鈴ケ峰清華
「澄香ちゃん、おむつを替えますよ?」
「あー!」
清華は、二十五歳で道場の師範代と結婚をし、現在二十七歳、娘が生まれて、生後半年になった。
俊平の家庭にも子供が生まれ、現在俊平は男の子と女の子、一人ずつの父親として頑張っている、と連絡を取っていて、館山からでは少し遠いが、横浜から会いに来てくれていたり、ベビーグッズをおすそ分けしてくれたりと、良いか関係性を築いていた。
そう言えば、修平も今は良縁に恵まれ、付き合っている女性がいる、と言っていた、大地はもうそろそろ地元に戻ると言う話で、何と竜太が結婚したのは驚きだった、と思い返す。
竜太が結婚したのが去年、二十三歳で、俊平と同じ歳で結婚した、結婚式には友人として参列したが、竜太が結婚するとは、と弟を見るような気分になったのを、清華は覚えていた。
「はい、終わりましたよー?」
「うー!」
娘の澄香は、鈴ケ峰家に代々遺伝する青色の瞳をしていて、戦いが終わったとしても、その遺伝は変わらないのだな、と清華は考えていた。
「達郎さん、今日のお食事は何にしましょう?」
「清華さんの作るご飯は何でも美味しいけど、たまには俺が作るよ、澄ちゃんのお世話で疲れてるでしょ?」
「いえいえ、道場を守っていただいているのですから、私は家庭を支えなくては、と思うのです。澄香ちゃんが生まれたからと言って、それを疎かにしてはいけないとも思います。」
「清華ちゃんは真面目だからなぁ……。たまには、息抜きしても良いんだよ?」
「大丈夫ですよ、今日は澄香ちゃんと一緒にお昼寝をしましたから、元気はあります。」
母として、現在育休を取っている清華は、夫である達郎に道場を任せ、育児に専念していた。
父も道場の暇を見て会いに来てくれていて、昔の厳しかった父が何処へやら、孫煩悩なおじいちゃんになっていた。
今日は夕食の後、ディンと会う約束をしていて、部屋を片づけていたのだ。
「ディンさんは夜に来るんだよね?ご飯は食べてからいらっしゃるのかな?」
「はい、そうだと伺っていますよ。」
「じゃあ、俺が澄ちゃんと寝ようかな、たまにはお父さんらしい事してあげないと、将来嫌われちゃいそうだ。」
「はい、お願いしますね。」
清華は、澄香をベビーベッドに寝かせると、夕食を作り始める。
結婚と同時に買った一軒家、いつかは道場と屋敷を継ぐのだろうが、と清華は考えていたが、新婚から父と同居を考えていたが、父から別居を申し出られて、今は鈴ケ峰二刀流剣術道場から近くの一軒家に住んでいる。
哲郎は、夕食を食べ終わると、澄香を連れて二階に上がり、清華は独り、洗い物をしながらディンの到着を待つ。
ピンポーン
「はい、ただいま伺います。」
夜八時、インターホンが鳴り、ディンが来たのだろうと清華は玄関に出る。
「あら、清華さん、だいぶん落ち着いたのね。」
「リリエルさん……?いらしていたんですか?」
「えぇ、ディン君もいるわよ?」
「やぁ、清華ちゃん。驚いたかな?」
玄関に出ると、何とリリエルがいた。
色々な世界を旅している、とグループチャットを通じて知っていたが、この世界にまた来ていたとは、と清華は驚く。
ディンは変わらない様子が伺えたが、リリエルは髪の毛をショートヘアにしていて、雰囲気がだいぶ違うのも、驚いた要因だろう。
「貴女に子供が出来た、それは知っていたのだけれど、そう言えば会っていなかった、と思って、顔を出したのよ。ディン君には許可を貰ってるわ、少しの間、滞在する事になりそうね。」
「最後に会ったのは、竜太君の結婚式でしたか、あの頃はまだ、妊娠したばかりでしたので、そう言えばそうですね。娘に会わせたい気持ちは沢山あるのですけれど、今は夫が寝かしつけてくれていますので、また後日でもよろしいでしょうか?」
