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1-3

 皇木と初めて会ったのは我々がお互い高校一年生だった秋のことであった。


 その日は休日だった。私たち栃木県立小山高校ボクシング部は、その十一月に開催が迫った県大会に向けた調整として、白鴎大学付属足利高校という近隣の学校のボクシング部を学校に招き、練習試合を行った。


 試合開始前、私たちが体育館の練習場に集まって試合の用具準備とウォーミングアップをしていると、対戦相手の白鴎高校の部員が一人だけ先にやってきて、挨拶して練習場に入ってきた。一年生だということだった。なんでも彼の家が私たちの学校の位置する小山市にあるということで、監督の許可を得て家から直接ここへ来たのだという。他の部員たちは足利市にある白鴎高校にいったん集合してから来るので、まだ到着しない。


 先にやって来たその一年生が皇木だった。


 皇木は部の上下黒のジャージを着てきていて、そのままの格好で私たちにかまわずウォーミングアップをはじめた。練習場の壁に立てかけてある姿見の前で、シャドー・ボクシングをした。


(上手い)


 端でそれを眺めていた私は、そのシャドー・ボクシングの美しさに舌を巻いた。サウスポースタイルで、構え、パンチを打つフォーム、足捌きが綺麗だった。スピードもテクニックもある。自分と同じ一年生と聞いて、自分の技術の無さが恥かしくなった。初めて入る他校の練習場に一人でやってきて、堂々とウォーミングアップをする気の強さにも感心した。


 皇木は身長百六十五センチに届かないくらいの背丈で、ボクシングをしている以上当たり前のことだが痩せていた。短髪の黒髪を前髪だけワックスをつけて立たせていた。肌が真白で、卵型のつるんとした顔をしている。鼻が高いが残念なことに目が一重で細く、全体として薄い顔立ちで、美形とはいい難かった。女性の観点からすれば、まず普通のルックスと言ったところだろうか。真面目そうで少し線が細く見える。一見ピアノだとかでもやっていそうな中性的な雰囲気で、あまり格闘家という感じには見えない。


 その皇木がシャドー・ボクシングをしているうち、白鴎高校の監督と他の部員たちが到着した。両校の選手全員で本格的にウォーミングアップをし、やがてスパーリングがはじまった。選手たちは、相手校の同じ学年・近しい体重の選手と組まされてリングに上がり、順々に闘っていく。


 皇木はバンタム級(54キログラム以下)で、私たちの部で同じ階級の田村という一年生と対戦した。


 田村は私たちの部の中では最も弱い部類の選手だった。中学で美術部に入っていたという彼は、パンチ力もスピードも無いし、相手のパンチを避けるための反射神経、いわゆる「勘」が致命的に悪く、スパーリングではいつもパンチを簡単に被弾していた。しかし粘り強い性格をしていて、なんだかんだこの時までの約半年間、ボクシングを辞めずに続けていた。


 皇木の華麗なシャドー・ボクシングを見ていた私は、よく知っている田村の弱さと思い合わせて、このスパーリングはまず皇木が圧勝するだろうと思った。


 スパーリングがはじまった。予想通り皇木が踊りかかるようにして田村に接近し、次々左右のパンチを浴びせた。田村はなす術無くパンチを顔面に受けた。


 あっという間にレフェリーストップがかかるかと思われたが、なかなか田村は諦めなかった。パンチをもらってももらっても後ろに下がらず、もらいながらしぶとく前に出続けた。そして1ラウンド終了間際には、不器用ながら自分もパンチを繰り出し、いくつか皇木の顔面にヒットさせることに成功した。


 1ラウンド目が終わった。経過を評価すると、まず前半は皇木の圧倒的優位だったが、後半はもつれた展開になった。田村の驚異的な粘り強さが呼び込んだ結果だった。


 両選手はそれぞれコーナーに戻ってインターバル休憩を取った。皇木はコーナーでセコンドをしている監督から水をもらいながら、


「めっちゃこええ」


と言って笑ってみせた。いくらパンチをもらっても前に出続けてくる田村に恐怖を感じたらしい。するとセコンドについていた白鴎高校ボクシング部の北村という監督が、


「あんなのにやられてるんじゃねえ!」


と一喝して、(私の記憶に間違いがなければ)皇木の頭をバシッと叩いたのである。


 この日の一年生同士のスパーリングは2ラウンド制で、皇木と田村はそれから2ラウンド目を闘った。そのラウンドはどちらが優勢という感じでもなく殴って殴られての、おおよそ五分五分の展開で終ったと記憶している。観ていた私としては(皇木という奴は思ったほどたいしたことなかったな)というのが率直な感想だった。

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