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3-6

 マイクロバスは関東平野の国道を東に向かって、沈もうとする太陽から逃げるように走っていた。


 群馬県の伊勢崎工業高校との練習試合の帰りだった。一緒に遠征した白鴎高校と小山高校のボクシング部員は、白鴎高校の北村監督が運転するバスに詰め込まれて、試合後のけだるさの中、むっつり黙ってバスが栃木県へ着くのを待っていた。


 その会話は、そんな静かなバスの中でふとした拍子にはじまった。それはちょうど私の座る席のすぐ後ろの席で行われていることに、私は気づいた。


 車内に暖房が入っていたのを覚えているから、確か私が高校二年生の冬か初春だったはずである。

声の主の皇木と御園も、高校二年の終わりを迎えていた。


 この時行なわれた二人の会話の全てを、私は正確に覚えているわけではない。だから記憶にある範囲でできる限り忠実に、それを再現する。


 会話の順番や細部は実際のそれと異なる部分があると思うが、おおよそこんな会話が、暑いくらい暖房の効いたマイクロバスの中で行われたことは間違いない。私の座る右側の窓の外には平野の単調な景色がどこまでも広がり、私はそれを眺めながら黙ってその会話を聞いていた……。


御園 こないだグラウンドのベンチに○組の○○を連れ出して、ベンチに座ってうまいこと言って、キスまで行ったよ。


皇木 そうなん、いいなあ。


御園 ○○、ブスだけどな。


皇木 いや、全然いいじゃん。俺、多少ブスでもヤれればいいよ。


御園 それで少し胸揉んだよ。


皇木 いいじゃん。その後は?


御園 周りに人もいたしちょっと胸揉ませてくれただけで終わりだった。


皇木 そうなんだ。


御園 ブスだけどね。


皇木 全然いいじゃん、ブスでも。


   間。


御園 そういえば最近風俗行ったよ。ピンサロってとこ。


皇木 へえ、いいじゃん。どうだった?


御園 良かったよ。ああいうとこいくと、女子高生とかとやってらんなくなるよ。こう、玉の皮をさ、吸ってくれたり。


皇木 最高じゃん! 俺も行ってみたいなあ。


御園 行けばいいじゃん。


皇木 いくらだった?


御園 30分6000円。


皇木 ふうん。


御園 ……。


皇木 ……。


御園 行かないん?


皇木 うーん、俺いちおう彼女いるからなあ。


御園 そうなん。


皇木 うん。


   間。


御園 将来、包茎手術する?


皇木 え? 御園するの?


御園 うん、する。それでシリコン入れてでかくする。


皇木 そうなん?


御園 うん。統計的に言うと、生まれつき包茎の男は全体の六割。で、手術して治す人が三割。だから一生包茎の男は三割だって。


皇木 そうなんだ。


御園 俺はそれでさ、包茎治したらシリコン入れてでかくして、できれば竿の裏にシリコンの玉も入れたいんだよね。


皇木 玉。


御園 そう。女が喜ぶらしいよ。


皇木 ふうん。


御園 うん。


皇木 ……。


御園 ……。


   間。


御園 いつも何時に寝てる?


皇木 だいたい○○時。


御園 寝る時豆電球つけてる?


皇木 つけないな。


御園 俺はつける派だな。


皇木 そうなん? あれついてるとなかなか眠れなくない?


御園 いや、布団に入って目をつむって眠るまで、いろいろなことを考える時間が一日で一番楽しい時間じゃない?


皇木 そう?


御園 絶対そうだって。


皇木 そうかな?


   間。


御園 そういえば中学の時にさ。


皇木 うん?


御園 俺ちょっと不良だったじゃん?


皇木 ああ、だったみたいね。


御園 それで俺の中学にある日、俺と仲良くしてた他の中学の不良の奴らがバイクに乗ってやってきて、俺に会うつもりで御園くんいませんかって来たことがあってさ。別に喧嘩したいとかそんなんじゃなく、普通に会いたい気持ちで来たんだって。


皇木 ふうん。


御園 で、その後俺先生に呼び出されて。てっきり怒られるんだと思ってたら、いじめられてるんなら隠さずに言いなさい、って心配されちゃってさあ。すげえ微妙な感じになったよ。そいつらとつるんでるのがばれるとそれはそれで怒られるの分かってるから、本当のことも言えなくて。あれすげえ迷惑だったな。


皇木 そうなんだ。


御園 そうだよ! なんでいじめられてる風になっちゃってんだよと思って。


皇木 はは。不良なのに?


御園 そう、不良なのに。


   間。


御園 そういえばこないだ親父に会ったよ。


皇木 そうなの? どこで?


御園 なんかスナック? かパブ? みたいな店で。


皇木 なんか話した?


御園 まあね。元気にしてるかとかそんなん。


皇木 そうなん。


御園 気まずかったよ。


皇木 そうなの?


御園 何しゃべっていいか分からない、微妙な空気だった。


皇木 久々に会って、うれしいとかそんなんないの?


御園 別にないな。今さらって感じ。


皇木 そう。


御園 うん。


   間。


御園 野球部ってさあ。


皇木 うん、うちの野球部?


御園 うん。よくあんな辛いことやってるよな。


皇木 そうかな。


御園 あんな辛い練習してさ、結局補欠だったり、よくやるなと思うよ。


皇木 俺なら無理だな。


御園 俺も。――なあ、明日練習来る?


皇木 うん? たぶん行くと思うけど。


御園 マス(註:マススパーリング。軽いスパーリングのこと)付き合ってよ。


皇木 いいけど、どうしたん急に。


御園 いや別に。いいから付き合ってよ。


皇木 いいよ。


御園 うん。


 ――こんな会話を延々と二人は続け、やがてバスは白鴎大学足利付属高校の駐車場にたどり着いた。

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