五十八話『竜成る』
馬乗りになって、フォスの顔面を殴り続けるグリ。殴られた反動で何度も浮き上がる身体。その様子を無表情で見つめるテイト。
今、不思議な体験をしている。
身体が熱くなっている。心臓がバクバクと張り裂けそうな程に鼓動する。あと呼吸も荒い。多分これ、今の僕は"キレてる"んだと思う。理由は何だろうな?グリに対する怒り?何も出来ない自分への憤り?
だけど、心はとても落ち着いていて。集中力の修行の時みたいな感じに。ロウソクの炎を見つめている時のような気持ち。正面に居るグリに意識が集中してる。
例えるなら…熾火って知ってます?今話題?のキャンプ。焚き火をする時、燃料にする薪や炭。それらから炎は上がって無いけれど、中の部分が真っ赤に燃えてる状態。(調べてみてね)
あの感じ。見た目じゃ分かり辛いけれど、静かに燃えてる感じ。いつでも準備万端な感じ。
フォスさんが最初に教えてくれた、竜に成るための条件。一つ目が"多過ぎず少な過ぎない魔素を取り込む"もう一つが"身体的もしくは精神的ストレスを受ける"の二つ。
テイトが息を吸う。深く深く深く…もしかして息の吐き方忘れた?心配になるくらい。
ここで突然ですが、座学で教えてもらった"必殺技の話"について。戦闘時の身のこなし、立ち回り、剣術や体術など。それらは、繰り返し何度も練習しているうちに、身体がその動作・流れを覚える。
頭で考えなくても、意識しなくても勝手に身体が動くようになる。文字を覚えるために繰り返し文字を書く、みたいな感じ?
身体が勝手に動くようになると、頭で他の事を考えられる余裕が生まれる。そこで、身体が覚えた動作・流れに"魔力を乗せる"。こうする事で、通常よりも強力な"必殺技"に昇華させる事が出来るらしい。
この"魔力を乗せる"のが結構難しいらしくて。何度も練習しているうちに、頭で考えなくても出来るようになるみたいだけれど。"必殺技を成功する想像をしっかり持てるかどうか"。それが大事。
そんな時に活用するのが"技名"で、魔力を乗せる練習の時に技名を声に出す。すると、その時の口の動き、耳から入ってくる音などが刺激となって、その技の成功を想像し易くなる。
長くなっちゃった…要するに、戦闘中に技名を口に出すのは、その人が練習してきた必殺技を、練習通り成功させるための手助けになるんだって。
この話を聞いてから、一人寝る前に考えてた事があって。これを竜に成る時に応用出来ないかな?って。竜に成った自分自身の姿を想像し易く出来ないかな?って。
実は竜化した時の身体の状態は思い出せた。フォスさんにこれまで忘れていた、魔人と戦った記憶を見せられた時に。竜化した時は、身体が熱くなって、心臓がいつもより速く動いてた…血が身体中をグルグルと回ってた。
あの時は竜に成る条件の"身体的もしくは精神的ストレスを受ける"がよく分からなかったので断念。カッコいい名前を考えていた。
どうしよう?"変身!"は安直だし、"獣化!"だとちょっと違う。う〜ん竜に変身…。竜に成る…。竜成る…。おっ!良いのが思いついたぞ!明日のランニングの時にフォスさんにも教えちゃおう!からの今日。グリが来た。
今日、竜に成る条件はそろった。あの時分からなかった身体的もしくは精神的ストレス。今なら分かる。今なら成れる。
息を止める。瞳を閉じ、ポツリとつぶやく。
「【ドラゴナル】」
…グリの手が止まる。その場から距離を取る。さっきまで泣いていたはずの竜の子。
「ほう、これは確かに…」
こちらを静かに見つめるその青年は、報告通りの姿だった。銀色のツノ。黒鉄色のウロコとツメ。淡い黄金色の瞳。◯◯さまが求めている竜の特徴に合致している。
目の前に対峙している竜。報告を事前に聞いて、知っていたのにもかかわらず、本能的に自身の身体が恐怖しているのが分かる。さて、何をしてくるのか…髪をかき上げ笑うグリ。
…意識を保ったまま、竜に成れた。きっとこれまでフォスさんが鍛えてくれたおかげだよね。この姿、フォスさんにも見せたかったけれど…。まだこの世に居るのかな?もう天国かしら?まだこっちに居たら少し待って。
修行と聞いた時に思い付いた。フォスさんを呼ぶ時に使いたかった言葉。言い換えるタイミングが見つからなかったのと、やっぱりちょっと小っ恥ずかしくて言えなかった。…結局最後まで言えなかった言葉。
見ててね…"師匠"。テイトが構える。
フォスと同じ、フォスに教えてもらった戦闘時の基本姿勢。グリの目にフォスの姿が重なる。青年の筋肉が収縮した…来る!
「ぐっ!」
パンチを受けるグリ。速い!重い!身体の芯に響くようだ。フォスさんも中々だったが、この青年はそれ以上かも知れない。
殴る殴る殴る。
師匠がランニングの時に言ってた、"体内に取り込んだ空気中の魔素を、運動のためのエネルギーに変換する"ってやつ。やってみているけれどちゃんと出来ているのかなぁ?…合っているのか分かんないや。
まぁいいか。殴れるうちに殴っとこ。
殴る殴る殴る。
お読み頂きましてありがとうございました。
今回ちょっと、説明が多くなっちゃった
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