「えぇ、構わないわ。子供の生活に合わせる、それは赤子であれば当たり前だものね。」
ショートヘアになったリリエル、と言うのには少し違和感と言うべきか、新鮮味を感じる。
ディンとリリエルを家に招き入れ、リビングに通してお茶を出す。
「それで、ディンさんの御用というのは、なんでしょう?」
「ん、いつも通りだよ。能力や魔力に関して、何か困った事や不都合があるかどうか、の確認だな。道場の方は上手くいっているかな?」
「今は夫が切り盛りしてくれています、私は産婦ですので、まだまだ子供に手をかけていたいのです。ディンさんのお仕事の方は、どうでしょう?相変わらず、青少年保護の仕事をされているのでしょう?」
「そうだな、時たま凶悪犯の逮捕に携わってるけど、基本的にはNPOの方でやってるよ。竜太も来てくれたし、悠輔とデインも働いてくれてるから、楽になったかな。転移を使える要員が増えたから、分担して仕事をしてるよ。」
高校を卒業した後の竜太と、悠輔、そして暫くは学校に通っていたデインも、現在はディンの興したNPOで働いている。
デインはディンより年上、一万歳を超える年齢だと清華は聞いていたが、それでもこの世界の常識や礼節をわきまえるのに丁度良いだろう、と高校に通っていた、という所までは聞いていた。
「デインさんも、お仕事に携われているのですね?世界の守護神と呼ばれた方が、学生をすると言うのは、少々驚きましたが、しかし、年齢は私達と変わらない見た目をされているのですし、違和感はないのでしょうね。ですが、高校生で茶髪、と言うのは周囲に驚かれたり、生活指導の対象になってしまわれたりするのではないでしょうか?」
「そうよね、デイン君は貴方より年上だって言ってなかったかしら?それなのに、学生生活って大変だったんじゃないのかしら?この世界の理としては行っておかないと、って言っていたけれど、どうなのかしら。」
「そこは問題なかったよ。この世界出身じゃない、とまでは言ってなかったけど、外国出身で、って話をして、髪色とか瞳の色に関してはクリアしたんだ。同級生とも仲良くやってたし、一万歳って言っても、中身は見た目相応何だろうな。学生生活も、結構楽しんでたよ。」
デインは、初めて通う学校と言う場所に、ひどく驚いていたが、持ち前の明るさですぐに溶け込み、そして学生としての生活を謳歌していた。
元は守護神として祀り上げられた身、と言っても、本人にあまり自覚がないのか、それともその役回りを嫌がっていたのか、学校に通おうか、とディンが良い出した時には、すぐに承諾していた。
清華達はそれを聞いていて、守護神が学校に通うとは、と驚いていたが、しかし、デイン自身がそれを望んでいるのであれば、手伝おうと決めていたが、学生生活の中で特段面倒ごともなく、デインは高校を卒業して、現在はディンの下で働いている、と言う話の様だ。
「剣術道場の方はどうなのかしら?清華さんの相手が務まる人間、なんているとは思えないけれど。」
「はい、それに関しましては、悠輔さんと竜太君が時折相手をしてくださっているので、問題なかったのですよ。俊平さんや修平さんも、稀に来てくださって、弟子達のいない合間に、魔力を使った修行をさせていただいています。ディンさんが周囲に目がない場合ならば良いと仰って下さったので、そうさせていただいていますよ。」
「一度得た魔力、それは無かった事には出来ないものだからね。だから、体が鈍らない程度にはやっていいよ、って言う話で決めたんだよ。ただ、人目につかない事が条件、だけどね。」
「相変わらず、こっちの世界は窮屈なのね。力を持っている事を隠さなければならない、なんて、私だったら窮屈だと思ってしまうわね。でも、それがこの世界の理、守らなければならない事だものね。」
