同じ位の年齢の時に、僕がこの国にやってきて、それで封印してもらったんだよ。」
「当時の記録は今でも残ってるけど、陰陽師の当代の能力は凄まじかったらしい。それこそ、特別な契約を交わしてたって言う理由もあるけど、竜神王を封印出来る位の力を持っていたそうだ。皆が全員で発動しなきゃいけない量の魔力を、一人でコントロール出来た、って話だな。」
千年前の陰陽師の当代、デインが封印を依頼したその人であり、竜太や悠輔の先祖に当たる人物。
ディンは、記録としてその存在の何たるかを知っていた、それは、陰陽王の生まれ変わりである悠輔と同等か、少し劣る程度の実力を持っていた、闇に飲まれかけたデインを、一人で封印しえたという話だ。
実際には、一人でやってしまうと命を落とす、と言われ、複数人、ディンの子供達の先祖と共に、それを実行したのだが、実力的には一人でも出来た、というのが事実だった様子だ。
「まあ、俺やデインを封印する事にはならない、それは確かだ。後何十年生きる蚊はわからないけど、人生を謳歌してくれ。」
「あ、父さん酔って来てる?水貰う?」
「んー、そうだな。」
酔っぱらってきたディンを介抱しながら、竜太は日本酒を頼み、烏賊の一夜干しで飲んでいる。
親子、というには逆になってきてしまった、それは見た目がという話だが、ディンが二十そこいらの年齢でも通じそうなところ、竜太は三十を超えて大人になった。
寂しい、という気持ちが、ディンの中にあるのだろう、と竜太は考えていた。
「ただいまー。」
「あ!父ちゃん!おかえりー!」
「竜人、寝てなかったのかい?」
「お父さんが帰って来るまで起きてる、なんて言っていたのよ。今日はお義父さんと飲んできたんでしょう?どうだった?」
竜太が帰路につくと、息子の竜人と、妻の春が出迎えてくれる。
夜十時、まだ幼稚園生な竜人は眠そうにしていたが、どうやら竜太と一緒に寝たいとせがんでいた様子だ。
「一緒に寝よっか。」
「うん!」
普段は、竜太が何時仕事で呼び出されるかわからないから、と春と一緒に寝ていた竜人だが、今日は竜太と寝る!と息巻いていて、眠いながらに待っていた。
「父ちゃん!抱っこ!」
「はいはい。」
竜人を抱っこして、部屋まで連れていく竜太。
「じゃあ、父ちゃんは着替えるから、ちょっと待っててね?」
「うん!」
竜太は寝間着に着替え、竜人に腕枕をして、背中を優しくさする。
ディンは、父は、こうした事をしてこなかった、と言っていた。
幼少期は触れ合えなかった、関わり始めたのが十二歳の頃、それまでは力を蓄えるのに精一杯だった、と。
親子の何気ない触れ合い、それすら許されなかった、ディン。
そして、今をこうして生きて、息子と一緒に寝ようとしている自分。
竜神王と言う宿命があったから、とは言っていたが、ディンも本当は、こういう風に子供と接したかっただろう。
「父ちゃん、お歌うたって……?」
眠そうに瞼をこすりながら、竜人がせがんでくる。
それは、竜神に継承された、子守歌。
ディンがかつて、蓮に歌っていた、そんな歌。
「ーーー」
「んー……。」
子守歌を歌っていると、すぐに寝付く竜人。
竜太は、こうして平和でいられる事に、感謝していた。
いつかディンの跡を継いで、そして竜神王として生きると思っていた、だから、こうして人間として生きられる事が奇跡だと思っており、そして感謝していた。
ディンはまだ戦っている、破壊の概念が遺した残骸、残留思念とでも言えば良いのだろうか、そう言った芽を摘み取っている、時々だが、異世界から来訪者が現れ、その対応をしたりもする。
ただ、人間として人生を終える、それが、竜太にとっては幸せだった。
いつかディンを置いて逝く事になる、それだけは悔やまれるが、しかし、人間としての宿命、生きるという使命を果たせる、それを幸せだと感じていた。