ルベライト・セレン・カイル
「ふー……。」
気が付けば煙草を吸う様になっていた、セレンは、父パトロックがそうしていた様に、リビングで煙草を吸う。
旅を終え、元居た世界に戻ってきたセレンは、これからの事を考えていた。
自分ももう齢三十を超えた、そろそろ落ち着いて、鍛冶仕事に集中しなければ、そして、弟子でも取って跡を継がせなければ、と思案していた。
弟子募集の張り紙を街中の掲示板に貼り、そして自分はまず家の整理から、と考えて、今は遺品の整理をしていた。
幸いにもか、まだ次代の勇者は現れていない、今の所、セレンを必要とする仕事は来ていない、だから、今のうちに出来る片づけをしておこう、と言うのが、セレンの思考だった。
「やれやれ……。」
煙草を吸い、肺に落として吐き出す。
パトロックが吸っていた銘柄、セスティアにはなかったが、紙巻きたばことしてはきつい方だ、とディンが言っていたそれよりも、タールやニコチンが高い煙草、それを吸っていたセレンは、少し喉が煙草焼けしたのか、声質が少し変わっていた。
そう言えば、と思い出す、俊平の結婚式の時に撮った写真、それを飾るのを忘れていた。
現像した写真を渡されていて、それを飾ろうと思っていたのだが、こちらに帰ってきて一週間、それすら忘れて片づけに集中していた、それが正しいだろう。
写真立てを軽くこさえて、その中に写真を入れる、そこには、少し老いたウォルフや、大人になったリリエル、変わらない外園とディン、そしてだいぶん大きくなった竜太と、懐かしい面々が映っていた。
セレンも三十を超えて、だいぶん落ち着いたとは思っていたが、竜太の成長具合、竜太が二十歳になり、ディンと同じ会社で働いている、と言う話を聞いた時には、たいそう驚いた。
子供だったはずの竜太が、今では立派に社会人として働いている、学生ではなくなった、それを聞いた時、自分も歳をとったもんだ、と感じていた。
「何時までもガキじゃねぇんだもんなぁ。」
セレンは、自分は結婚には縁がない、あったとしてもしないだろう、と考えていたが、俊平が結婚したという事は喜ばしく、同時に少し寂しくもあった。
まだまだ子供だと思っていた、社会に出た頃には一度会っていたが、それっきり連絡はたまにしていたが、と言う状態だったセレンにとって、俊平は弟の様な存在だった、その弟が結婚した、それが少し寂しかったのだろう。
「さて、続きやっか。」
そう考えていても、時は止まらない、時間は何時だって有限だ。
そう考えをまとめたセレンは、まだ終わっていない遺品整理を済ませるべく、煙草の火を消して作業に戻った。
コンコン
「ん?誰だー?」
数日が経ち、大体の遺品整理が終わり、丁度昼食を食べていた時、玄関のドアをノックされる。
セレンが立ち上がり、玄関を開けると、十歳程度の少年がそこにはいた。
「あの……。鍛冶屋のお仕事、の募集を見たんです!弟子にしてください!」
「おうおう、なんたってこんなガキンチョが?」
「その……。僕のお父さんとお母さん、勇者だったんです!でも、この前死んじゃって、それで……。」
「行く当てが無かった、って所か。ふむ、おめぇ、名前は?」
刈り込んだ黒髪にぱっちりとした紅い瞳、身長は百三十程度だろうか、そんな子供が、弟子になりたいと言ってくるとは思わなかった。
ただ、身寄りがない、と言うのは少年の話から理解した、食い扶持を稼ぐ為に、弟子入りしたいと志願してきたのだろう。
「はい!アルサって言います!」
「アルサ……。あー、あそこんちのガキか。そうか、親が死んじまったのか、辛かったな。取り合えず入れ、飯食うか?腹減ってねぇか?」
「はい!」
アルサを招き入れ、簡単な食事を用意するセレン。
アルサは、リビングの椅子にちょこんと座り、不思議そうな目でセレンを見ていた。
「あの……、カイル先生は、僕の事嫌がらないんですか?」
「嫌がるって、なんでだ?」
「勇者の血が混ざった奴、って言われて、色んな所に働かせて下さい、ってお願いしたんです。でも……、勇者の血が入ってるから、何をしだすかわからないから、ってお家にも入れてもらえなくて……。」
「アルサの両親、俺が武器こさえたんだよ。おめぇが生まれる直前だったか、槍を武器にする勇者の奥さんが、子供を授かった、名前がアルサって名前だ、ってな。勇者ってよ、立派じゃねぇか。世界の為に戦ってよ、そんで死んだ所で、誰にも感謝されねぇってのに、それでも選ばれただとか、志願しただとか、そう言う話は良く親父から聞いてたな。親父も思ってた、こいつらは勇者としては正しい事をしてるけど、人間としちゃ間違った事をしてるってな。ただ、俺はそうは思わねぇ、人間として、誰かを守りたいって言う感情は、当たり前に持ってるもんだからな。」
