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1-4

 それから幾日か経ったある日、学校からの帰り道に私は偶然皇木に会った。


 私は当時小山高校からJR小山駅を利用して地元の駅まで帰っていた。その小山駅の大きな構内からプラットフォームヘの階段を降りようとしていたら、白鴎高校のブレザーの制服を着た皇木が、人ごみに混じってその階段を登ってきたのである。


 私が皇木に気付いて会釈すると、皇木は挨拶もろくにせずこちらに近づき、もたれかかるように私の肩に腕を回してきて、


「いやあ、腹減った」


と言いだした。


「減量でさ、最近毎日湯豆腐ばっかり食ってるんだよ。湯豆腐ばっかり。本当腹減って……なんかおごってくれない?」


 まともに話すのはこれがはじめてなのに、どうしてこの近い距離感を保てるのか良く分からなかった。だが皇木は私の肩を抱いてしなだれかかり、駅構内のコンビ二へ私を連れ込んだ。私はなぜ一度しか会ったことのない他校の生徒に食べ物をおごらなければならないのか理解に苦しみ、これは一種のカツアゲだろうかなどと考えた。しかし断るのはなんだか気まずいし、ケチだと思われるのもしゃくなので、仕方なくコンビ二店内で食品を物色する皇木に付き合った。


 結局皇木はレジ近くの菓子の棚に置いてあったチュッパチャップスを二本手に取ると、


「よし、とりあえずこれでがまんしよう」


と言い、私を連れてレジに並んだ。店員がキャンディのバーコードをスキャンして、


「○○円になります」


と言った。私は仕方なく財布から小銭を出し、支払った。すると皇木は、


「ありがとう! いや、マジでおごってくれるとは思わなかった。なんで出してくれんの?」


と本気で驚いてみせた。


(なんなんだこいつ)


 私は思った。


 それから皇木とプラットフォームで少し話した。皇木は前述の通り小山市に住んでいて、小山駅から白鴎高校のある足利市まで電車通学している。今はその帰りで、足利駅から帰ってきたところだという。一方の私はいつも小山駅から地元へ帰るからこの時皇木とはちあわせたわけで、この後私は皇木とたびたび下校時に顔を合わせるようになった。


「そうだ今度の新人戦、俺の一回戦の対戦相手さあ」


 皇木はそう言って脇に抱えていた学生鞄のポケットを探り出した。


「なんだかセミプロみたいな? ボクシングの試合に出てた奴で。こいつなんだけど」


 小さな顔写真と記事の載った、雑誌の誌面のコピーのような紙を出して私に見せてきた。そのモノクロの顔写真にはひどく眉の細く髪の長い、いかにも不良っぽい若い男性の顔が写っていた。


「どう思う?」


 皇木が聞いてきた。


(どう思うって言われても)


私は答えに窮した。話を聞くと、この皇木の対戦相手は高校のボクシング部ではなく私設のボクシングジムに所属しているらしい。その関係でセミプロの試合経験があるようだった。写真はその時に撮られたものらしい。写真の限り強そうにも見えるが、それを正直に言うと皇木に不安を与えてしまうように思えた。


「ヤンキーじゃん。この人、本当に高校生?」


 私はとりあえず写真の感想としてそう言った。


「そうだよな、高校生に見えないよな」


 皇木は私の感想にはははと笑って、鞄にその紙をしまった。


   *


 その後も帰宅途中に会うたび、皇木は私を捕まえて話しかけてくるようになった。彼は真面目で大人しそうな見た目に反して遠慮のない性格をしており、ざっくばらんに話をしてきた。


「今うちの部の一年だと、俺と御園(みその)っていう奴が監督に期待されてる。俺はテクニックとかフットワーク、それは部内で一番だって監督から言われてる。御園はすげー不器用なんだけど、パンチがあってコンビネーションどんどん打って攻めるっていうスタイルだな」


 ある時皇木はそんなことを言った。私は大人しくその話を聞きながら、(偉そうなことを言って、うちの田村程度と五分五分の試合をしていた奴が)などと思った。私の皇木に対する評価は、「思ったほどたいしたことのない奴」から、「たいしたことのない上に変にプライドが高い、ちょっと軽薄な奴」に変わった。

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