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4-5

 一人の友達(向こうもそう思っていたかどうかは分からないが)の話を、哀しい形で締めくくらなければならないことは私にとっても少々辛い。


 高校を卒業した私は、部活ばかりやっていたせいで大学受験に失敗したため、浪人生になった。


 埼玉県の大宮にある予備校へ、栃木の実家から電車で通うことになった。


 そのころのことである。


 季節は――もう忘れてしまった。確か夏の終わりか秋だったはずで、私は予備校から実家に帰るため、大宮駅からJR宇都宮線の下り電車に乗った。


 車内を見渡すと、痩せた青年の隣席が空いていたので座ろうとした。そうして驚いた。


 その青年が皇木だったからだ。


「皇木!」


「ああ」


 前年の六月にお互い部活を引退して以来の再会だった。私は久々に彼に会えたことに少々浮かれて、しゃべりだした。


 自分が大宮の予備校に通って勉強していることをおおまかに話し、続いて皇木の近況を聞いた。


 皇木は相変わらず細面の白い痩せた顔をして、どこか元気なく私の話を聞いていた。そして自分の近況を聞かれると、淡々と話しはじめた。


「大学から実家に帰るところなんだ」


 JR宇都宮線は皇木の実家のある小山駅にも通っている。


 そうか、と私は少しめんくらって答えた。その日は平日だったから、毎日実家から通学しているのかな、と思った。


「俺、四月からN大に入ったんだけど」


 と、皇木は都内の二流私立大学の大学名を挙げた。


 それから彼が話したところによると、彼は主に部活での成績をPRした自己推薦でN大学に入り、ボクシング部に入部した。自己推薦だから正式なスポーツ推薦ではないが、実体はボクシング部に入部することが前提条件の入学だった。N大学のボクシング部は名門で、寮制である。


 その部活で、先輩からひどくいじめられているという。


「うちの大学のAっていうやつ知ってる? アマチュアボクシングの日本代表に選ばれてるんだけど」


 私は知らないと答えた。私は大学ボクシングには詳しくない。


「知らない? そうか……あいつさ、性格最悪」


 主にそのAという選手から、皇木はいじめを受けているらしい。


「この間も、朝の五時に寮のAの部屋に呼ばれて。そうしたら先輩が何人かで飲んでて、完全に酔っ払って、入った瞬間煙草の煙がすごくてさ。正座させられて、しぼられたよ。はは」


 私は笑えなかった。


「そんな状態が続くうちに俺具合が悪くなっちゃって、入院したんだ。胃潰瘍だって。それでさっき退院して、今日、とりあえず寮には戻らずに実家に帰るところ」


 皇木はそう話しながらずっと頬に微かな笑みを浮かべていた。


「俺は部活を辞められないことになってる。部活に入ることを前提に推薦入学したんだからって話になってるんだ。……でも俺の場合、正確には自己推薦で部活とは関係ないはずなんだけどな」


 そこまで言うと、皇木は次のようにぽつりと呟き、話を結んだ。


「……大学は、やっぱ遊びたいよ」


 そこで私の降りる駅に着いて、私は特に彼の話の感想を述べるでもなく、じゃあとだけ言って電車を降りた。


 かけてやる言葉が見つからなかったのだ。


 その後テレビのニュースで、皇木をいじめていたというA選手が世界ボクシング選手権大会に出場し、銅メダルを獲ったという話を聞いた。その後A選手はアテネオリンピックの代表選手にも選出された。


 皇木がその後どうしたかは分からない。あの電車の中での邂逅が、私が彼に会った最後になっている。

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