卵を焼いて、ハムを乗せてパンと一緒に出すセレン。
アルサは、頂きますといって、数日何も食べていなかったかの様に、夢中になって食事を頬張る。
「んぐ……。」
「ほれ、水飲め。」
「……。ありがとうございます、カイル先生!」
慌てて食事をかきこんだのか、喉を詰まらせるアルサ。
セレンは水を与えると、ごくごくと飲んで喉のつまりを解消している。
「んで、弟子希望だったか。こんなおこちゃまにやらせる程楽な仕事じゃねぇ、ッテ思ったけど、俺もそういやおめぇ位の歳には工房のイロハを教えられてたな。辛いぞ?ついてこられるか?」
「はい!カイル先生は、お父さんの恩人だ!ってお母さんが言ってました!そんなカイル先生について行くのが、楽しみです!」
「そうか。なら俺から何かいう事もねぇな。んじゃ、弟子入り承諾って事で、帰る家は無いんか?」
「えっと……。お父さんとお母さんが死んじゃって、おじさんが家を継ぐから出て行けって……。」
そう言えば、家督争いがあったと言う話も噂程度には聞いていた、とセレンは思い出す。
まだアルサの両親が健在だった頃、アルサの父が若くして勇者として選抜され、それに乗じて家督を奪おうとしている人間がいる、という噂を、勇者の育て役からぼやかれた覚えがある、と。
旅に出る前、ディセントでの戦いが終わって、それから一か月の間に起こった事だった為、セレンは実情を知らずに旅に出ていたが、成る程そう言う事になっていたのか、と納得する。
アルサの着ている服はボロボロで、碌に風呂にも入れていないだろう、と言う推測が出来る、家督争いで叔父に追い出されたのであれば、それも納得が出来る。
まだ幼いアルサには、家督を継ぐだけの器量が無かったのだろう、しかし、両親を亡くしたばかりなのに、家を追い出すとは、と酷な事をするなとも。
「取り合えず、飯食い終わったら風呂入って来い。服は……。荷物はそんだけか?」
「はい……。おじさんに追い出されて、なんとかお父さんとお母さんの形見だけは持ち出せて……。」
「大事なもんなんだな、オッケーだ。じゃあ、服は取り合えず俺が着てたやつでいいか。古いもんだけど、そこは我慢してくれ。んで、その後の事は、取り合えずここに居りゃいいい。俺も跡継ぎが欲しかった、それは間違いじゃねぇし、継いでくれる覚悟があるってんなら、丁度良い。ただ、厳しく行くぜ?俺も何時まで現役で居られるか、なんてわかんねぇからな。」
「はい!」
アルサは、希望を持った目で返事をする。
ここを追い出されたら、浮浪者にになるしか道はなかったのだろう、誰も世話を焼いてくれる大人がいない、それはアルサ自身が身に染みて理解しているのだろう。
だから、ではないが、勇者の血筋を引く者であれば、後継者としても十分だ、とセレンは考え、弟子入りを許可した。
「って事があってよ、俺もとうとう、師匠だな。親父の跡を継いで、そんでアルサに跡を継がせて。そうやって、道は続いて行くんだなって思った。」
「勇者の扱いって言うのは、結構悲惨だって言うのは知ってたけど、その子供まで悲しい思いをする事になる、それは少し看過しがたいな。ただ、俺はそっちのシステムには手は出せない、ルべが何とかしたいって思うなら、手助け位は出来るかもしれないけど、それもこれも、基本的には人の営みだからな。……。にしても、あのルべが弟子を取るなんて、想像もつかなかったな。」
「そうか?子供つくんねぇって決めてたからよ、看板下すか弟子取るか、どっちかしかねぇと思ってたぞ?」
「それもそうか。セレンの家系は代々鍛冶屋だった、その世代の勇者の為に武器を作る、それが役割だった、そうだったな、懐かしい。じゃあ、そのアルサ君って子と一緒に暮らすのか?」
アルサが疲れて寝た後、ディンに電話をかけていたセレン。
ルべと呼ばれるのも懐かしい、今では、ディン位しかその名を呼んでいない、大概の相手は、セレンかカイルか、育て役には、セレン坊ちゃんと呼ばれる。
坊ちゃんと呼ばれる歳でもないんだが、とセレンは苦笑いしていたが、育て役の男性、現在では七十程度になる老人なのだが、パトロックの事をパトさんと呼んでいて、その名残があるのだろう、とは思っていたが、まだまだ一人前として認められていない気がする、とも思っていた。
「家督争い、なんてめんどくさいと思うんだけどな、まあ思わない連中が争う、それは何処の世界でも変わらない、って事なんだろうな。ルべは独り暮らしだったわけだし、丁度よかったんじゃないか?独りで食べる飯は美味しくない、なんて言ってたからな。」
