猿田彦俊平
「俺と結婚?良いのか?俺、ディンさん達と同じ、化け物って世間じゃ言われてんだぞ?それに、俺と子供作るって事は、将来俺んちの家系を継がなきゃならねぇって事だし……。色々と、大変だぞ?」
「それでも、貴方と一緒に居たいと思ったの。だから、逆プロポーズになっちゃうけど、結婚してください。」
「……。こんな俺で良ければ、いくらでも、だ。よろしくな、明音。」
「うん、よろしくね、俊君。」
二十三歳、俊平はプロのダンサーとして活動していた、その身体能力の高さと、なんでもそつなくこなす姿から、将来有望なダンサーとして重宝されていた。
ただ、いつかは実家を継ぐ、それが俊平に残された最期の役目なのだから、と同い年の彼女の明音には伝えていた為、その言葉は意外だったというべきか、結婚を考える歳ではあったが、結婚が出来るとも思っていなかった。
沖縄の忍者屋敷の末裔で後継者、と言う立場、そして何より、力を持つ者として、普通の人間とは違う、と線を引いていた俊平、そんな俊平と三年間隣にいてくれたのが、今の彼女であり、ダンサーの同期の明音なのだが、それでも俊平は、結婚までは行かないのだろう、と考えていた為、明音の言葉に驚く。
「じゃ、指輪とか買いに行くか。婚約指輪ってのか?そう言うの。」
「良いの?私から言い出したんだし、まだダンサーって言ってもお互い稼いでる方じゃないし……。そう言うの、後回しでも良いんだよ?」
「任せろ。俺、これでも金は持ってるんだ。ある程度だけどな、生涯生きていける程、ってわけでもねぇ、でも、ディンさんはこういう時に使ってほしいと思うんだよ。」
結婚となると、今の家では手狭だろう。
新居を借りる事も踏まえて、無理のない範囲での出費であれば問題ない、と俊平は考えていた。
それには明音の方が驚いていて、そこまでしてくれるとは思っていなかった、と微笑む。
「一緒に暮らすか。結婚するって言っても、最初は同棲から始めた方が良い気がするから、俺新しい家借りるわ。」
「良いの?」
「良くなかったら言ってねぇって。そうだ、セレンさん達にも報告しなきゃだな。結婚式、って言ったら来てくれっかな……。」
俊平は、明音にキスをして、今日は解散の時間だ、と言って独り家に戻る。
「ってなわけで、婚約したんだよ。」
「ほー?あの俊平がねぇ。清華に惚れたんかと思ってたけど、違ったんか?」
「清華は仲間だろ?恋人と仲間って、感情が違くねぇか?」
「それもそうか。結婚式、だっけか。そっちじゃ、結婚を披露するんだろ?俺も顔出すかなぁ。セスティアになんて暫く行ってねぇからな、懐かしいぜ。」
夜中、セレンと通話をしていた俊平。
今セレンは、別の世界へと旅立っている、時間の流れに差異があり、現在三十を超えている、と言っていた。
そろそろ腰を落ち着かせて親父の跡を継ぐか、と去年あたりに言っていた気がする、と俊平は思い出すが、それから向こうでは数年が経過している、とセレンは言っていて、ただ、まだ旅を続けている様だ。
「俺もさ、そろそろ腰据えて親父の跡を継がなきゃな、って思ってるんだよ。俺のいた世界は十年くらい経ってるってディンが言ってたし、そろそろ次の代の勇者が武器必要だって言い出しそうだしな。ちょいちょい帰ってるけど、家もだいぶ痛んできててな?手直しして、俺も住むかなって思ってんだ。ただ、俺は嫁は取るつもりはねぇけどな。」
「セレンさんは結婚願望とかないんか?」
「無いな。そもそも、俺は人間とは違う材質で出来てんだ、子供を産んでもらおうにも種がねぇ、そんな存在と結婚、なんて誰がしてくれんだ?って感じだ。奇特な存在、だと俺が疲れちまいそうだしな。そうだな……。元居た世界に戻って、弟子を取るかもしんねぇな。誰かが鍛冶師としての役割を継がなきゃならねぇ、でも俺は結婚する気がねぇ。なら、弟子でも取って受け継がせるのが一番、だからな。」
「そっか……。そういや、セレンさんは体が人間じゃねぇんだっけ。だいぶ時間が経ったからよ、そう言う事、少し忘れかけてたわ。でも、セレンさん良い人だからよ、良い嫁さんが見つかっと思うんだよな。」
「おうおう、言う様になったじゃねぇか。ま、結婚式やるってなったら、ディンに頼んでセスティアに行くぞ?同窓会って言うんだっけか?そういう気分になるかもな。」
「はは、そういやリリエルさんなんかはまだ旅してんだろ?あの人も守護者だってディンさんが言ってたけどよ、守護者がよその世界ふらついててダイジョブなんか?」
