五十二話『アメとムチ』
集中力の修行は続く。気を取り直して炎を見つめていると、再び木の裏から人が現れる。ぐっ…やっぱりネルネさんに見える…。
魔法なのか呪文なのか、多分フォスさんが僕の集中力をそぐために見せている幻なのだろう。細部までじっくりと眺めたいところだがぐっと我慢して、座禅を続ける。
えっ?えっ?近づいて来た?!可愛いっ!目が泳ぐテイト。もう触れられる距離まで近付く。えっ!せっけんのようなシャンプーのような優しい香り。もうダメだ!声出ちゃう!
「なんかいい匂いするんですけれどぉ!」
「はい、ダメです」
スパァン!
「痛ったぁ?!」
ネルネさんの香りまで再現されているのか?!ネルネさんの香り知らないけれど。ちょっと!本当に集中できないじゃん!
落ち着いてから座禅を再開。いや、正直落ち着けてないです。期待に膨らむ胸を何とか抑え、あぐらをかいているテイト。またも人が現れる。…やっぱりネルネさんなんだよなぁ。
近付いてくる。ぐっ、この匂い…。出そうになる声を抑える。集中…集中…。そうか、目を閉じれば良いんだな。もったいないけれど。今は修行中。座禅以外の事に気を取られちゃダメだ!負けるな自分!がんばれ自分!
「…」
「…テイトくん?」
「えっ、しゃべれるのぉ?!」
「はい、ダメです」
スパァン!
「痛ったぁ?!」
びっくりした!声もそっくりじゃん!可愛いっ!いや、いかんいかん…集中集中…。
…座禅。ネルネさん登場。
「テイトくん?」
「…」
話しかけてくるところまでなんとか耐えた。
「テイトくーん?」
「…」
「そっか無視するんだ…」
「…」
「こんな事に…こんな事になるのなら!魔女になんて生まれてこなければ良かった!」
「うわっ?!それは!」
「映画"奥方が魔女"主人公の名ゼリフ?!」
「はい、ダメです」
スパァン!
「痛ったぁ?!」
声もそうだけれど、フォスさんが生み出した幻だとしても、どうして映画のセリフまで知っているの?フォスさんもネルネさんのファンなのかしら?今日の修行が終わったら聞いてみよ。…いかんいかん。集中だ!
…なかなか減らないロウソウ。座禅は続く。ネルネさん登場。待ってました!スパァン!
「痛ったぁ?!」
「テイト君」
「すでに笑ってしまっています」
「あ、すみませんでした…」
ニヤニヤしてたみたい。そうだよ、これは修行なんだから集中しなくちゃ。早くクエラを助けに行かなくちゃダメだろ?!そのためにも強くならないと!集中しろ!自分!
…座禅からのネルネさん。どれだけファンだとしてもこれだけ近くで何度も彼女を見ていると、段々と心を落ち着かせる事が出来るようになってきた。映画のセリフも耐えた。
ネルネさんが背後に回る。
「スゴいねテイトくん」
「ここまでよく耐えたね」
「それじゃあここまで耐えられたテイトくんには特別、ご褒美に…」
「…」
僕は石ころ…河辺に転がる一つの石ころ…。無心無心…。何も考えるな…。
「テイトくんの好きな事、"な・ん・で・も"してあげる」
耳元でささやくような甘い声。背中から伝わる柔らかい感触。えっ?!後ろからハグされてない?!ごめんよクエラ…。お兄ちゃんはダメかも知れない。誘惑が…強すぎる…。
「何でも…?」
「何でも良いんですかぁ?!」
「はい、ダメです」
スパァン!
「痛ったぁ?!」
触れられた?ネルネさんに?もうそれって本物と同じなんじゃ?本物と言っても過言ではないんじゃ?過言か!ダメだ!ニヤニヤが止まらない!ちょっと奥さん!聞きました?何でもって…何でもって言いましたよ?!
次は…次はどんなお楽しみが…?
「テイト君」
「ロウソクも燃え尽きましたし、本日の"集中力の修行"はここまでにしましょうか」
「…まったく集中出来ていませんでしたね」
「…」
本番はここからだと言うのに…ってフォスさんの言う通り、今日の僕全然集中出来てなかったな。おかげで肩は痛い。けれど心は満たされている。満足そうな顔のテイト。
「…フォスさん」
「…ごちそうさまでした」
「はい?」
「では次に行きましょうか」
次の修行に移動する。
…魔界。とある雪山。山頂の洞穴。誰かと誰かの会話。片方はあきれた様子。もう片方は寝起きで大きなあくび。
「ふわあぁぁぁーあれ?◯◯さん?」
「もう春ですか?」
「違いますよ」
「相変わらずですねグリ」
「連絡が繋がらないと思ったら、こんな所で冬眠ですか?いいご身分ですね」
「貴方の部下のライネ君にここだと聞いてわざわざ来ましたよ」
「いやはや、ご苦労様です」
「それで?◯◯さんがこんな所までいらっしゃるなんて、何のご用ですか?」
「◯◯さまから命令です」
◯◯さまと聞き、先ほどまで寝ぼけまなこだったグリの瞳が鋭く光る。くしゃくしゃの茶色い髪の毛を掻き上げる。
「…内容は?」
「"竜の子"の途中経過を確認する様に、と」
「…ほう」
「あれ?竜の子って何でしたっけ?」
片方が頭を抱える。
「はぁ…そう言えば貴方、前回の幹部会議も冬眠で欠席してましたね」
「◯◯さまは何でこんな奴に…」
「まぁ良いです、一から説明します」
「まずですが…」
誰かと誰かの会話ここまで。島に戻る。
お読み頂きましてありがとうございました。
好きな芸能人が目の前にいる状況で座禅に集中出来るだろうか?無理だろうなぁ。
「なんか面白かったよー!」
「続きが気になった!」
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