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皇木が部活の練習に真面目に出なくなったのは、どうやらこのころ、二年時の新人戦を終えた直後からだったようだ。
白鴎高校の皇木のとある後輩部員の話によると、皇木は二日に一回程度しか練習に出て来なくなったらしい。
「なんで毎日練習に来ないんすか」
その白鴎高校の後輩が皇木に問うと、皇木は少しの間考えて、
「毎日練習に出ると、疲れも溜まるし、なんていうか感覚が研ぎ澄まされなくなるような気がするから」
というようなことを答えていた。
本当の理由は、よくわからない。
とにかく皇木は練習に出なくなった。髪型もボウズ頭に変え、サイドに一本ラインを入れて、真面目そうだった風貌は少し不良っぽくなった。ボクシングの他にBMXに夢中になりはじめ、私と会った時には(相変わらず私と皇木は時々下校時にはちあわせしていた)部活よりそちらの話をしてくることが多くなった。
二年時の新人戦で決勝まで進み、慢心したのだろうとここまでを読んだ読者は思うかも知れない。しかしそれは当たっていないように私には思える。
恐らく皇木は、毎日ひたすら真面目にボクシングの練習に打ち込むことに、「格好良さ」を見出せなくなったのだろう。皇木は既に栃木県内のバンタム級の中では岩崎に次ぐ有力選手であった(豊田選手はこのころにはアマチュアボクシングを引退していた)。その地位を、「大して練習をしているわけでもなく」勝ち得ることが、彼の美学に合っていたのだと思う。その気持ちは、ボクシングをかじった私にも、多少分かる気がする。
この小説のはじめに書いた通り、いささか不良っぽい見た目になった皇木は、煙草を吸い、練習をサボり、BMXにはまり、真面目そうな彼女とたびたびデートをして、それでも練習試合などで小山高校と一緒になると、私の目の前で相手選手の攻撃を華麗にかわして見事な試合ぶりを見せるのだった。
このころ、彼が練習をサボっていることを知った小山高校の天谷監督が、皇木を半分からかってこう聞いたことがある。
「なあ皇木、毎日しゃかりきになってよ、必死に練習して――そうやってたって試合で勝てるわけじゃないよな? それが大切なわけじゃねえよな」
皇木は自分が練習を真面目にしていないことを暗に揶揄されたのを分かったようで、しばらく黙った後に、
「そうっすね。大切なのは努力じゃなく、タイミングですね」
と、珍しく真剣に答えていた。