「そうだな、独りで食う飯って、味気ねぇんだよな。ずっと親父達がいたり、ディン達と行動してたりしたから、そんな事も知らなかったぜ。ただ、旅に出てからは不思議とそんな事も考えなくなったな、なんでだろうな?」
「さあ、な。心境の変化って言うのは、本人がわからないんだったら、誰にもわからないものだから。」
そう言うディンも、心境の変化があった、と何時だったか言っていた気がする、とセレンは思い出す。
まだセスティアを旅していた頃、珍しい鉱石があると博物館に誘われた時に、そんな事を言っていた気がする、と。
ただ、それはディンにとって苦しい結果の元に訪れた変化であって、セレンの様に前向きなものではない、と言っていた気がする、とセレンは思い出す。
「そうだ、あいつらは元気なんかね?こっちじゃもうあれから一年位経ったけどよ、そっちじゃまだ三か月位しか経ってねぇんだろ?」
「そうだな。時の流れに関しては、世界それぞれで違うから。スマホに関しては、俺の能力の一部を使って帳尻を合わせてるから、問題はないけどな。でもそうか、ルべはもう三十を超えたんだったか。ふむ、今度お祝いでも持っていこうか?」
「そりゃありがてぇけど、俺も一人前にならなきゃならねぇから、祝いはその後でだな。」
「ルべはとっくのとうに一人前だよ。お父さんの力を超えて、世界で一番の鍛冶屋になったんだ。それは俺が保証する、聖獣達の武器と賢者の石を組み合わせて、なんて離れ業をやってのけたんだ、立派なもんだよ、俺は正直、あの頃のルべには少し荷が重いと思ってたから。」
「何で出来たのか、って言われると、分かんねぇんだよな。あれ以降、あんな武器に触れる事もなかったしよ、なんで造れたのか、って言われると、分かんねぇんだ。それで、ディンは出来ねぇと思ってたのか?」
出来ると信じてる、それがかつて、ディンに言われた事だった。
パトロックを超え得る存在、セレンにしか、頼めない事だ、と。
「出来るとは思ってた。ただ、それ以上に仕上げてきたのに驚いたんだよ。俺の目測じゃ、もう少し練度の低い武器が出来上がると思ってたから。それでも、神々を打倒するだけの力を持ちうる、それはわかってた。ただ、想像以上の仕事をした、ルべは、俺が思ったより強い武器を造った、って事だな。」
「そうか、そりゃ良かったぜ。俺、あの時はゾーン入ってたって言うか、なんてーか、集中力がダンチだったんだよ。あんなに集中して武器造る、なんて、これから先の生涯で無いんだろうな、って思ったぜ?」
「それだけの事をしたんだよ、ルべは。神の権能である武器に、賢者の石と言う魔力の真髄を加える、それは並大抵の存在だったら、死んでるレベルで危険な事なんだ。それをルべは、やってのけた。俺の見立ては間違ってなかったって、強がりでも言っておこうかな。それでなお、俺の想像以上の武器を拵えた、それはまさしく、ルべにしか出来なかった事だ。誇っていいと思うよ、ただ、異世界で武器を鍛えた!は言われたら困るけどな。」
「わかってるぞ、ディン。異世界の事は、基本的に黙ってる、それが決まり事だってのは、重々承知してる。ただ、異世界の飯ってのは、この世界に広める価値があると思うぞ?ほら、セスティアで食った、懐石料理、だっけか?あんな上品で美味い料理、こっちにゃねぇからな。」
セレンにとっては十年以上前の事だったが、懐石料理の美味しさは衝撃的だった様子だ。
まだスマホに写真が残っている、とたまに見返しては、また食べたいと思っているのだ。
ただ、これからは自由に旅は出来なくなるだろう、鍛冶師としてもそうだが、アルサを独り置いて行く、と言うのも違うだろう、と考えたからだ。
これからは次世代の育成に力を入れる事になる、それは覚悟していた、そして、それがセレンに残された最期の役割だと感じていた。
「ま、また顔出してくれよ。アルサも、竜神王なんて会ったら、卒倒する位喜ぶだろうしな。勇者の息子なだけあって、そう言う事には詳しいだろうしな。」
「そっか、そっちの世界では、竜神王は語り継がれてる伝説の勇者、なんだっけか。そう言う事を言われるのは歯がゆいけど、まあ、少し位サービスするのも良いかもな。」
「おう、楽しみにしてるぜ。」
電話が切れる、セレンは、ディンが考えていた事を知って、驚いていた。
死ぬかも知れなかった、それがどういう理由で、なのかまではわからなかったが、それだけの事をした、それは誇らしいと。
そう言えば、あの武器達は今は祀られている、と言っていた、自分が関わった武器が、祀られていると言うのは、少しこそばゆいが、嬉しいものだ、とセレンは思い出し、笑った。