「そうだな、リリエルはもう、役目を果たした後だって、ディンが何時だったか言ってたな。リリエルは守護者としての使命を果たした、だから後は自由に過ごすべきだ、何てな。」
話題に上がったリリエル、リリエルも、時の流れが違う世界を見て回っている為、もう二十六位になると言っていた。
リリエルが結婚して子を授かる、と言う風景が思い浮かばない俊平は、旅をしているリリエルが生き生きとしているのをSNSで感じ取っていて、最初は驚いた覚えがある。
ずっと張り詰めていて、戦場にいるにふさわしい、と言う風貌だったリリエルが、旅を楽しんでいる、と言うのにも驚いたし、何時だったかの夏、高校二年の頃の夏にウォルフと蓮以外が揃って、会食をした時は、セスティアの女性らしい服装をしていて、偉く感嘆した覚えがあった、と。
そんなリリエルは役目を果たしていた、それが何をもって守護者の役割を果たしたのか、と言うのはディンとリリエル、知っていても清華位だろうが、役目を終えて旅をしている、それはそれで良いのだ、と俊平は考えた。
「そんじゃ、俺この後飯だ。異世界の飯ってよ、世界によって色々と違って面白れぇぞ?この前邪魔した世界なんてよ、モンスターって言う存在の飯が出てきてよ、なんていうんだ?そっちでいう豚肉っぽい感じのモンスターの丸焼き、あれは勇気が必要だったな。」
「そうなんか。まあ、セレンさんも旅を楽しんでるみたいで良かったぜ。それじゃ、また日取りが決まったら連絡するわ。」
「おう、楽しみにしてるぜ?」
電話が切れる、俊平は、時折セレンとリリエルが送ってくる写真を見て、異世界情緒を感じていた、世界は幾重にも分たれている、それを知る日が来るとは戦う前には思いもしなかったが、そう言った事の事情を少し知る事が許されている、ただ、周りにやたらめったらに話してはいけない、と言うディンの言いつけを守っていた。
「結婚かぁ、するとは思ってなかったぜ。」
「俊平君!」
「お、修平!」
半年が経った、今日は俊平の結婚式の当日だ。
今日は暖かい春日和、五月の半ばで、守護者として戦って帰ってきてから、約六年が経った事になるだろう。
結婚式が終わったら、婚姻届けを出そう、と明音と約束をしていた、両者の名前が記入済みで、保証人欄には、結婚の挨拶をした後に、明音の両親に書いてもらっていた。
今日は俊平の家族も来ている、そして、幼馴染の宏太、共に戦った修平達、セレンとリリエル、外園に、なんとウォルフも参列するというのだから驚きだ。
この五年の中で、ディンがウォルフに限定して、だが年輪の世界の外側の世界と行き来出来る様にしたと言う話は聞いていたが、まさか参列してくれるとは、と言う感覚だ。
「わぁ、素敵だね!結婚おめでとう!今日は招待してくれてありがとね!」
「こっちこそ、来てくれてありがとな。佐世保からじゃ、来るの大変じゃなかったか?」
「飛行機で来たんだ、ディンさんが転移使う?って聞いてくれたんだけど、俺達が軽々しく使っていいものでもないでしょ?だから、こういう時は旅情緒を楽しもうかなって。東京来るのも五年ぶりだから、ちょっと観光して帰ろうかなって。」
「そか、そういや、妹はどうなんだ?歩ける様になった、って言ってたけどよ、綾子ちゃん、元気か?」
「うん、元気だよ。今は彼氏君がいてくれるから、俺は道場の方にこもりっきりかな。普通の人でも使える様に技を組み立てるのって、結構大変なんだよ?河伯流を継いで、でも魔力を持たない人でも使える様に落とし込んで、良い修行になってるよ。」
今は、新郎の控室に足を運んでくれていた修平と話をしていて、修平は相変わらずと言うか、雰囲気は落ち着いたが、まだまだ童顔の若々しい顔で、洒落たスーツが学生のブレザーではない事に違和感を覚える位、あの頃と変わっていなかった。
髪型もあの頃と同じ白髪の短髪で、顔の傷などもそのままだ、だから、あの頃に戻った様な錯覚を覚える。
「俊平さん、今日はお日柄も良く……。」
「お、清華!来てくれたんだな!」
「勿論です、仲間の結婚という、素敵な場に参加させていただくのですから、当たり前ではありませんか。新たな門出なのです、素敵な一日になると良いですね。」
次に清華がやってきて、清華は白を基調とした訪問着を来ていて、今日は珍しく、と髪型を整えて化粧をしていた。
清華は大人びた顔になっていて、一番見た目が変わっただろうか、五年前とは大違い野美人になっていて、修平と俊平は驚く。
「髪を結う、と言うのも、普段とは違う事をしてみたのですが、どうでしょうか?不格好ではありませんか?」
「そんな事ないよ!美人さんだよ!清華ちゃん!」