ディンは立場上忙しく、あまり清華達の相手をしてやれていないが、悠輔や竜太、デインは腕を鈍らせない為にも、と言って、清華達の相手をしてくれている、能力や魔力を使った鍛錬、それは力を持つ者同士でないと、危険だ。
と言う経緯もあり、力を持っている竜太や悠輔、そして時々デインが、清華達の所に赴き、修行の手伝いをしていた。
大地に関しては、旅先で良い空間、修行をする程度の空間があった場合に、転移で飛んでき、修行をしていた。
「そうだ、俊平君の所の娘さん、一歳を超えたんだってね。誕生日祝い何が良い?って聞いたら、ディンさんにはたくさんもらってるからよ、なんて言われちゃってね。まったく、どの子達も大きくなってるもんだな。何時までも子ども扱いしてたら、駄目なんだって思わされたよ。」
「俊平君の子供、そう言えば竜太君の結婚式に来てたわね。上の子だけだったけど、香織ちゃんってだったかしら?奥さんによく似て美人になりそうよね。」
「そうですね、女の子は男親に似る、とはよく言われていますが、俊平さんのお子さんは、奥様によく似てらっしゃりますね。」
俊平の子供、長女の香織と長男の俊太、俊太が一歳を迎えて、その時にディンが何か贈り物をしようと連絡を取ったのだが、俊平から丁寧に断られた、と言う話は聞いていた。
十年前、多額の金銭を受け取った事を覚えていて、それで遠慮したのだ、と清華達は聞いていたが、ディンにとっては、子供扱いしていた子供達が大きくなった、と言う認識の様だ。
「それじゃあ、明日また顔を出しに来るわ。貴女の娘にも、挨拶をしないとね。」
「じゃ、俺達はこれで。またな、清華ちゃん。」
「はい、お待ちしております。」
そう言って、二人は席を立つ。
清華は二人を見送ると、そう言えば洗濯物がまだ干してなかったな、と思い出して、洗濯物を取り込み、干す為にベランダに出る。
「今日は暖かいですね。」
春先の温かい陽気、これから先夏になっていって、カンカン照りな日々が続くのだろうか、その前に梅雨が来るな、と清華は考える。
修平の結婚までどれ位かはわからないが、良い感じだとは言っていた、だから、また結婚式で会えるのが楽しみだ。
修平はお見合いで付き合い始めた女性がいる、と言っていて、妹の綾子は一足先に結婚して、家を出て嫁いだという話は聞いていた、あんなに弱かったはずの綾子が結婚してくれて嬉しい、けれど少し寂しい、と修平は言っていただろうか。
清華も、いつかは澄香が結婚したり、もしかしたらまだ何人か子を授かるかもしれない、とは思っていて、それを楽しみに待っていた。
魔力の継承、それはなかった、無いとディンも言っていたし、戦っていた頃つけていた勾玉は今、父の屋敷の蔵に祀ってある、だから、誰かに盗られて誰かが力に覚醒する、という事もないだろう、とディンは言っていた。
例えば、澄香がいつか家督を継いだとして、勾玉に触れたとしても、魔力に覚醒する事は無いだろう、とも。
「今日は満月ですか。」
空を見上げると、雲一つない空に、満月が浮かんでいた。
平和になって十年、戦いが終わってから十年が経った。
蓮の事を思い出さない訳ではない、時折、蓮の事を思い出す。
蓮は、何の為に死んでいったのか、それは理解している、それが、自分達の未来の為だと、守護者達の未来を守る為だと、ディンは話していた。
今蓮は、見てくれているのだろうか。
平和になった世界、戦わなくても良い未来、そして、守られた世界。
想いを馳せる、もしも蓮が生まれ変わって、自分達の元に現れたら。
きっと、仲良くなれる、仲間だったのだから、と清華は月を眺めながら感じ取っていた。