「そうだな、あの頃から顔は整ってたけどよ、今日は一段と美人だ。まぁ、俺の嫁さんも美人なんだけどな。」
「それは良かったです。大地さんはまだいらっしゃってないのでしょうか?」
「儂の話をしていたか?」
そんな事を話していると、大地が控室にやってくる。
大地は坊主から少し変化があり、ソフトモヒカンの髪型にスーツと、以前に比べて健康的に日焼けをしていて、サングラスをしたらヤクザかなにかと間違えてしまいそうだが、相変わらずの背の高さと、糸目は変わらない。
「大地、今は何処の国いってんだ?」
「今はヨーロッパを回っておるのだよ、俊平。異国情緒、と言うのは良いものだ。だが、儂もいつかは寺を継がなければ、と父の老いをみて思うのだ。儂らが語り継ぎ、そして継ぐべきものがあるのだから。概ね、旅は順調だ、とも言える。」
「蓮の命日には戻ってきてんだろ?んで、すぐにまた違う国行っちまうんだっけか?」
「そうだな、蓮の命日には戻る様にしておる。」
蓮の三回忌で会ったっきりだった四人は、再会を喜ぶ。
今日と言う晴れ舞台、それが無かったら、また何年も会わない日々が続いたかもしれない、そう考えると、今日と言う日に会えてよかった、とも。
三人はラウンジに行き、俊平はメイクをしてもらう為に、ダンサーの付き合いがあるメイクアップアーティストに、メイクをしてもらう。
「よう、俊平。久しぶりだな。」
「セレンさん!スーツ着てんのか?」
「ディンがよ、結婚式なんだからこれ位着ろってうるさくてな。動きずらいったらあらしねぇ、けど、おめぇの晴れ舞台なんだ、そんくらい我慢するってもんだ。」
メイクを終え、そろそろ結婚式が始まる、その待機をしていた俊平の元に、セレンが現れる。
セレンは、彫りが少し深くなっていて、三十代というのにふさわしい見た目になっていて、俊平は何年かぶりに会うセレンの姿の変化に、少し驚いていた。
ツナギ姿がいつもだったセレンが、スーツをめかしこんでいると言うのにも驚きだったが、それ以上に、少し老けてセレン曰く父親に似てきた、と言う顔にホッとしていた。
「髪の毛の色は相変わらずなんだな?」
「それはおめぇもだろ?ダンサーの映像見たけどよ、中々様になってるじゃねぇか。」
「ありがとな、送った甲斐があったわ。」
片方刈り上げに青いメッシュ、そして右耳のピアスは相変わらずで、そう言った所では、変わらないんだなと俊平は安堵する。
そう言う俊平も、相変わらず茶髪に赤メッシュなのだが、手入れを普段からしている俊平と、そうではないセレン、では事情が変わってくるのではないか、と考えたが、それでも変わらない事もある、それに安心していた。
「って事は、ディンさんも来てんのか?」
「ディンも竜太も、リリエルもウォルフも外園もいるぞ?あの頃のメンツ勢揃い、って感じで懐かしいわ。」
「そっか。皆、元気してたんかな?」
「ウォルフがちと老けたな。ウォルフのいた世界ってのは、セスティアと同じ様な時間の流れだ、ってディンが言ってたけどよ、もう五十六とかになるんだぜ?英雄は引退した、なんて言ってたな。」
軽い世間話をして、そろそろ式が始まるから、とセレンは控室を出ていく。
俊平は、明音がどんな姿になっているか、を楽しみにそれを待っていた。
「今日からよろしくね、俊君。」
「よろしくな、明音。」
結婚式が終わって、新居に二人で一緒に帰る。
「俊君のお友達とか、色んな人がいるって聞いてはいたけどね、びっくりしたなぁ。黒人さんがいるとは思わなかったよ?」
「ウォルフさんはなぁ、あの人も強ぇんだぜ?」
「そうなの?優しそうなおじいちゃん、って言う印象だったけど。」
「そう見える間は平和なんだろうな、あの人も、大変な人だから。」
「それも、話しちゃいけない決まり事、なの?」
「ディンさんが許しゃ言っても良いんだけどな。俺達も、世界存亡に関わった人間として、守らなきゃならねぇ掟ってのがあるんだとよ。」
ウォルフが外の世界出身である事や、セレンの生い立ちなどは話せない、それは異世界の事を広く伝聞してしまう要因になるから、とディンに言われた事を、俊平は覚えていた様子だ。
誰であろうと、話をするべきではない、と考えていて、それは妻であろうと変わらない。
ただ、いつか帰らなければならない事は話していた、自分は継がなければならないものがある、その為に、いつかは沖縄に居を構える事は、明音も承知していた。
ただ、それは今ではない、今は、一緒にダンサーとして高めあいたい、そう俊平は考えていた。
手を繋ぎながら、新居に向かう二人。
その姿は嬉しそうで、幸せなものだった。